第四章・新たな呪い ⑦
洞穴風の作りをした一層を抜けると、今度は木製の家の内部を思わせる空間に下り立つ。
「不思議ですね」
壁を小突くミリア。音は木を叩く音ではなく、石を叩くような音。木に見えるだけで実際はそれ以外の物質ということだ。
「深く考えるな」
一面銀世界の横に溶岩が流れる地帯を構成するダンジョンもある。なぜどうしてと考えるのは無駄だ。
「そうします。帰ったらフランに聞けばいい事ですもんね?」
「聞くより連れてくればよかったと思わないか?」
「え? 出れるんですか?」
言われて初めて気づいた。要塞を任せる都合上置いていく選択しかしなかったが、そもそも彼女は出れるのだろうか。しかし思い出してみればシェリーを運び出すのに外へ出ていた、問題ない筈。ただフランの場合、受けた命令を完遂させるのに身を削る事を厭わなそうだ。ミリアのいう通り、聞くのが一番だ。
「それも聞いてみましょう」
「そうだな。疑問をそのままにしたくないからな。さっさと済ませて要塞に戻ろう」
口を閉じてダンジョン攻略に勤しむ事にする。
一層と違って広くなった二層では存分にオロチを振るえた。しかし徘徊する魔物は一層で見た魔物に加えて、蝙蝠や鼠といった数に物を言わせる魔物も混ざってくる。武器で一匹一匹処理していては日が暮れてしまう、魔力を用いて俺が拘束してミリアが燃やす戦術は非常に効果的だが、ミリアは好ましく思ってくれない。
「屋内で火を使うのは……やっぱり気が引けますね」
「燃えはしないんだ、気にするなよ」
そういう問題ではないのだろうが、やってもらわねば進むのが難しい。
「おい。また来たぞ」
戦闘をすれば音が出る、音が敵を呼ぶ。その繰り返しに辟易する。
もはや面倒臭い、何かと消費するようになってきた魔力を温存しておきたいが、そんなことを考えるよりもいの一番にこの状況を抜け出したい。
「下がってろミリア」
室内を模倣したダンジョン、ご丁寧に蝋燭まで設置されて明るい空間を闇で染め上げる。広げた闇を縮小させ、内部で閉じ込めた魔物共を一斉にすり潰して片づける。
「ふぅうう」
貯まった鬱憤も一緒に吐き捨てる。
「魔力調整がなっていませんね?」
「してねぇんだよ。……さっさと行くぞ」
二層と三層も魔力を惜しみなく使って進み、再び洞窟となった四層目。
「中々……厳しい試練ですね」
腹の具合から正午を回っただろう時刻。水だけでも持ち込むべきだったと後悔し始めていた。
「ミリア、戦闘は俺に任せろ」
ですがと零したミリアだったが、自分の状態を把握出来ないほど愚かではなかった。
「わかりました。お願いします」
ミリアに戦闘させない為にもミリアに向かう敵を素早く倒す必要のある俺は、魔力を操作して自身の体に纏わせる。全力で大太刀を振りぬくと肩が外れたり、打ち合いをすれば手が痺れてしまう。そうなった時に再生を待つより纏った闇で強制的に動かした方がいいと判断しての事だった。
索敵と下層へ続く道を探すのも自分で行い、戦闘にならないであろう道を選んで進む。
「終わるまで待とう」
極力人と鉢合わせない道を選んで進んでいたこれまでと違い、すでに戦闘している集団に近づいて魔物との戦闘を避ける。
「いい連携ですね」
五人パーティがゴブリン七匹を相手にしている。盾を持った大男が敵を引きつけ、二本の短剣を持った猫人族が盾役の援護。治癒と攻撃をそれぞれ担当する後衛組二人を片手剣を握った男が守る。
「あぁ、羨ましいね」
後衛三人の事を信頼していなければ前衛は戦えない陣形だ。
やや前衛二人の負担が大きく、軽い名誉の負傷を負ってしまうが、危な気なくゴブリンを全滅させた。
「道を塞いで悪かったな」
陣形の中央にいた男が剣を仕舞いながら代表として歩み寄ってくる。
「いや、ここじゃよくある事だろ?」
「そう言ってくれると助かる。二人か?」
通れるようになった道を進もうとする俺たちに反して男は会話を続けようとしてくる。
「ん? あぁそうだが?」
「すごいな」
彼のいう意味を求めてミリアに視線を向けたが、彼女にもわからないようだった。そんな俺たちを見て男に軽く笑われる。
「あぁすまない。ここは最低でも四人はほしいと言われていてな。二人だけで挑んでる君たちがすごいと思ってな」
捻くれた性格の人物なら、二人で挑んでいる間抜けと捉えかねない事はさて置く。
「まぁ戦いは慣れているからな」
「いいね。何層を目指してるんだ? よかったら途中まで一緒に行かないか?」
男だけのパーティなら変な勘ぐりをしていた所だ。
「いや、有り難い申し出だが、昇格試験の最中でね、目的地はもうすぐの五層だ」
「はぁあ!?」
突然の大声に面を喰らっていると、更に大きな声が響いた。
「ドゥアンうるさい!!」
ドゥアンと呼ばれた男は、仲間に謝罪とは思えない軽い調子で謝った後、俺たちには軽くない調子で謝ってくる。
