第四章・新たな呪い ⑨
「……うぅぅ、ここは?」
「ルザリ……よかった」
「ネイちん? あ! 皆は!!」
ルザリーが周囲を確認して三人の姿がないことをネイビルに問い質そうとするが、その表情が全てを物語っていた。
「うそだよね?! うそっていってよ!!!! ね? だって私たちは助かってるんだもん。アンちんたちだって無事なんじゃないの?!」
力強く首を振るネイビル。ルザリーの悲鳴にも似た泣き声が空しく響いた。
泣く間、ネイビルに抱かれ背中を擦られ続けたルザリーが鼻水を啜りながら顔を上げた。
「……落ち着いた? 平気?」
泣いて汚れた顔をネイビルがハンカチで拭い、最後に鼻をかませた。
「ん、ごめんね。もう……平気。覚悟はしていたつもりだけど……ごめん。これから……どうするの?」
「ごめんなさいルザリ、私にもわからない」
途方に暮れた二人は答えを求めてレイナを捉えた。
「……この場で決める必要はないだろ? 前を向いて歩けば答えも見えてくる、俺もそう信じて歩いてる。……まぁ、今はとにかくここから出よう」
一人立ち上がってダンジョンから出る為に行動を始め出すレイナにネイビルは座ったまま告げる。
「帰るのは反対よ」
「……ここに住みたいのか?」
「冗談やめて。……私が言いたいのは、貴女達二人がここまで来た理由を思い出してほしいのよ」
忘れていないことを思い出す必要はない。しかしそれでも帰ろうとするのは、この状況で自分たちの用事を済ませる事をミリアが良しとしないとレイナは悟っているからだ。
「いいえ、今はお二人を安全な場所に連れていくのが優先です」
「ミリア、気持ちは嬉しいわ。でもね? 札はこの階段を下りてすぐの所にあるのよ? 取りに行かない方がおかしいわよ?」
ネイビルたちのことを考えて帰る事を推すミリアも本人に進むことを言われては進むことに賛成するしかない。
「わかりました。無理はなさらないでくださいね?」
誰一人として不満なく五層へ下りていくことになる。
「うそ……なんで」
最後尾で力なく階段を降りていたルザリーが突然転がり落ちていくような速度で階段を下っていった。そんなに慌てる理由がわからないレイナたちは互いを見つめ合い首を傾げる。
「ネイちん来て!」
最初に五層へ下り立ったルザリーがゆっくりと階段を下りるネイビルを呼ぶ。呼ばれていないレイナたちもネイビルと共に階段を降り終わり、同じものを見る。ネイビルの反応は驚きつつも呆れた様子だった。
「なんで今いるのかしら?」
レイナが所持する要塞の広間と同じような空間に二足で立つ牛の化物がいる。
「……ありゃぁ牛魔か?」
「うん……フロアボスだよ。宝箱なんか見つけてなければ……皆で倒せたのに……」
レイナの知る牛魔は魔族であり、こんな所でじっとしている様な存在じゃない。どういう事かと考えるが、袖を引かれて思考を中断する。
「偽物、ですよね?」
それ以外が考えられず、レイナは頷く。
「悔しいなぁ……いつもいない癖に」
ダンジョンが如何なるものかを知ってしまったネイビルが複雑な表情を悔しがるルザリーに向けた。
「万全でも難しい相手だもの、諦めてレイナたちの用事を済ませましょ?」
ルザリーにダンジョンの説明を避けたいネイビルがやや強引に話題を変え、察したミリアが頭を垂らす。
「申し訳ありません。案内をお願いします」
「ん、あっちにあるけど、うぅなんで今日いるかなぁ……」
指を差すだけで今尚視線は牛魔に向けられたまま。
「ルザリ、気持ちはわかるけど、置いていくわよ?」
「わかったよぉ。こっちだよ」
先に歩み始めたネイビルを追ってようやくルザリーの足が動き出し、札のある場所へ向かう。
普段から設置されている札の知名度は高く、リスタッツァを活動拠点にしている冒険者なら知らないものはいない。
