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勇者亡き世界に魔王は憂う  作者: 雲乃内晴
第三章・再始動
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第三章・再始動 ⑥

 全員が食事を終えたら厨房から軽く水を張った桶と布を借りて部屋へと案内してもらう。最上階の角部屋、宿の中で最も良い部屋へ案内された。試しに手違いではないかと聞いてみたが、そうではなかった。


「ロメットさんからもうお代は貰っていてね? この店で出来る限りのもてなしを頼まれてたわ。それで私は貴女達が滞在している間は貴女達を優先する事になっているの。隣の部屋に待機しているから何かあれば遠慮なく言って頂戴?」


 看板娘を個人に宛がうと言う事は、店全体で俺たちを優先してくれている証拠。


「ありがとう、今日はもう身を清めて眠るだけだから大丈夫だ」


「そぅわかったわ。じゃぁ仕事に戻らせてもらうわ。また明日ね」


 ケイミの足音が聞こえなくなってから、床に桶を置いて座る。


「お湯を貰った方がよかったのでは?」


 同じ様に桶を置いて正面に座ったミリアは衣服のボタンを取り始める。


「だから今からお湯にしてもらうつもりだよ」


 上着を脱ぐ手を止めたミリアは眉間に谷を作った。


「どうやってですか?」


「火の精霊の力を借りるんだ」


 谷は更に深くなって面白い。


「君みたいな精霊使いは精霊に頼んで力を行使させるのが一般的だが、頼るだけが全てじゃない。……まぁやりたくないなら強制はしないけど、知っておいて損はないと思うぞ?」


「……私に、できますか?」


「練習あるのみだ。まずは指先に魔力を集めてくれ」


 言われた通りに人差し指を立てて魔力を集中させるミリアに手順を教えていく。


「ある程度集まったら精霊に精霊の魔力を混ぜさせろ。配分は七と三ぐらいが理想的だけど、とにかく自分の魔力を多くした配分ならそれでいい。そうしたら次はその指で床に円を書け、大きさは桶と同じぐらいだな」


 ミリアが書いた円の上に桶を乗せる。


「終わり、ですか?」


「いいや、ここからは少し難しい。陣の熱を魔力を使って水に移す。慎重にな? 桶が燃えるぞ」


 手を触れずに物を動かすのと同様に、肉体から離れた魔力の操作は難しい。


「これ、本当にできるんですか?」


「出来ないことをやれとは言わないよ」


 今日は冷たい水で身体を洗う覚悟をしながらミリアの鍛錬を見守る。


「これって必要な技術ですか?!」


 数回の失敗で機嫌が傾いていく。

 水を湯にしたいなら魔力を用いずとも、火で沸かすなり、発炎石と呼ばれる魔石を水の中に入れるなど方法を取ればいい。


「これは水をお湯に変える技術じゃない。魔力を操作する技術の訓練だ」


「魔力の操作なら、できますよ?」


 指先に魔力を集めれている時点で操作はできている。故に勘違いされやすい、出来ていると。


「俺が言いたいのは、魔力を身体に巡らせたり陣に注ぐことをいっているんじゃない」


 どうしてこんな訓練をするのかを説明するのにはどうしても避けたい道を通らないといけない様だ。


「いいか? 君ほど強い絆で精霊と結ばれている者は稀だ。だけどだからこそ、発動する術も強力すぎるんだ」


 魔族や魔物を相手にする時なら強力な力は頼りになるが、殺したくない相手が敵の時、毎度辛い思いをしなければならなくなる。


「これが出来れば、あんな思いをしなくて済む?」


 力を振るえてもそれを制御できる能力がなければ振り回されるのと変わらない。


「その一歩がこれだ」


 力強く頷いたミリアは桶に向き直して訓練を再開した。

 やる気を出してくれたミリアだが、気合で上手く行く筈もなく再び機嫌を損ね始める。


「手を貸せ、まずは感覚を覚えろ」


 ミリアの手に手を沿えて軽く魔力を集める。魔力を同調させてミリアの魔力を陣から水へと誘導する。一回目で完璧に感覚を掴める訳もなく、二度三度と繰り返して五回刻みで誘導せずにミリアの自力だけでやらせていく。


 二十回目で要領を掴んだミリアは自力の身で熱を移動させることに成功させる。


「できました!」


 手塩にかけて育てた種がようやく花を開いてくれた。しかし花の命は短く、冷たい水が入ったままの桶と交換するとすぐに枯れてしまった。


「冷たい水で洗いたくなかったら頑張れ」


「ずるくないですか?」


「でも待ってたら冷めちゃうだろ?」


 一度の熱移動で湯ができるのならいいが、今のミリアでは数回に渡って熱を移動させなければ湯にはならない。冷めた湯で身を洗うのならそもそも温める必要がなくなってしまう。


