第五章・望みの果てに ⑧
「お前まだ居たのか。ロウィーナはいいのか?」
「いいも何も……て話をすり替えるなよ」
レイナはただ口を閉ざす。口にしないのは、すでに考えたが思いつかなかったからだ。沈黙を続けてそれ以上聞くなと圧を掛ける。
「止まれ! おいそこの獣人! その嬢ちゃんに構うんじゃね! 用があるならまずは俺を通せ!」
冒険者二人のやり取りにエスカリーオが介入したことで場が騒がしくなる。
リスタッツァの門兵たちは町の中心で店を構える大商会たちに雇われているようなものであり、クレハやロメット、エスカリーオと言った商会の重鎮たちは王のいないリスタッツァに於いては王の立場にある。それほどの権力を持つ人物が少女一人に自分を通せと言えば騒がしくなるのも無理はない。加えてそんなエスカリーオを軽く手払いしただけで黙らせたとなれば、レイナの扱いは自然と丁重なものへ変わる。
冒険者であるザックは門兵と違い、いざとなれば別の町に移動すればいいだけだ。レイナの扱いを慎重にする必要はないにも関わらず大きく頭を垂らした。
「……悪かった」
ザックが無頼になり切れないのは、冒険者が町に定住するのと違い、ギルド職員が町を出るのが簡単ではないからだ。
「全く……そんなに大事なら無事を知らせに行ってやってくれよ」
「なっ! だからそんな関係じゃねぇって!」
「はいはいそうですか」
認めようとしないザックではあったが、望む関係になった時のことを考えて頭を垂らしたのだ。言い訳するだけ無駄であった。
「……なら聞くけどよぉ、俺みたいな奴のどこがいいんだ?」
「知るかっ!!」
同じことを本人に聞いていたレイナはザックを置いて門を潜る。荷馬車の上で治療を受けながら自
分たちのやり取りを伺っていたエスカリーオには軽く手を上げてミリアの待つ宿へ向かう。
「待て待て待て嬢ちゃん! 待ってるの気づいてたよな!」
「ん? いや見てるのは気づいてたが、待ってるとは思わなかった」
「そうか? まぁいい。でだ嬢ちゃん、俺はぁやっぱり命を救ってもらったのに何もしねぇってのはどうも気が収まらねぇ。飯ぐらいは奢らせてくれや」
その申し出に一切の間を開けずに手の平を見せた。
「悪い、連れが起きる前には帰りたいんでな」
「いやいや勿論今すぐとは言わねぇ、明日の昼食なんかはどうだ? それと嬢ちゃんの連れなら誰だろうと何人いようと歓迎だ」
断る理由がなくなったレイナはしばらく何かないかと考えてみたが、断る意味がないと観念した。
「わかった、なら昼頃に向かわせてもらう、でいいか?」
「おう、そうこなくっちゃな! 腹は空かせてきてくれよな?」
お互い納得のいく約束を交わした後、レイナはエスカリーオに背中を向けて白山羊亭を目指す。その背中をエスカリーオは唇を嚙みながら見送った。
レイナがいなくなった事でエスカリーオの脳裏には地獄が蘇ってくる。生きたまま食われる部下や護衛の悲痛の叫びが聞こえもしないのに聞こえてきた。
「くそ……生きて帰れたってのに」
逆であった。安全な町に戻ったからこそ思考と感覚の麻痺が解け、恐怖を正確に認識し始めた。
礼と言ってレイナを屋敷に招待したのは、魔狼とも引けを取らずに戦い抜いたレイナが近くに居てくれれば恐怖に支配されずに済むからだ。夕食ではなく昼食に招待したのが何よりの証拠であった。
「エスカリーオさん?」
震える主に心配になり声を掛けた青年だったが、驚かせる結果になる。
「申し訳ありません! お体が震えていたようだったので」
「……いい、気にするな。家に向かってくれ」
叱咤されると思っていた青年はそんな主人の様子に困惑しながらも御者台に移って馬に鞭を打つ。荷台の上で揺れるエスカリーオが今日という日を忘れられる日が訪れることを願う夜空と同じ夜空を見上げて大切な人が無事に帰ってくることを願うエルフがいた。
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