第四章・新たな呪い ③
辺りを見回しても何もなく、視界を奪われたのかと、隣にいる筈のミリアに手を伸ばしてみるが掴めるものはない。
「まさかな?」
すでに肉体の制御を奪われ、精神の世界に閉じ込められた想定が頭を過る。しかし自分の魔力に異物が入ってくる気配はなく、このまま暗闇に閉じ込めて精神を壊す企みなのかと考えたが、そうでもなかった。目の前に扉が忽然と現れた。
「ここは……?」
扉の先は開けた平原。眠気を誘う暖かい日差しと凪ぐ風が草花と戯れて駆け抜けていく。
「レイ、何してんだ? 早く来いよ!」
声のした方へ振り向けば、そこには男と女がいた。
黒い髪に黒い瞳、おまけに黒い衣服を纏った黒ずくめの少年と空に同化する髪と翠色の瞳を有し、ネグリジェのような真っ白な衣服に身を包んだ少女。
「……ユウ、リヴィ」
二人が現れた事で、ここがどこで何時かを理解する。俺が最も楽しいと思っていた時期だ。
「どうなさいましたの?」
これが現実ではないとわかっていても抗い難い誘惑に手を引かれて踏み出してしまった足、その足をすぐさま下げれたのは、俺のものでない魔力を体内に感じたからだ。正気を奪うと言っていたが、幻を現実と思い込ませる呪いだったのかもしれない。
「……ユウ、お前に託された者が待っているんだ、許せよ」
瞼を閉じてこの世界と決別し、体内に入ってきた異分子を捕まえる。魔力同士が干渉して混ざり合う。主導権を奪う為により多くの魔力でオロチの魔力を飲み込み自分のものへ。
「いい子だから大人しくしろ」
可愛い抵抗だ。拘束するのは慣れているが、拘束から逃れるのは慣れていない様子。俺の体内に侵入してきた魔力全てを苦労なく自分の支配下に変えた後、太刀に眠るであろう本体も取り込もうと魔力を操作するが、中断する。
全てを奪ってオロチの魔力が無くなれば、求めている再生の力も失いかねない。
奪い続けてるだけではダメかもしれないと、少しだけ魔力を返す。
「いい子にしてたら褒美をやるよ」
そう言ってから瞼を開くと、心配面のクレハが目に映った。
「……どうじゃ?」
クレハの問いには、ミリアにも視線を向けてから答える。
「問題ない」
魔力を左手に集めて一呼吸、手のひらに魔力を放出する。腕がへし折れる程度の出力に調整して放出、痛みは伴ったが激痛に苦しめられる事はなく、治癒が続いて痛みは消える。放出させた魔力も問題なく、大気に触れて俺の魔力属性である闇を象徴する黒い煙へと変わってくれる。
「はっははやっとだ」
大はしゃぎで手のひらで揺らぐ闇を手首や腕で遊ばせる。
「満足かの?」
「あぁ、非の打ち所がないよ」
腕周りを飛ぶ闇を袖に潜り込ませる。
「世話になった本当に」
忍び込ませた闇で空間に干渉し、袖の中をアイテム袋と同様の仕組みを作る。作ったばかりのインベントリーから俺の魔力を込めた魔石を取り出してクレハに投げ渡す。
「何かあれば力になる、連絡してくれ」
「そうさせてもらうかの、それまでに死ぬでないぞ?」
立ち上がって握手を交わしてからオロチを袖に収めて部屋を後にする。
「大変申し訳ございませんでした」
部屋の外で待機していたロメットの開口一番に首を傾げる俺に代わって言葉にしてくれるミリア。
「どうして謝られるのですか?」
「私の提案しました水精霊の涙は今回のお話に劣るものでしたので、知識不足を悔い改めております」
劣るというのは言いすぎだ。リスク度外視ならクレハだったが、リスクを負いたくない場合はロメットの提案が最適解だった。
「気にするな、こんな物を想定しろって方が……」
俺が尋ねてから用意したにしては早すぎる。
「? レイ?」
「あぁ、いやこんな物をよくこんな短時間で用意したものだと感心してた」
「長年お仕えしておりますが、未だわからない事が多いお方です」
早い対応に安い対価、少し気になりはしたが、取引が成立した後にいちゃもんを付ける様なもの、黙って商会を後にすることを選ぶ、その途中でロメットに借りた銀貨の事を思い出す。
「そうだロメット。俺たちに仕事があるんだろ?」
「そうでした、自分の見聞の狭さを嘆くばかりで忘れていました。……お二人に頼みたい仕事は調査になります」
力を取り戻した暁に頼まれる仕事は血なまぐさいものを想定していたが、予想は裏切られた。
「リスタッツァから南にいった場所で失踪する方が増えていまして、原因を探っていただきたいのです」
「失踪する対象の比率はどうなってる?」
最初の質問にこれを選んだのは、それがわかるだけで行方がわからなくなる原因が決まるからだ。
