第四章・新たな呪い ⑧
リブレメンテと行動を共にし始めたレイナが最初の戦闘で思ったことは戦いにくいであった。
狭い通路が続くダンジョンでも工夫をすれば大太刀を振れたが、そこに共に戦う者が増えると大太刀は更に振りにくくなったことが原因と考えていたが、実際は違った。
「ドレッハン、横からも来ているぞ、落ち着いて対応しろ」
「わか、った!」
常に周囲の状況を把握する事は、扱う武具や戦い方が違っても共通して求めらえる事柄だが、これが難しい。特に前衛は敵との距離が近く、敵の背後は完全な死角になりやすく、敵の攻撃を防ぐ盾もまた視界を削ぐ原因であり、攻防に集中すればするほど視野は狭まる。
「うぅ!」
事守るに関しては得意なドレッハンだが、素早く敵を倒す力が欠けていた。
「下がれ!」
手間取るドレッハンの脇を抜けたレイナは素早く入れ替わりを果たして目の前の敵に刀を突き刺す。引き抜いている暇はなく身を捻るとともに腹を裂き迫る二体目の敵を上下に捌く。戦闘を終え一呼吸を挟んだ瞬間、背後から火球が通り抜けていく。
「っ……熱」
誤射とまでは言わないものの、味方へダメージを与える援護ははっきり言ってない方がいいと思うレイナだったが、表情は明るく見繕った。
「気を付けてくれよ」
唯一レイナの苛立ちに気づけているミリアの表情もまた暗い。
「ミリアさん? 大丈夫ですか?」
「え? あはい。問題ありません」
二人は意思疎通を行わずして同じ事を考える。
なぜこんなにもやりにくいのかと。
パーティを組むのなら同等の力量が望ましいと言われる理由が、まさに二人のやりにくさの原因であった。仲間に対して求める援護や補助、対応が食い違う為だ。仮にドレッハンがレイナと同等の力量があれば、入れ替わる必要はなく、後方からの援護も必要としなかった筈だ。しかし援護をしたネイビルが悪いかと言えばそうではない、ドレッハンの力量を熟知しており、援護が必要だと判断したことは間違っていなかった。
「悪いなレイナ」
なにもやりにくいと思っているのが二人だけとは限らない。自分の仕事をするだけのフロランスとドレッハンを除き、連携を求められるルザリーとネイビルにも同様のやりにくさはあった、ただミスを重ねているのはルザリ―とネイビル、精神的な抑圧に襲われているのは二人であった。
「いや気にするな、俺よりも」
レイナの向けた視線をドゥアンが追い、ネイビルを捉える。
現在のパーティリーダーであるドゥアンは他の面々より頭一つ抜けた経験値があり、パーティがうまく回っていない事を考える余裕を持てていた。レイナの言わんとしていることも理解する。
「わかった。そっちは任せる」
後衛組と前衛組で分かれて、それぞれストレスを積もらせつつある顔ぶれのメンタルケアを開始する。
「ルザリー、大丈夫か?」
「んぅー? ちょっちきついかなぁ」
目に見えた大きなミスをしていないルザリ―だが、レイナの加入で仕事を奪われ存在意義を否定されているルザリーのケアは急務だった。
「俺を見てどう思う?」
レイナは等級的に言えば後輩だが、実戦に於いてはルザリーを容易く上回っている。これを本人が認めているか否かで対応が変わってくるが、ルザリー自身もそれを認めていた。
「すごいよ? 戦っていても周りをよく見ているし、判断も対応も早い。何よりさ? ネイちんに向かっていった敵がいたでしょ? でもレイナちんは守りに入らなかった。初めは気づいてないのかなって思ったけど、あれってネイちんの魔術が発動するってわかっていたからでしょ?」
「なんだわかってるじゃないか、これからそれを君がやるんだ。よく見て学べ?」
誇りが高いほど間違いや劣っている事を認めようとしないが、その点ルザリーは素直でありケアが楽であった。
