第0話 出会い
空はいつも青いと思っていた。だけど――
ある日を境にこの世界は闇に覆われるようになった。
なぜかは分からない。でも――
これが俺達の運命を決める大事な事象であったことは言うまでもない。
「相変わらずだな、この空は」
俺に話し掛け馬車の中で相対しているのはラディアスだ。別に窓から乗り出す程に見ていたり見上げている訳ではない。だけどこれがもう普通になっていた。
「ああ。それにしてもそろそろ着く頃合いだ」
俺とラディアスは相も変わらず遺跡荒らしをしていた。今は旧聖王国アルディオン遺跡に狙いを定めていた。間違いなくそろそろ着く筈だ。
「お願い。助けて」
急に聞こえてきた声に俺とラディアスの目線が合った。どうやら聞こえたのは確かなようだった。だけどこの馬車に少女は乗っていない。
「なぁ。おい。ラディアス。お前もか」
俺が問い掛けるとラディアスはそうだと言わずに頷いた。この時の俺は心の底から安心した。俺だけではないと――
「世界が滅びる前に」
二人とも急な言葉に思わず立ち上がった。はっきりと聴こえたようだった。どこからともなく聞こえてくる謎の少女の言葉に過剰に反応した。
「おい。どうなってるんだよ? 俺達以外に乗客はいないよな?」
俺が困惑しながら見渡すとラディアスは沈黙したまま座り始めた。どうやら物事に耽っているようだった。と急に馬車が止まった。
「お客さん。着いたよ。駄賃は頂いているからね。後はお好きなように」
どうやら御者が止めたようだ。ふぅ。今ので少しは落ち着いたな。でもラディアスは気付いていないようだった。故にここは俺の出番だ。
「おい! ラディアス! 目的地に着いたぞ!」
大声で呼ぶとラディアスはふとなにかに気付いたように俺の方を見た。ほんのちょっとの間が開いた後にラディアスは俺の言っている意味を理解した。
「ああ! 降りないとな」
良かった、気付いてくれて。ちなみにここで降りるのは初めてだ。故に幻聴も初めてだった。まさかここら辺に怨念でもいるのだろうか。
そうこうしている内に俺達は馬車を降りた。あの少女の声は忘れていた。それでもまた聴こえてきそうだった。
もしこの辺に怨念がいるのなら御者の挙動が可笑しくても不思議じゃない。それにあの御者はまるで聞こえていないような雰囲気だった。不気味だ。
「シオン。行かないのか」
ラディアスか。こんなところで耽るなんて冗談じゃない。俺は遺跡荒らしを生業にしている。そんな御伽噺に出てきたり英雄譚とは縁はない。だからここは――
「行こう! ラディアス!」
俺は不気味を振り払うように急に走り始めた。目指すは旧聖王国アルディオン遺跡だ。俺とラディアスは気を改め直し遺跡内に入ろうとした。
随分と大きな出入り口だった。あれなら内部に大きな岩とかを入れられる。とはいえ俺達の目的は遺跡内に入ることじゃない。どこかにある隠し部屋に用がある。
なんでもそこの隠し部屋にはお宝があり手に入れることが出来れば世界を変えられると言われている。だけど遺跡内には魔物が蔓延りそこそこの腕前がないと死ぬだろう。
そこは俺とラディアスなら大丈夫だ。いつも俺達は二人で一つだった。無二の相棒と言ったところだろう。俺達はいつもどおりに魔物を倒し最深部にきていた。
「なぁ? ラディアス。本当にあるんだよな?」
未だにだれも見つけたことのない隠し部屋への入り口。噂によれば最深部の壁にある二本の線が怪しいとか。確かに対称的だな。まさか反転扉か。
「ある。だが反転扉を動かす方法が見つからない」
お。なるほど。俺とラディアスの意見は一致していた。この二本の線は確実に反転扉だろう。床に回転盤がある筈だが土埃で消え失せている。
ちなみに文化遺産として保護の対象になっているから壊すなどの暴挙は出られない。いくら盗賊だからと言ってそんなことをする必要はないと思っている。
だけどそろそろ俺達は金欠気味だからな。少しは依頼を受けたりしないと生活が成り立たない。だからこそに俺とラディアスは隠し部屋への入り口を探している。
「お、おい! ラ、ラディアス! こ、これ!」
