第四章・新たな呪い ②
「これは?」
尋ねるとクレハは品を床に置き、布を掴むと視線を合わせてくる。
「お望み以上の品じゃよ」
布を勢いよく取った。布に隠されていたのは、刀。両手を広げても尚端から端を触れる事の出来ないほどの長い刀だ。
「こいつは大太刀オロチと呼ばれる一刀じゃが、わかるか?」
憎悪に満ちた魔族よりも淀んだ魔力を漂わせている。
「……妖刀」
「これは……手にしてはいけない気がします」
「まともな思考をしておれば、こんなものに手を出す奴は阿呆としか言えんの」
俺を阿呆と言いたいクレハの視線を無視して妖刀を見つめる。今の俺はこんなものに頼らなければ力を得られない。しかし、邪剣などの呪われた武具は持つだけで強力な力を授けてくれるが、大抵は持った者に災いも振りまいてくる。有名な物で言えば、抜いたら殺さずにはいられなくなるティルフィングだが、抜くような状況下なら目の前に倒すべき敵がいて然るべき、呪いと言えるのか疑問だ。
「で、どんな呪いなんだ?」
「そうじゃな、一口に言ってしまえば正気を失うというのが妥当じゃな」
「待ってくださいそれじゃ!」
何のために力を求めているかを考えれば、この妖刀は手にするべきではない。
「安心せい小娘。わっちは客様の望みに叶わぬ品を用意したりはせぬ」
「良く調べてるじゃないか」
「どういう事でしょうか?」
一人だけ理解に至れないミリアに俺は自分の胸に手を当てて答える。
「この体はすでに呪われている」
呪いに関しての知識を持たないミリアにはそれだけではわからず首を傾げる。
「呪いは原則として一個体に一つなんだ。殺せば呪いは必要なくなるし、長く苦しめたい場合も他の呪いの関与を遮断することで呪いの無効化を防いだり、命費えるその日まで永続化させたり、な」
「呪いが二つになる事は、絶対にないということですか?」
「あぁ、重複した場合は強い方が優先される」
この体にかけられている呪いが、誰に拠ってかけられたか、そしてどれほど強力な呪いなのかはミリアに説明する必要はない。
「ではリスクなしという事ですか?」
「そりゃ都合が良すぎるの。……オロチは呪いで正気を奪い、魔力を用いて肉体を奪いにくる妖刀じゃ。魔力での精神戦には勝たねばならぬぞ?」
どんなリスクがあろうとこの手に持つ事実は変わらない。持たない理由があるとするのなら持つ価値がない場合のみだ。
「もういい。リスクは承知済みだ、どんな力が得られる」
「二つじゃ。まずは基本的な、持ち主の能力が向上させるというものじゃが他の物とは比べ物にならぬほどの力を齎す、そして聞いて驚くでないぞ? 再生じゃよ」
「治癒じゃなく?」
「千切れた腕が元通りになるのを治癒というのならの?」
それは間違いなく再生だ。強い力を得られるのは有り難い話だ。しかしその分だけ制御する労力も大きくなる。果たして自分に制御できるのか、やってみなければわからない。
「さて、この太刀じゃが、お望みの品といえるものかの?」
「まぁぁな」
不安はあるが、得られれば自分の身を守る事は勿論の事、ミリアに戦いを強いらずに済む。
「ならば次にわっちの望みについて話そうかの?」
クレハは商人だ、慈善活動とは無縁の存在。
「主らが銭を持たぬのは知っておる。じゃがわっちは優しいからのぅ? 代案を考えてみたのじゃ」
そう言ったクレハの手が俺の肩、ではなく服に触れる。
「良い服じゃの?」
対価に求められた品は着ている服という訳だ。
「クレハ」
「主が持ちうる物で対価に相応しいのはこれぐらいじゃろ?」
「冗談言うな、……釣り合わねぇぞ」
全盛期の力を持っていれば、クレハの首を跳ねていても不思議じゃない。
「であるなら差分は銭で賄おうとしようかの? あぁ代わりの服の心配は必要ないぞ」
「……レイ?」
この服を売って得られる金は、買えない物がないといっても過言ではない程の金額になる。この世でたった一つしかなく、作った者はこの世界を救いながら、もうこの世にはいない。
「どうなんじゃ? 決断できぬというのならいくらでも待つぞ?」