「今日の訓練は終わりです!! こっちもレイが温めてください!」


 至急制御できてほしい訳ではない。提案を呑みもう一つの桶の水を温める。


「先に洗ってていいぞ」


「わかりました」


 作業をしながら肌着を脱いで下着姿となるミリアをじっくり観察する。エルフは性に関するあらゆる事を嫌う種と言われているが、その体付きは実に男を誘惑するのに理想的なもの。


「あの……そんなに見られていると恥ずかしいのですが……」


 ミリアはそういった話題を嫌う傾向を見せていたが、肌を見せる事には抵抗が薄いことに疑念を抱くが、その手の話題は振らないと約束している。


「恥じるような体じゃないだろ」


 言って程よい熱さになった湯に布を漬けた後、靴と靴下を脱ぎ捨てる。続いて体を拭くのに邪魔な服を脱ぐために腰と首のリボンを解き、肘の留め具を外してから肩の紐を緩めた後、最後にボタンを上から順に取っていき襟を広げれば服が床に勝手に落ちる。脱ぎ散らかした衣服類をベッドの上に整えてようやく体を洗い出せる。腕から始まり首、胸に脇と拭っていき、腰回りを拭いている途中で、ミリアが俺の髪を持ち上げた。


「髪は、どうします?」


「頼めるか?」


「お礼は?」


「勿論するさ」


 ミリアに背中を向けて髪を洗ってもらう。手慣れた手つきでとても気持ちよく、自然と瞼が閉じる。


「まめに手入れしていますね」


「ん~? 全然だろ?」


 一週間以上まともに手入れをしていない、綺麗な筈はない。


「綺麗ですよ。とっても、きらきらしていて」


「……ありがと。交代しよう」


 まずは片手を湯に漬けて逆の手で髪を救い上げる。手に吸いついたかと思えばさらりと流れ落ちていく髪。綺麗だと褒めてくれたが、ミリアの方がよっぽど綺麗だ。


「変な緊張があるな」


 ディフラズ帝国の王子に触れられた時は嫌悪感しかなかった。ミリアがそう思ってくれていなければいいが、他者の感じるものや考えは永遠にわからないのが真実だ。


「ふふ、ちょっと、わかります」


 声音は心なしか気持ちよさそうに聞こえる。


「どうだ?」


 それでもそう聞きたいから聞こえてしまっている可能性は拭えず、言葉が欲しくて聞いてしまう。


「気持ちいいですよぉ、とっても」


 欲している言葉を悟られた気がするが、声にしたのは彼女だ。素直に受け取って髪を洗うことに集中する。


「こんなもんか?」


「はい、ありがとうございました」


 本来なら、仕上げに熱を帯びた風で水気を帯びた髪を乾かして終わるが、火と風では再びミリアに魔力の消費を頼むことになる。乾燥は窓を開けて夜風に任せる事にする。


「風邪を引きますよ?」


 服を持ってきてくれるが、受け取りは拒否する。機能美やデザインは優れているが、着るのには苦労する一品。この後の予定もなく、下着でいても問題ない部屋の中に寛ぐだけだ。


「では代わりにこちらを」


 ベッドの布を引っ張って取り、肩にかけられる。


「ありがと」


 もう一つのベッドから同じように布を拝借したミリアと窓の縁に向かい合って座る。丸い月、見ているだけで酒がほしくなる。


「お酒がほしくなりますね」


 同じことを思ったミリアの言葉、聞き捨てならない。


「ん? お前飲めるのか?」


「? エルフは十五で成人扱い……あぁ私はてっきりレイが飲めないのかと」


 言葉は偉大だ。そして言葉にして確認し合う大切さも思い知る。


「では次の機会にはお酒にしましょうね」


 一階に行ってケイミに酒を買ってきてもらう選択肢はないようだ。


「俺は強いぞ?」


 人はよく飲み比べをするが、魔族はしない。その理由は勝敗が決する前に酒が無くなるからだ。


「ふっふ、私も負けませんよ?」


 ミリアには悪いが、やる前から勝利は確定している。勝てる戦をしない理由はない。

 互いに不敵な笑みを浮かべて笑い合う。


「何を賭ける?」


「え? 賭け事はダメです」


「堅いこと言うなよ……わかった」


 折れてくれる様子もなければこういった事柄で折れる様な性格でもない。素直に引き下がる。


「んじゃ明日に備えて寝るとしますか」


 明日もギルドに行って適当な仕事をやり、夜はここで酒盛り。明日の予定を想像しながら、こんな変哲もない平凡な日常が続けばいいと思う。


「消しますね」


 蠟燭の火を吹いて消すと部屋は暗闇に包まれる。月明りを頼りに自分のベッドを目指すミリア。


「見えないのか?」


 要塞内部では明かりがなくとも動けていた事から闇も覗けるものだと思っていたが、寝具に向かうミリアの足取りがたどたどしい。


「灯りが消えたばかりなので」


「こっちだ」


 ミリアの手を握ってベッドに誘導する。寝転ばせて掛け布団をかけた後、自分の寝床へ。


「ありがとうございます。おやすみなさい」


 返事をしてから自分の布団に潜り、瞼を閉じた。

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