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勇者亡き世界に魔王は憂う  作者: 雲乃内晴
第一章・プロローグ
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第一章・プロローグ ②

 連れて来られた場所は、この世で最も強大と(うた)われるディフラズ帝国の王都、ディフラズ城の地下に存在する牢獄だった。


 自由はないが、雨風や寒さに悩まされる事はなく、一日三食 暖かいご飯が運ばれてくる。おまけに夜には沸かした湯までもが運ばれてくる。ここで生涯を過ごしてもいいと思えるほどの好待遇を三日堪能し、四日目にしてようやく連れてこられた理由を知ることができた。


「偉大な王子がお見えだ。膝を付け」


 大きめの衣服に身を包んでも隠しきれない体形をした男が、ザウルと数名の兵士を連れて鉄格子の前で立ち止まる。一目で金が掛かっているとわかる装飾をじゃらじゃらと鳴らしながら顎を撫でた。


「貴様頭が高いぞ!」


 面倒だと思いながらも頭を垂らそうとするが、王子によって止められる。


「良い良い、余の妃となる者ぞぉ?」


 その言で思い出す。勇者に力を奪われた二年前、この国に連れてこられた時も嫁にするだ子供を産ますなどと言われた。


「ほれ、何をしておる、近く寄るんだ」


 嫌だとは思うものの、断ればまた兵士が五月蠅(うるさ)く騒ぐ。黙って従えば、無遠慮に人の髪に触れて匂いを嗅ぎだした。


「相も変わらず主の白髪は美しいな」


 当時この王子の望みは二つの理由で通らなかった。一つ目は、間に産まれる子供が混血児になってしまうからだ。混血児はほぼ全ての種族で禁忌(きんき)とされており、人が混血児を見つけた場合は、本人を容赦なく殺すのは当然として、親がいるのであれば地域によっては親も粛清(しゅくせい)の対象となる。もう一つの理由は魔力の問題。母体となる俺は魔族の中でも屈指の魔力を有しているが、王子の方は最低層と言ってもいい魔力量、子種を俺の中に放ってもすぐに魔力に拠って死滅してしまう。


「これからは毎日余が愛でてやるからな?」


 もはや頭が悪すぎて二年前の事を覚えていないのかと疑いたくなる。


「嬉しくて言葉も出ぬか!」


 飽きれて言葉もでない俺をそう捉える頭の悪さ。どうにかしてほしいが、できる立場にない俺はザウルに視線だけで要求を出してみるものの楽しそう首を振られてしまった。


「……二年前にも言ったが、俺は魔族だ。アンタの望みは叶わんよ」


「またそのようなことを。今の主は人ではないか!!」


 自分の手を見つめる。確かに人のもの。しかし勇者は俺の力を封じる為に俺の肉体を魔力行使に耐えられない脆弱な肉体に変えただけと明言していた。それを説明しても理解には至ってくれないのだろう。


「仮に俺が人になっていたとしても、アンタの魔力じゃ受精には至れないぞ」


 肉体が人であっても、内包する魔力量には変化がない。


「それを解決する術もちゃんとあるぞ」


 高価な外套を広げると、ベルトに付いた一本の剣が目に入る。


 どうして勇者を殺したのか、勇者の力を恐れてと思っていたが、理由は剣か。王子が持っている剣には所持者の魔力を増幅させる能力が付加されている。増幅量に規則性はなく、王子が持つ場合にどれほど増えるのかはわからない。ただ俺の魔力量に届くとは到底思えなかった。


「主は何も心配することはないぞ」


「王子、そろそろ」 


 高く笑う王子にザウルが口を挟んだ。


「ザウルよ。野暮なことをいうでない。余はもっと愛を深めたいものだ」


「王子を待つ者は多くおりますので、なにとぞ」


「……仕方がない。余の天使よ、今しばらく我慢しておくれ」


 返事を待たずに去っていく王子の後を追う兵士たちと違い、立ち去らずにいる者がいた、ザウルだ。


「一つ聞いてもいいか?」


「私も貴女に聞きたいことがありまして」


 聞かれる内容は想像できた俺は聞かれるより先に答えた。


「神剣の在り処なら俺は知らないぞ?」


 いつも笑顔を絶やさないザウルから笑顔が消えた。実に気分がいい。

 遺体を回収したのは埋葬の為ではない、勇者のアイテム袋の中身を奪う為だ。そしてそこに目的の品はなかった。


「それはおかしいですね? 二年前の貴女と勇者の戦いでは確かに持っていました。そしてこの二年間、勇者と行動を共にしていた貴女が知らないとはどうしても思えないのです」


