第四章・新たな呪い
朝起き、身支度を済ませて朝食を取り、ギルドに顔を出して依頼を探す、依頼があれば請け負い、なければ町をぶらついたり、要塞に戻って魔力の補充をしたり。そんな日々を五日間続けて六日目を迎えようとした時の出来事、コンコンと扉が鳴いた。
「二人とも起きてる?」
扉の向こうから聞こえたのはケイミの声。
ミリアが起きているのを視界の端で確認してから扉を開く。
「どうした?」
「連絡よ」
差し出された一枚の紙を受け取る。紙にはキセルの絵。待ちに待った連絡だ。
「ありがとケイミ。ミリア」
すでに出る支度を始めていたミリアを見習い、大急ぎで支度を始める。寝巻を脱ぎ捨て、素早く衣服を纏う。胸ボタンと腰のリボンだけを締めて準備は完了だ。
「お別れ、かしら?」
「いや、昼には戻るつもりだ。ここは居心地がいいからな」
それだけ彼女が給仕に準してくれていた証拠だ。それもあと二日で終わってしまう、最後まで堪能したい。
「悪いがもう行く。戸締りを頼む」
返事を待たずに駆け足で宿を後にする。日が昇る前だというのに、すでに仕事を始めている者もいる通りを走り抜ける。南区を抜ける頃には息を切れていたが、足取りはとても軽い。
「もう少しですよ」
ミリアの声援を背中に受けながら走り続け、ようやく見えてきた商会の前には一人の男が立っていた。
「お待ちしておりました、レイナ様ミリア様」
ロメットに来なかったらどうするつもりなのかを聞いておちょくりたくなるが、来ないわけがないと口を閉ざす。
「こちらです」
案内に従ってたどり着いたのは、以前ロメットが応接してくれた一室。入室の際の一連の流れを手早く済ませたロメットが扉を開け、開かれた隙間から大量の煙が抜け出してくる。
「どうぞ」
自分は入らないと告げられ、先行して部屋に入る。
「げほ、煙いぞ」
「げほげほ、なんですか、この煙は」
後に続いたミリアも同様に咳き込む。人の身でもきついのだ、人より優れた身体をしているエルフや魔族には相当きついはずだ。ロメットが入りたがらない理由もわかる。
煙を払いながら部屋の奥へと進んでいくと、机の上に座った女が一人。東の果ての国の民族衣装を着崩して色香を振りまく。
「着んしたか、遅かったでありんすね」
煙をうざがる俺にふぅっと息を吐く。吐かれた息にも多分の煙が含まれており、咳き込みそうになるのを我慢する。
「そう思うなら換気でもして待ってろ」
「減らぬ口でありんす」
楽しそうに言った彼女が指を鳴らすと、部屋の全ての窓が独りでに開き、煙が薄まっていく。
「まずは挨拶をしんしょう、初めましてエルフの娘、わっちはクレハと言いんす」
クレハの使う言語に慣れないミリアは少し戸惑いながらクレハの握手に応えた。
「えっと……ミリアです?」
「おゆるしなんし、わっち遊郭にいんしたから言葉が変でありんす、許してくんなまし」
「あ……多分、大丈夫だと思います」
必死に廓詞を聞き取って返事をするミリア。世界を股にかける大商会の主が、廓詞しか使えない訳がないとどうして気づかいのか。
「クレハ」
十分に遊んだであろうクレハに、普段通りに喋るように促すと共に本題に入るようも促す。
「すまんの小娘。初対面にはそうする様にしておるのじゃ。許してくりゃれ」
おちょくられていたとわかっても怒るのではなく、聞き取りやすい慣れた言葉で会話ができる事に胸を撫で下ろすミリア。
「さて、挨拶はこれくらいにしてじゃ、お主の望みの品を見せてやろう」
振り返って仕事机に置かれた布に隠された長細い品に手のひらを向けると、品自ら手に収まる。
精霊の涙、首飾り程度に想像していた俺としては、クレハの手に収まった品はとても精霊の涙には見えなかった。
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