「統一性はありませんね。現在ですと男性六の四といった具合で、人に獣人、鳥人と対象を選んでいる様子はありません」
「誘拐ではないか」
奴隷商に売る為の誘拐で女の被害が多くなるのは、女性にしかできない仕事を求められる場合が大半だからだ。
「分かりかねますが、そもそもリスタッツァでは奴隷業は禁止されておりますので、移動させる手間を考えますと他の町を狩り場にすると考えますが?」
確かにと頷いてから整理する。
調査と言った以上、犯人に目星が立っていないという事がわかり、魔物の仕業でもない事がわかる。魔物の仕業なら目撃者、あるいは襲われたが難を逃れられた者がいる筈だ。
相手は知性のある生き物であり、目的は今のところ不明。分からない事が多いが、分かっているのならそもそも調査しろとは言わない。そして俺たちに求めらえるのは仕事はとどのつまり囮だ。
「なるほど、か弱い小娘二人なら犯人も狙いやすいと?」
「ご明察です」
「どうする? 恐らく戦闘になる可能性大だ」
共に仕事をする相棒に尋ねてみたが愚問だった。
「困っている人が目の前にいるなら助けましょう」
「感謝します。ではこちらをギルドにお持ちください」
忘れていたと言った割に用意がいい事に笑いそうになる。
「いいのか?」
ギルドの仲介料は依頼主が出している様に見えて、その実報酬額を下げることで受ける側が負担している様なものだ。しかし報酬がすでに支払われている俺たちではロメットが全額負担していることになる。
「構いません。お詫びも兼ねて」
「助かる。ギルドの等級上げが面倒でな」
「お察しします。ではよろしくお願いします」
依頼書を受け取り、ロメットに見送られながら帰路に就く。
「あの、レイ? お願いがあるんですが……」
通りを歩き、朝食を何にしようか迷っているとミリアがやや神妙な面持ちで切り出した。
「ロメットさんから頂いたお金で私にも武器を買ってくれませんか?」
「いい機会だしな。何にするつもりだ? やっぱり弓……どうした?」
突然足を止めてしまったミリア。
「いえ、必要ないと言われると思っていました」
精霊に力を借りられる精霊術師に武器は必要ない、という一般論は間違っている。そもそも魔力は無限じゃない、節約したい時や魔力が枯渇した時など、自分の手に持った武器で戦いたい状況は五万とある。
「それはない。それにせっかく熱移動で魔力の操作に慣れたんだ。使わない手はないだろ」
人の通りの多くなり始めた大通りで突っ立っているのは迷惑であり危険だ。足を再び動かしながら会話を続ける。
「あの訓練で武器の有無に何が関係してるんです?」
「無くてもいいけどあった方が楽、程度にはあるな。見ろ」
オロチの力がどの程度か試す意味合いも込め、左手に魔力を集めて放出、手の平で短剣の形を作る。
「あ、平気ですか?」
痛みはある。しかしすぐに消える。再生である保証はまだないが、傷が癒えたのは間違いなく、魔力を放出して戦いに挑んでも問題はなさそうだ。
「あぁ平気だ。でだ、魔力の操作に慣れてしまえば、魔力を武器の形にして戦うことができる。さらに上達すれば、手に持つ必要もなくなる」
手から離れた短剣は重力に従わずに宙に留まり、ミリアの体の周りを泳がせる。
「魔力操作の応用だ。次に調整や変化を覚えていけばもっと幅が広まる」
「あの、今更ですが、詠唱はいらないのですか?」
「詠唱を用いるのは属性変化する為だ、ほらあの女、シェリーだったか? あの子が火属性を扱う時は詠唱しなかっただろ?」
「あれは……彼女に才能があって努力で手に入れたものだと思ってました」
肉体に傷をつけずに魔力を外に出すのには修練をする必要がある、しかし魔力を保有できる杖を持つ事で修練を省くこともできる。ただその道にあるのは行き止まりだ。
「まぁ努力はしただろうよ。とにかく詠唱は属性変化をしないのなら必要ない、近い属性に変化させるのなら簡単で短い詠唱でいい。例えば……」
周囲を浮遊する短剣を手元に戻す。
「《黒き焔となりて喰らえ《『黒炎』》」
詠唱に従い、剣の形を失って小さな黒い灯となる。
「まぁこんな感じだが、俺がミリアに求めているのは属性変更じゃない、戦術の幅もそうだが、もっと自衛力を上げる方法として、精霊に戦わせるんじゃなくて魔力を操作して精霊の力を自分の意思で行使できればと思ってる」
「……ごめんなさい。その頭が追い付きません」
「焦る必要はない。時間はあるさ」
魔力についての話題を終えて、開店の準備をしている店に置かれた梨に目をつけて朝食として選ぶことにした。
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