第四章・新たな呪い ⑨
箱の前で膝を突いて両手を擦るルザリー。
「待っててねお宝ちゃん」
開けようと試みるが、鍵が掛かっており、中身への期待が鰻登り。箱を開けるルザリーの横にドレッハン。背中にフロランスとドゥアンが今か今かとルザリーを見守る。
「ルザリ! 早くしろよ!」
四人の輪に入れなくなったネイビルだけが、壁際でつまらなそうにする。
「ネイビルさん、宝箱にはどういうものが入っているのが一般的なんですか?」
どんなに冷たくあしらっても歩み寄ろうとするミリアにネイビルも歩み寄ろうと思うが、どうすればいいのかわからずにいた。考えているうちにはルザリーが開錠に成功した。
「ちょ、っと待ってよ。こうして、こうだっ! 開いた! ……んん? あ!」
宝箱の中身が空だった。その瞬間、全員の脳裏に過ったのは罠。事実突如足の裏にあった感覚が失せた。誰もが落ちる先を確認する中でレイナだけはミリアの位置を確かめていた。魔力を操って闇をミリアの体に纏わせると共にオロチを持つ右腕から闇を伸ばして天井へ突き刺す。
ミリアの安全、落下の阻止を終えたレイナは、一息就く間もなくミリアの近くにいたネイビルの体にも闇を巻き付かせる。文字通り手が空いていないレイナは足先からも闇を伸ばして残り四人を助けようと試みる。
「手を伸ばせ!!」
巻き付かせている余裕がないレイナが叫ぶと、最初に目があったのはドレッハンだった。落下は体重が多ければ早く、ルザリーの横にいたドレッハンとの距離も元々が離れており、双方が間に合わないと感じた。
「おおおおおおおお!!!!」
助からないと判断したドレッハンが雄たけびを上げ、手に持っていた盾をルザリーに向かって投げた。盾との接触で落下速度をわずかに落としたルザリーの尾に闇を絡めることに成功させ、続いてフロランスとドゥアンへ闇を伸ばす。
「うわああああああああああぁぁぁぁっぁ」
「嫌ああああああああああああぁぁぁぁぁぁ……」
二人の悲痛な叫びはその身と共に奈落へと消えていった。
「……そんな……」
誰一人として助かったことを喜ばない中、レイナは黙々とミリアとネイビルを地面のある場所まで移動させ、気を失ったルザリーを抱いて二人の元へ向かう。
「まだ、間に合うかもしれま、せん?」
言葉とは裏腹に、絶望感漂う表情。勇者の死を告げた時同様にレイナは残酷な事実をミリアに告げる。
「残念だが……ネイビル、歩けるか?」
酷とは思うレイナだが、悲しむよりも移動するべきだと判断する。こんな状況で襲われれば落ちていった三人と同じ運命だ。
「え? ……えぇ」
力のない返事。無理もなかった。ただ失うのではなく、仲違いしたままの別れ。精神に与える影響は想像を絶するほどに深刻なもの。
気絶するルザリーを抱え直し、俯く二人を連れてレイナは五層を目指す。
「ちちょっと待って、戻った方がいいじゃないの?」
「いや、階段まで行ければ敵は来ない。階段でルザリーの目覚めを待つ方がいい」
札を取りに行きたい様にも聞こえる発言だが、レイナの本音は別のところにある。ルザリーを抱えて出口を目指せなくもないが、二人も守りながらでは全員が無事に出られる確実性がない。せめて二人が自衛できるだけの落ち着きを取り戻してからが望ましい。
「ここまで来れば、もう安全だろう」
五層へには下りず、壁にルザリーを預けたレイナはオロチを床に突き刺してから隣に腰を落とす。
「レイナ、どうして……助けてくれたの?」
「? あの状況で助けられるのに助けに入らない奴がいるのか?」
「そうじゃないわ」
ネイビルは自分が窮地に立った時、誰も助けてくれないと考えていた。そんな状態では危険を隣り合わせにする戦いに身を投じれない。だからこそ帰るべきかと考えていた。
「私じゃなくて、ドゥアンやフロランスを優先できたでしょ?」
「そういう事か。確かに俺は助ける順番を考えた、一番にミリアだ。その後は近い順なだけだ」
ネイビルに言われて気づいたが、ネイビルを無視して四人を助けに行っていれば、助けられた命は多かったかもしれない。ミスをしたと判断するが、ミスはもっと前だと気づく。
「レイ、私たちは罠の可能性に、……気づけたのではありませんか?」
ダンジョンが如何なるものかを知っているレイナたちは、宝箱が罠の可能性を考慮するべきだった。
「あぁ……すまない」
「待って、気づくも何も想定できるものではないでしょ?! 罠なんかあれば情報が出回っていた筈よ?!」
ネイビルの論は、要塞と言う存在を抜きにすれば概ね正しい、一つの可能性を除いて。
「罠に嵌った者が、今まで誰一人帰っていなければ?」
「嵌ったら最後の罠なんて……」
本来罠とはそういうものであり、命を奪わない罠には別の目的があるものだ。とは言え、罠を想定することがレイナには不可能であったことは間違えないと言うことはできた。
「いや、ダンジョンと言うものの実態を知っていれば、予見できた」
「……実態?」
レイナはダンジョンが三代目の魔王が考案したものであることを説明をしながら、なぜそんな情報を持っているのかをどう説明するべきかを考える。
「じゃなに? 冒険者は自分の足で化物の口に入っていたと言うの?」
肯定された瞬間、ネイビルは口元を抑えて壁に走る。
「うぅェ……はぁぁ、最っ悪よ」
口を拭って振り返ったネイビルは、きつい目を更に尖らせた。
「どこでそんな情報を?」
予測通りの問いかけに、レイナは吃ることなく答える。
「魔王の城にあった書物だ」
「は? 貴女、魔王城に行ったっていうの?」
「魔王を討伐しに行った時に、な?」
レイナの場合は住んでいただが、聞かれたミリアは頷くしかない。
「へぇぇ? じゃ勇者と肩を並べて戦ったって訳?」
信じないネイビルだったが、二人の表情は真剣なまま。
「冗談でしょ?」
「いいえ、本当ですよ」
嘘だと思うが、二人の強さや告白するミリアの真っ直ぐな視線。ネイビルは項垂れるように頷いた。
「嘘をつく理由も、ない……か」
「すまなかった。誰も死なずに済んだかもしれないのに」
「謝る必要はないわ。そんなに強いなら全員助けてほしかったとは思うけどね。でもダンジョンについては何も知らなかった私達も悪い、それに命の恩人に言うべき言葉は心得ているわ。……助けてくれてありがとう」
真っ直ぐな感謝の言葉、言われ慣れないレイナは頭を搔きながら視線を逸らすのだった。
「照れてますか?」
「うるせぇよ」
「へぇー。お礼なんて言われ慣れてると思ったけど」
「お礼を言われるのは大体勇者だったからな?」
「そうですね。ふふ、お礼を言われると決まって言うんですよ。したいからしたって」
それからしばらく軽く勇者の話題でネイビルを笑わせながらルザリーの目覚めを待った。
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