ただの服だ。代わりはある。
「……その必要はない」
どんな理由を並べようとも納得などできはしない、けれど魔王であった俺が、エルフの娘の横に立ち続けるには、どうしたって力がいる。
「待ってくださいっ!!」
交渉成立を伝えようとするよりも早く、ミリアが口を挟んだ。
「どうして言ってくれないのですか?」
「何を?」
「それは彼からもらったものでしょ?! ……彼は服を上げたら喜んでくれたって言ってましたよ? ……大事な、大切な物じゃないんですかっ?!」
死人の悪口を言いたくはないが、やはり勇者め、余計な事しか言っていない。仕方なく納得させようと口を動かすが、ミリアはそれ以上言わせまいと捲し立てた。
「いいじゃないですか、力なんてなくたって。今日まで平和に過ごせたじゃありませんか。それに……大切な物を手放して得た力に、意味はありませんよ?」
含蓄がある言葉に思い直す。なぜ力を求めたのかを考えれば、答えは大切な物を守る為だと即答できる。しかし力を得る代わりに守りたいと思う物を失っていては意味がない。
「レイが本心から手放してもいいと思わないのなら、私は反対です」
力か大事なものか、悩む。けれど気付いてしまう。悩んでいる素振りをしているだけなのだ、答えは決まっている。
「……そういう訳だクレハ」
「取引に決裂は付き物じゃからな」
手間を掛けさせた事を謝ってから踵を返す。
「待つのじゃ。お主の用事は終わってもわっちの予定は終わっとらん」
返したばかりの踵を半分だけ戻す。
「仕事がある、手短に頼むよ」
自分都合だとは思う。けれど力を持たずに日銭を稼ぐには簡単な仕事を数こなすしかない。
「ならばお主の時間を買おう。文句はあるまい?」
「そういう事なら」
今一度クレハと向き合い、話を聞く姿勢を取る。
「全く、わっちの時間も買ってもらいたいものじゃ」
不満は垂らしまくりながら椅子に腰を落ち着かせたクレハは俺たちにも座るように促す。
「五日も無駄に待たされた。それでチャラだ」
「ぬけぬけと。まぁ良い、本題じゃ。主たち二人いや……小娘ではなく」
突然、俺と勇者の話に切り替わり、頭が追い付いていない状態のままクレハが言葉を紡いだ。
「いくつ神器を集めておった?」
予想外の質問だ。神器の話は大人から子供まで知っている話だが、存在は異世界同様おとぎ話にしか思われていない。実在する事を知っている者は数少ない。
「なんですか? それは」
「……神の力が宿る器だ」
まず最初にミリアの質問に答えたのは、自分の頭を切り替えるための時間稼ぎの為。
「神……実在するんですか?
「らしい。俺は見たことないけどな」
俺は、という言い回しがどういう事かを改める手間はいらない様子だった。
「まぁ正確には神が扱った事のある道具の事なんだが、とにかく強力な力を有した道具だ」
「そんな物をこ奴とあ奴は集めておった訳じゃが、阿呆な事に奪われよった」
俺を責められるのはお門違いだ。元はと言えば、迫りくる敵を殺さない勇者が悪い。
「ま、誰が悪いかなど今更どうでもよい事じゃ。それよりもじゃ、集めた数、奪われた数をわっちは知りたいのじゃが?」
「それを知ってどうする? ディフラズ帝国に尻尾振るか?」
「阿呆抜かすな、誰が好いておらん奴にわっちの可愛い尾を振るものか」
神器を手中に収めたディフラズ帝国、いやザウルは世界も手中に収めようと動くだろう。
「対抗する気か?」
「それを決める為に質問しとる」
「心配するなよ。神剣は帝国に渡ってないよ」
例え神器でも神剣には対抗しえない。
「聞いとるわ馬鹿者。じゃが後二年は使い物にならんのじゃろ?」
俺しか知らないと思っていた情報を知られている事がこんなにも恐ろしいとは思わなかった。
「兎に角じゃ、帝国は今周辺国に隷属を命令しておるのみじゃが、そう遠くない内に行軍を始めるじゃろう。着実に領土を広め、やがては魔族領も含め全てを飲み込む腹積もりじゃ」