 それでも頭を振った。


「知らんものは知らん。好きなだけ疑え」


「後で知っていた、というのはなしでお願いしますね?」


 下手な脅しだと心中で笑う。在り処を教えた方が危険なのだ、屈するわけがない。


「探すだけ無駄だぞ。あれには意思があるからな」


「勘違いされているようですが、私は使いたいわけではありませんよ。危険な物なので管理をしたいだけです」


 その言葉が本心かはわからないが、あの神剣を前にすれば持って使いたくなるだろう。神にでもなったかの様な万能感はもはや麻薬と同義だ。



「知らないのであれば結構。次は貴女の番ということで」


「ん? あぁ俺はずっとここに閉じ込められるのか気になってな」


 俺の質問に少しだけ笑ったザウルは失礼と告げてから問いに答える。


「先ほど王子も仰いました通り、もう少し辛抱してください。格別な部屋をご用意しますので」


「助かる。寝床が固くて叶わん」


 満足そうに頷いたザウルは一礼して去っていく。


 一人になった俺は、このまま黙って従うかを吟味しながらベッドに腰を落とす。


 ザウルの目的、想像するに国を乗っ取る事だ。その為に王子との間に混血児を作らせて粛清の対象にする腹積もり。現在の国王も身内だと主張すれば大義名分が立つ。俺を利用しようとしているのは気に入らないと言えば気に入らないのだが、大した度胸だと拍手を送ってもいい、なんなら頑張れと応援したっていい。この国がどうなろうと俺に関係ないからだ。


 問題なのは俺の扱いだ。ザウルの言う事を鵜呑みするのなら殺されることはない。しかし殺さない理由が皆目見当も付かない。逆に殺す理由ならすぐに思い浮かんだ。混血児の祖父に当たる国王を処断しておいて母親となった俺を見逃すとは到底思えない。約束を守るために俺の身柄を隠せば、見つかった時のリスクが常に付き纏われ、また俺自身が力を取り戻す可能性も潰えていない以上、殺しておくのが得策だ。


 このまま黙って従っていても殺される未来が濃厚。殺されなくともあの男と交わるのなら死んだ方がマシだ。ともなれば逃げる他ない。


 牢屋であろうと部屋であろうと、あらゆる建造物から外へ出るのに最も理想的なのは、扉を開けて出ていく事だ。それをできないようになっているのが牢屋であり、中にいる者が外にいる者の許可を得ずに出ていくには強硬手段をとるしかない。壁か床あるいは天井、選択肢としては多く見えるが、実際に選べるのは一つしかない。壁や天井、床を壊した所で同じ牢屋に通じている可能性が高い、壁を軽く削って先を確かめるのも手だが、確かめた後に部屋を変えられては意味がなく、正面の鉄格子には確実に外へ通じる道がある。


 壊す場所を鉄格子と定めて方法を考える。


 腕力でどうこうできる相手でない以上、頼れるのは魔力。行使すれば肉体が悲鳴を上げるが、やり方次第では齧られた程度の痛みで済む。


 最後に決めるべきは時期だが、時間は考えるまでもなく夜中。見張りが少なく、騒動に気づいても昼間ほど素早く駆けつけられない、更に身を潜めたい状況になった場合にも暗闇が味方をしてくれる、選ばない理由がない。そして決行日に関しては少し悩んだ。可能な限り早い方が好ましいが、急いては仕損じるという言葉がある様に、準備を怠れば失敗の確率が上がる。


 悩んだ末、ひとまずは準備の完了を急ぎ、状況によって決行日を考えることにする。


 準備の為に、まずは寝床の掛け布団を引きはがして敷布団の皺を伸ばす。糸切り歯で親指を腹を噛み切って敷布団に血を付着させて伸ばしていく。血が止まればまた嚙み千切る、を幾度となく繰り返していく。


 円を重ね、図を描き、記号を並べていく。完成した魔術陣は極めて不細工なものだが、術の発動には問題はないだろう。後は魔力を注いで詠唱すれば術は発動する。


 試しに陣に触れて魔力を注ごうと体を巡る魔力を指先から流し込むと、指が圧迫される軽い痛みが走る。厄介な体にしてくれたものだ、少量でこの痛み、術を発動させる為に必要な魔力量を一気に流せば体は激痛に苛まれて身動きとれなくなるだろう。逃げる為に壊しておいて逃げれないでは本末転倒。時間を掛けて必要魔力量を注ぐしかない。


 ゆっくりと魔力を注ぎながら鉄格子を壊すのに最適な属性を考え、必要な魔力量を算出する。壁の破壊ならば火属性系統の爆発の起こる術が最適だろうが、鉄格子は壁と違って衝撃を受ける面が少なく、壊れない可能性がある。

 水属性や風属性で切断するのも良い手ではあるが、切断に至れる威力にするには魔力量が多くなる。土属性ならば少ない魔力で床を変形させて崩す事ができ、おまけに静かに事を成せる。土で決まりだ。


 あとは魔力を注ぎ続けて必要な魔力量を集めればいい。


 剥がした掛け布団を元の位置に戻してからその上に寝転がる。掛け布団の上から魔術陣に魔力を注ぎ続けながら、どれぐらいで魔術行使に足る量になるかを考える。こうしてずっと注ぎ続けられれば三日ぐらいで貯まるだろうが、食事を受け取ったり訪問者に対応する事も考えると四日五日が最短だろうか。急いで魔力を注いでいっても決行日に大きな差はないと、痛みを伴わない程度の速度で身体から魔力を放出していく。やがて横になった事で身体は眠れると思ったのだろうか、次第に瞼が重くなってくる。こういう時、野宿と違って素直に意識を手放せるのは役得だなと口元を緩めながら眠りに付いた。

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