「いやぁ申し訳ない。試験でここまで下りてこらえる奴がいるなんて思ってなくてな」
準備を怠った結果、ミリアに辛い思いをさせてしまっているが、万全でなくとも下りて来られている。と思うが、本当に駆け出したばかりの冒険者で言えば、ほぼほぼ不可能と言える。
「? 下りて来なければ合格できないのではありませんか?」
とはミリアの疑問。やはりダンジョンに行く以外の選択肢があったことに気付いていないようだ。
「いや、リスタッツァで昇格しようと思うなら、普通は町で買うんだ」
「え? ですが取ってくるのが試験なのでは……?」
「持っていくのが試験なんだよ、買ったり奪ったりして持って行っても何の問題もなく合格になるんだよ」
確認の為か、俺に視線を向けるミリアに頷いて答える。
「教えてくださいよ!」
気付けよと呆れたくなるが、言われて快くする者はいない。
「いやまぁ、そんな金あると思ってるのか?」
ロメットからもらったお金も大分底が見え始め、無駄遣いする余裕はもうない。取りに行けるものは取りに行くべきだ。
「俺の時は銀貨十枚って言われたよ。駆け出しだぜ? 出せる訳ねぇじゃん?」
すぐさま同意できた。木くずに銀貨十枚も出せるのなら、そもそも冒険者はやらないだろう。
「どうするんですか?」
「借金をして買うか、別の町にいくか。かくいう俺は別の町にいったよ」
「……町ごとに違うんですね」
「当然だ、ギルドと一口にいっても纏めている奴は違う」
いまいち分かっていなさそうな表情に言葉を継ぎ足す。
「……分かりやすく言えばギルドも商会ってことだ。色んな商会があるけどボスは違うだろ?」
そもそもギルドと呼ばれている集団が一つの集まりなら世界はギルドが牛耳っていると言う事になるのだから、教えなくてもわかってほしいものだ。
「とまぁ、普通なら別の町に行くことを勧めるけど、もうすぐ五層だ、いこうぜ?」
一緒に行っていいものかを考える、試験的に言えば問題もなく、彼らのパーティは男二の女三の比率、下賤な勘ぐりも不要だろう。
「助かるが、こっちが脱水しかけていてな、戦力になれるのは俺だけになるがいいか?」
「なんだよ、言ってくれるよ、ほら」
浅い層とは言え、ダンジョン内では海の上同様に飲める水は貴重だ。それを何の躊躇いもなく差し出してくれる。
「いいのか?」
「勿論だ、後輩を助けるのは先輩の役目だろ?」
ミリアと共に頭を垂らして感謝を伝える。
水筒を受け取って口を開けてからミリアに渡す。
「ドゥアン、いいかしら?」
仲間に呼ばれた彼は軽い謝罪を残して仲間の元へ行く。彼を見送った後、水を飲んでいるだろうミリアに視線を向けるが、水筒を受け取って固まるミリアがいた。
「どうした?」
尋ねると身を寄せて耳元で囁かれる。
「その……どうやって飲めば……」
水筒の飲み方を知らない奴がいるとは思いもしなかった。
「口をつけて水筒を頭より高くすりゃ飲める」
「そうじゃないです!」
ミリアの言いたい事が理解できない。
「だって口を!!」
嘘だろと叫びたい衝動を抑える。
「この状況でんな事気にするか?」
「します!」
食い気味のミリアに気圧され、何か器になるものを考えると、ドゥアンが戻ってきてしまう。飲み口が汚くて飲めないなどと言える訳にもなく、どうしたものかと必死に頭を働かせるが、ドゥアンの手には今まさに求めた物があった。
「使ってくれ」
「助かる、今それで揉めてた」
「俺も怒られた」
ミリアが器を受け取り、座って膝の上に器を乗せて水を注ぎ始めるのを横目に見守る。
「怒られた?」
「汚ねぇ飲み口に口を付けさせる気かって。気が利かなくて悪かったな」
「んなもん気にする方が間違えだと思うがな。まぁこっちも、ミリアが気にしてたから助かったのは確かだ」
話の輪に強制的に入れられたミリアは器を軽く持ち上げて申し訳なさそうにする。
「兎に角、助かった。戦力としては期待してくれ」
「わかった。今更だけど俺はリブレメンテのドゥアンだ。治癒されてるごついのがドレッハン、してる可愛いのがフロランス。二人を見守ってるのが猫人がルザリー。で、きつい目でこっちを睨んでるのが魔術師のネイビルだ」
「レイナだ、よろしく頼む。前衛と考えてくれ」
「ミリアと申します。私は……後衛になりますか?」
俺に尋ねてくるミリア。個人的に言えば中衛が好ましいが、別パーティが合流する場合、等級が高い者がリーダーとなるのが通例だ。ドゥアンにどうすればいいかを無言で尋ねると、彼は肩を竦めて判断を委ねてくれた。
「ドゥアンと同じ立ち位置でいい、前にも後ろに気を配れ」
それから軽くリブレメンテの面々と挨拶を済ませ、親睦を深めながら五層を目指すことにした。
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