第6話
第4話~第7話まで世界観の説明がメインの話になります。
役に立たない属性か殺される危険がある属性……
“光属性=王” ならともかく“王になる権利がある” だけなのであれば、どちらの属性にせよなかなかに大変な人生になるのではないだろうか?
自分のことしか考えていなさそうな母親のことだ。もし光属性であれば息子を王にして権力を得たがるかもしれない。
どろどろの王位争奪戦に強制参加させられる可能性も否定できない。
そもそも義務教育ではない中等部にクリストフが通っているのは、本来であれば普通のことだろう。貴族なのだから。
しかし、あの母親である。学校に行かず働きなさいと言われても全然不思議ではない。
それなのに学校に復帰できるようライナーに指示して家庭教師を集めさせ、こうして手厚い授業を受けさせるのには何か裏があるのではないか? 自分は光属性……そう思うのは考えすぎだろうか。
「光属性の人ってそれなりにいるのでしょうか?」
もしたくさんいるのなら、その中で王になるのは至難の業だろう。
(お母さまも王になれだなんて無茶言わないかも! そしたら人の役に立つような治癒術士になって――)
しかしそんなクリストフの思いは、いとも簡単に打ち砕かれた。
「光属性を持つ者はそれなりにいますが、王となれるほど強い魔力を持っている人はほとんどいません。ですが、もしクリストフ様が光属性なのであれば魔力は問題なく強いでしょう。なにせ強大な魔力を誇る7大貴族のひとつ、ヒンデンブルク家の生まれなのですから」
“イルザが私欲のために光属性のクリストフを王にしようとしている説” 急上昇である。
*
魔法学の先生が退出した後、私はうなだれた。
嫌な予感と想像が頭の中をグルグルと駆け巡る。
授業を受ける気分にはなれない。
だが、休憩時間が終わればまた授業が始まる。
次の先生は執事のライナーだったか。お願いすれば今日はもう終わりにしてくれるだろうか。
そんなことを考えていると、扉の外から柔らかな声が聞こえた。
「失礼します。紅茶をお持ちしました」
メイドのリリーである。
リリーは同い年の13歳ながら、この屋敷の掃除・洗濯・料理をすべて1人でこなしている。そのうえ、私や異母兄の世話までこなしているのだから頭が下がる思いだ。
「どうぞ」
そう声をかけると、にこやかな笑顔でリリーが部屋に入ってきた。
「お疲れかと思いまして紅茶とお茶菓子をお持ちしました。次の授業まで少し時間がありますから、ゆっくり休憩なさってくださいね」
「ありがとうございます。とても嬉しいです」
私は笑顔で答える。リリーは本当に良い子だ。
「喜んでいただけて良かったです」
そう言ってリリーはパッと顔を輝かせた。
後ろで1つにまとめたクルミ色の髪は彼女の柔らかな印象の顔立ちに良く合っている。細い腕で家事をテキパキとこなし、献身的に私に尽くしてくれる。
美人ではないかもしれないが笑顔がとても可愛らしく、私が本当の男なら惚れていたかもしれない。が、中身が女の私にとっては頼りになる可愛らしい妹という風にしか見ることが出来ない。
「1人で家事をしなくてはならないのに、私のことまで気を使わせてしまって…… いつもありがとうございます」
そう言うとリリーは慌てて言葉を返す。
「っ、いえいえ! 私はこんなことしかクリストフ様の為にしてあげられないのです。せめて、これぐらいはさせてくださいっ」
リリーは本当に良くしてくれている。ライナーにしてもそうだ。2人はイルゼとマルクスの分まで私に愛情をそそいでくれているように思える。それなのに2人ともなぜか時々私に申し訳なそうな顔をするのだ。
「あの……」
恐る恐るといった感じでリリーが私に声をかける。
「なんでしょうか?」
「敬語ではなく以前のように話していただけませんか? もっとくだけた感じで…… あ、嫌なら良いのですけどっ」
(たしかに使用人相手に敬語っておかしいよね)
そうは思うのだが。
私が敬語を使うのには理由がある。
敬語なら一人称が“私” でもおかしくないし、何より男女の言葉遣いの差があまりないからだ。
31年間女として過ごしてきた私がいきなり自分のことを“僕”と言ったり、男言葉を使おうとしたりすると不自然な喋り方になってしまうかもしれない。それにとっさの時に女言葉がでてしまう可能性もある。敬語に徹した方が楽で安全なのだ。
しかし、今後男として生きていくのであれば慣れていかなければならないことだろう。
「ええと…… じゃあ敬語はやめるよ」
女言葉になってしまわないよう、言葉選びに注意しながら声を紡ぐ。
「ありごとうございます!」
学校に復帰するまでの間、リリー相手に男っぽい喋り方を練習することにしよう。
紅茶を飲みながらそう決意した。
ふと顔を上げるとリリーの視線に気がつく。
「どうしたの?」
「……実はあともう1つお願いがあるのですが」
リリーが顔を赤らめ、少し言いにくそうにもじもじする。
「出来るかわからないけど、とりあえず言ってみて」
そう促すと、心を決めたようにリリーは頷く。
「失礼なことは充分承知の上でお願いします! “クリストフ様” ではなく、愛称で“クリス様” とお呼びしても構いませんか?」
私は紅茶を吹き出しそうになった。
(この子、もしかしてクリストフに惚れているの!?)
それは困る。
もしかするとこの世界においては“貴族と使用人の恋” がありなのかもしれない。
だが、私は今後も女の子と恋人になるつもりはない。恋愛対象として心から愛せないのであれば相手に失礼だと思うからだ。
しかし。
「ダメ……ですか?」
(そんなウルウルした目で見つめないで!)
私は目を白黒させながら考えを巡らせる。
こんなに自分に尽くしてくれる人のお願いを簡単に断るのか?
自分はこの子にこんなにお世話になっているのにもかかわらず、何もしてあげられていないのに?
考えた結果、私は決断した。
「良いよ。愛称で呼んでくれて」
そう言うとリリーは嬉しそうにはにかんだ笑顔を見せる。
「ありがとうございますっ。あ、このお菓子は私のお手製なのです。よろしければおかわりもあるのでおっしゃってくださいね、クリス様!」
これで良かった……のよね?