どうやらラディアスも地響きに気付き見渡し始めた。すると急に壁の反転扉と床の回転盤が回り始めた。俺とラディアスは呆然としていた。なにが起きているんだ、一体。
「お、おい。シオン。お前……なにをした?」
「なにもしてない。いきなりなんだ、回り始めたのは」
不可思議なことにラディアスは顎に手を当て耽り始めた。だけど開いたのだからそれでいい。だからこそにここはラディアスをさっさと急かそう。
「と、とにかく……隠し部屋を見つけたんだ。さっさと入ろう。な。ラディアス」
俺の言葉を耳に入れたラディアスは渋々と言ったような感じで俺の隣にきた。そして俺が先導するように歩き始めた。なんだろうな、この時点で隠し部屋から溢れる光が。
俺は歩きながら固唾を呑んだ。もしかしたら本当に宝があるのではと思った。だけどこの時の俺は光が差し込んでいないことに気付かなかった。
もうそれくらいに無我夢中だった。今になって思えば長かった。だけどこれでようやくまとも以上な生活が送れそうだった。たとえそれが魔法陣の光だったとしても――
「え?」
そんな現実を俺は見てしまった。俺は思わず立ち止まり呆然と立ちすくんでいた。気付けば次第に魔法陣の光は消え宝と言う妄想は消え失せていった。
「おい! シオン! どうなっ――てっおい! あれを見ろよ! シオン!」
え? あれって? ああ。魔法陣か。うん? それとも左右の壁に掛けられている点いた松明がどうかしたのか。はぁ。俺はもう疲れたかもな。はぁ。
「シオン! しっかりしろ! なにしてんだ! 助けないと!」
え? 助ける? ……え!? 魔法陣の手前に倒れている少女がいた。なんだよ? これ? ここは密室な筈だろう!? なんで……どうしてここにいるんだよ。
「大丈夫か!」
俺を置いてラディアスは膝の上に少女の上半身を被せた。どうやら少女は気を失っていなくすぐに目を覚ました。これは憶測だが軽い脱水症状を起こしたのだろう。
「ラディアス。これを」
幸いなことに俺は水筒を持っていた。持っていた水筒をラディアス目掛けて投げるとラディアスは受け取った。そしてすぐさまに少女に飲ませた。
「さぁ! 飲め! 飲まないと動けない!」
静かにだけど少女はちょっとずつ飲んでいるようだ。むせないのはラディアスの気遣い上手が発揮しているのだろう。俺は静かに近付き立ち止まった。
「もういいだろう。聴かせてくれ、君の名前を」
ラディアスは飲ますことをやめて問答し始めた。確かに俺でも凄く気になる。ここは密室だ、もしあの魔法陣が転移だったら話を終わりそうだけど。
「……!?」
言葉は通じているようだけど急に少女は頭を抱え始めた。俺とラディアスの目線が合った。まさかこれは記憶喪失か。困ったな。名前がないとどう呼んでいいのやら。
「無理はするな。……シオン。ここは多分だが転移の間だ」
と言うことはあれは転移の魔法陣か。魔法陣は丸いが四角にそれぞれ燭台が置いてある。点いていないがきっと古くから使われていた物だろう。
「ラディアス。その子の名前……俺達で決めないか」
「そうだな。……セフィア。セフィアでいいか」
「セフィアか。今日から君の名前はセフィアだ。そう。名乗るといい」
「……セ、フィ、ア?」
頭を抱え込まなくなったセフィアは自身に付けられた名前を――ってちょっと待て!
「聴いたか!? シオン!」
「ああ! 確かに聴いた! こ、この声は!?」
「俺達に助けを求めていたのはこの子だったのか」
「でも待てよ。世界が滅びるってなんだよ?」
「俺に訊かれてもな。今のこの子には記憶がない。どうすればいいのやら」
「……と、とにかく一人にはさせられない。こうなった以上は一緒に連れていこう」
「ああ。そうだな。確か……御者が言っていたな、この近くに村があると」
「そこで休憩してから今後を考えよう。うん。それがいい」
「それじゃ行くとするか。シオン。そしてセフィア」
「ああ。行こう。ラディアス。セフィア」
こうして俺とラディアス及びセフィアは旧聖王国アルディオン遺跡から近場にある村を求めて移動を開始した。この出会いが俺達に与えたのは紛れもなく一筋の光だった。