「うへぇ、後輩の癖にぃ」
口調とは裏腹に、頭をくしゃくしゃに撫でるレイナの手を振り払ったりはしなかった。
ルザリーのケアは滞りなく終わらせられたレイナと違い、後衛組に漂う雰囲気は不穏だ。
「ミスは謝るわ。でも必要な場面だった筈よ?」
話題はレイナの肩をかすめた火球であった。
「確かに五人ならそうだが、今は七人だ、それを考えてくれ」
「そんな簡単に言わないで頂戴。魔術は繊細なの、魔力を集めて詠唱して、発動させるタイミングを計算してやってるのよ? それを今だけはずらせって、虫が良すぎるわ」
前衛組は近接戦闘を主体とする集まりであり、レイナの実力を認めるドレッハンらは助言を聞き入れることに抵抗をみせないが、戦士であるドゥアンの声は魔術師のネイビルには届かない。
「わかった、なら控えてくれ。レイナが倒した敵に魔術を撃っても魔力の無駄だろ?」
ドゥアンの必要ないと同義の言葉にネイビルは唇を噛んだ。
「ドゥアンさん、決して無駄ではありません。ネイビルさんの魔力を集める速度も格段に上がっています」
展開の早い戦闘が続き、事実ネイビルの魔術発動までの時間は短くなって成長していると言えた。しかしそれをミリアに言われた事で嫌味としてしか耳に届かない。
「へぇ、貴女には必要のないことでもわかるのね」
魔術師は精霊術師を嫌う。自分たちは努力して力を手に入れたのに対して、精霊術師は精霊に媚び諂い力を手に入れたと考えるからだ。逆に精霊術師は魔術師を意に介さない、自分たちは精霊がいなければ戦えないと重々承知しているからだ。
「最近はレイに教わっているので」
「意味もない努力をするのね」
「そんなことはありません。ネイビルさんの頑張りをわかることができましたから」
「……どうでもいいわ。とにかく私は術の使用を控える、それでいいんでしょ?」
言って逃げるように壁際に移動したネイビルをミリアが追いかけようとするが、それをフロランスが止めた。
「今はそっとしておいてあげてください。ドゥアンも責めるような言葉は慎むべきですよ」
同じパーティで切磋琢磨したメンバー同士にしかわからないものを感じたミリアは、フロランスの言葉を受け入れてネイビルを追うのを諦めた。
「ミリア様が謝る必要はありません。身内が粗相をした私どもが謝らねばなりませんから」
絶えない微笑みに怪我を治癒する役割をもつフロランスはまさにパーティの聖母であった。
「レイナ様、傷を見せていただけますか?」
「必要ない。この服は特別でな。熱いと思っただけで怪我はしていない」
袖を捲って火傷がないことを証明した。もちろん、傷を負っても見せる頃には治っているものだとわかるのはミリアだけだ。
「なら先に進まないかい? レイナに教わったことを試してみたいんダ」
ドレッハンのやる気に一人を除いて頷き、先へ進む。
居心地の悪い現状に今すぐにでも離れたいネイビルだが、ダンジョン内で一人で行動するほど愚かではなかった。五層まで行き、レイナたちと別れるまでの我慢だと自分に言い聞かせながら最後尾を歩く。しかし、前を歩く四人の間に大きな隔たりを感じずにはいられなかった。五層に行けてレイナ達と別れられたとしても、五人で九層を目指すべきではないかもしれないと思うのだった。
「皆あれ見て! 宝箱あるよ!」
ルザリーの喜びに満ちた声に続いて宝箱を目視した面々が喜びの声を上げていた。五層へ向けていたつま先を一斉に宝箱へ向けられる。もうすぐ五層、先を急ぎたいレイナではあったが、冒険者がダンジョンに潜るのは宝の為だ。無視して進もうとは言えなかった。
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