意外だ。俺はそうなっても一向に構わないとすら思っている、自分と友人、知り合いさえ火の粉を被らないのなら世界がどうなろうと知った事ではない。同じ魔族のクレハも同様の考えだと思っていたが、そうではないらしい。
「間抜けな面をするでないわ。わっちもお主同様、世界などどうでもよい。しかしじゃ様々な国があり、思想や宗教、習慣の違うがある者たちの中でするからこそ、商いは飽きないのじゃ」
クソみたいな駄洒落に口元を緩めるミリアに思わず視線を向けてしまう。
「いえその、面白かったので」
真面目に話をしている事が馬鹿らしくなる。
「ま、そういう訳じゃ。わっちの楽しみを守る為にも好き勝手にさせたくない訳じゃよ」
意外と思ったことは撤回しよう。所詮魔族、自分が良ければ全て良しだ。
「して情報は?」
見返りを求めずに教えるつもりでいたが、そんな自己の悦楽の為ならば対価を求めても罰は当たらない。
「高いぞ?」
床に置かれたままの太刀を足のつま先で押し出すクレハ。随分と気前がいい報酬にすぐさま記憶を遡る。勇者と共に回収した神器の数は六だが、俺との戦いでも神器を使用していたことを考えると、把握している数よりも多く所持していると考えた方がいい。おまけに旅の途中で神器を手放していた事も含めるとかなりややこしく、必死に記憶を辿って死に際まで持っていた数を思い出す。
「三、いや四、五だな」
望みの情報をくれてやったというのにクレハの顔は不満で染められていた。
「仕方ねぇだろ。俺はあいつのインベントリーに干渉できねぇんだから」
「ようわかった。その曖昧な記憶を頼りにしてじゃ、……どんな物があったのかや?」
「確実に注意が必要なのはグングニル、クラウとソラスだろうな」
神器と呼ばれる物の中でも特に戦闘面に強い代物だ、霞みがかる記憶でもそれらだけは鮮明に思い出せる。
「神槍はわかるのじゃが、クラウとソラスは光の剣クラウ・ソラスの事かの?」
「そうだが、一本の剣じゃなく一対の剣だ、光の剣クラウと影の剣ソラスが本当の姿だ」
グングニルは強力な武器だが、有名であるからこそ対策できる。逆に一本の剣として有名なクラウとソラスは神槍と比べて能力で劣るものの、双剣と知らずに戦うとグングニルよりも厄介な代物だ。
「残りはレージングとアンクーシャは持っていた気がする」
アンクーシャもレージングも戦闘面に直接関与する能力ではないが、どちらも強制力の強い神器。扱い方次第ではグングニルやクラウとソラスよりも注意しなければならない道具になり得る。
「ほう、アンクーシャとな」
富を司る神が扱っていた品だ、商人ならば是非とも手に入れたい品かもしれない。
「俺が把握している神器はこれぐらいだ。あとは神器じゃないがカリバーンや屠龍剣なんかは持っていた筈だ」
帝国に奪われた数々の品を聞いて思考を深めるクレハ。はっきり言えば、元々強国で知られていたディフラズ帝国が更なる力を手に入れた現状、抗うのは愚かだと言える。
「うむ、ようわかった。情報に感謝じゃ」
どうするのかを言わないクレハに、どうするかは聞かない。
「他に聞きたい事があれば聞いてくれ。知っていることは極力答える」
「是非ともそうしてほしいものじゃ。これの対価としてはちと安すぎる」
「力が本物ならな?」
希少価値が高いからほしいのではない、俺が魔力を振るえるようにする道具がほしいのだ。
「であれば、……柄を持って試すがよろし」
床から机の上に運ばれた大太刀、万が一に備えてクレハに視線を配る。力強い頷きを確認してから手を伸ばす。
「レイ」
掴む前にミリアの声が耳に届く、とても不安げな声音に無視はできない。
「心配するな、元魔王だぞ?」
大太刀に肉体を奪われない保証はないが、魔力の勝負で負けるつもりは毛頭ない。
「そうだ。力を手に入れたら行きたい場所がある、付き合ってくれるか?」
「はい、勿論です」
お互いに微笑み合ってから再び大太刀に目を向けて柄を掴んだ、その瞬間、目の前は暗闇だけとなったのだった。
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