「ここ、よね?」
「うん、僕初めて五層に来た時に確認したから間違ってないよ」
しかし、件の札が設置されていることを知っていても、実際に置かれ続けているのを確認する者が居らず、また取りに来る者もいないのが現状。
「それはいつの話だ?」
「えっと、三……年前、かな?」
探すだけ無駄だと判断したレイナはすぐに踵を返した。
「え? 探さないのですか?」
「必要ない。なかったことを伝えればギルドが勝手に確認をするだろ」
札を持っていく方が話は纏まりやすいのは確かだが、探して見つかる保証がない。
「ここまで来たのは本当だし、お礼も兼ねて私たちが口添えしてあげるわよ」
助かるとお礼を言って、ダンジョンから出る為に階段を上り始める。
「ルザリ、今は諦めて?」
三人が階段を上り始めてもまだボスを見続けるルザリーをネイビルが諦めが悪いと呆れる。
「違うよ! あれ、見て……札じゃない?」
上り始めたばかりの階段を下り、ルザリーの指差す場所を全員で凝視する。
「ごめん、全っ然わかんないわ」
「木に見えなくもないですが……」
「絶っ対札だよ!」
三者三様の様子を見てレイナは少し笑う。
「何笑ってんのよ」
「いやすまん。種族の違いがもろに出ていて面白くなった」
人、エルフ、獣人。三種族の中で最も目が悪いのは人であり、目が良い獣人だけが札だと断言できる。
「僕間違ってないよね!」
「あぁ、あれはケッジが持っていた奴と同じ物だ」
「ちょ、ちょっと待って、そうだとしても取りに行くのは無理よ! フロアに入ったらボスが動くわ!」
これまで即断即決をしてきたレイナは迷った。
置いてある場所にないからこそ諦めもついたが、持って帰れるのなら持ち帰って面倒を避けたいのが本心。フロアに入って札を手に入れて逃げる、頭の中で思い描く行動だけならば容易と判断できたものの、レイナは経験とこのダンジョンが最低でも四人はほしいと言ったドゥアンの言葉が引っかかっていた。加えて取りに行くことを絶対に反対する者がいると分かっている。
「ネイビル、フロアにどんな仕掛けがあるのかを教えてくれないか?」
まずは自分が持つ情報だけでは取りに行く判断ができない現状を打開する為に情報を集め出す。
一口にダンジョンと呼ばれていても中身は全く違い、現在いるダンジョンの傾向を知らないレイナはベテランの知恵を頼る。
「レイッ?! 行くつもりなの?!」
「落ち着け、そうとは言わない。どうだ?」
「……仕掛けって……ごめん聞いたことないけど……、そんなものもあるの?」
二人のベテランが視線を交わして情報を共有し合ってもわからないと告げたことで、諦めるものだと思うミリアだったが、対してレイナは新たに得た情報も加えてどうするべきかを考えていた。
ネイビルの様子から危惧する事態にはならないと判断できたレイナは取りに行く上での障害もないと判断する。
「つまりなに? 入ったら出られなくなるような仕掛けもあるってこと?」
「そういうことだ」
取りに行く事を決断したレイナだが、最後の障害が立ちはだかった。
「危険を犯す必要が本当にありますか?」
「ミリア、俺だぞ? 危険の内に入らない」
「……ゴブリンにやられそうでした」
唇に人差し指を立てるレイナに、ミリアは小指を立てた。
「一人にさせないでください」
「約束する」
小指を絡める意味がわからないネイビルだが、二人の間を漂う雰囲気に口を閉ざして見守るだけ。
「いってくる」
「ご武運を」
レイナは地を蹴り、ボスのフロアへと単身で突入した。
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投稿直前、修正した箇所があるのですが、読んでいて違和感がなければいいのですが、不安を覚えます。
また試験的に改行の仕方を変更しました。




