第3話
転生した次の日、朝食の席で母イルザは実家に戻ることを宣言した。
私と異母兄をこの家に残して。
「数年はこちらに戻らないつもりだから。ライナー、後のことは任せたわよ」
「かしこまりました」
(え? 記憶喪失の息子を放置して実家に帰るってどういうこと? しかも記憶喪失発覚の翌日に?)
私が目覚めて最初に出会った老齢の男性はこの家に仕える執事でライナーという名前らしい。昨日、記憶が無く何をするにも困っていた私を心配し、世話をしてくれたのはイルザ達ではなくライナーとメイドのリリーだった。
イルザとマルクスは自己紹介の後さっさと自室に戻ってしまい、今朝の朝食まで一度も顔を合わせることはなかった。身の回りの世話などは使用人の仕事で母達のすることではないのかと勝手に納得していたが、今日のこれはいくらなんでもあんまりではないか?
「お母さま、実家は遠い場所なのですか?」
そう尋ねると、彼女は面倒くさそうに説明してくれた。
「この屋敷はこの国の首都ソレルにあるの。私の実家は首都ソレルがあるサントル地方の東隣、エスト地方にあるの。ジュニパーベリーという名のとても活気がある街なのよ。馬車でなら……そうね、朝早くにこちらを出発すれば日が変わる前には到着できるかしら」
実家がすぐ近所で、何かあってもすぐに来られる――という可能性を考えていたが、そうではないらしい。
「うちの実家はこんな地味な屋敷と違って豪華で大きいし、庭だって比べ物にならないほど広いのよ」
得意げに言うイルザだが、それはお父さまに対して失礼ではないのか?
そういえばまだ会っていないがどこにいらっしゃるのだろう。
「お父さまはどちらに――」
「あの人はもういないわ。亡くなったのよ。9年も前に」
イルザがぴしゃりと言い放つ。
「だから私が当主代理なの。長男のマルクスは去年高等部を卒業したばかりの19歳。そんな子に当主が務まるわけがないでしょう? この話はもうおしまい。私は忙しいの」
そう言って席を立ち、行ってしまった。
マルクスはこちらを完全に無視して食事を続けている。
どうしたものかと視線を彷徨わせていると、ライナーが声をかけてくれた。
「坊っちゃまは――いえ、クリストフ様とお呼びしなくてはいけませんね。クリストフ様はアベニール学園中等部の3年生です。昨日、今日とお休みの連絡をいれてありますが、できるだけ早く復帰なされた方が良いでしょう」
学校…… 前世で学校を卒業したのはもう10年近く前になる。
(また学校に通うことになるとは思わなかったわ)
しかしこの世界のことが何もわからないのに、急に学校に行って大丈夫なのか?
そんなことを考えていると、ライナーは心得顔で言う。
「記憶喪失の問題もありますし明日から復帰というのも酷です。この一週間、これまでの記憶を補うための授業を私と家庭教師達とで行います」
私は少し安心する。しかし、一週間は短くないだろうか。
だがそんなことはお構いなしに、ライナーは怒涛のように話し続けた。
「さっそくですが朝食後はクリストフ様の自室にてヒンデンブルク家及びクリストフ様自身の生い立ちについてのご説明を。午後は家庭教師を呼びましてゲヴュルツ連邦共和国の歴史について――」
これでもかと予定を詰め込むライナーに口を挟む暇など無く、こうして私に対してのスパルタ教育が始まった。
【皆様へ】
次話の第4話~第7話まで世界観の説明がメインの話になります。
人名や地名がたくさん出てくる上、説明ばかりになります。
第3章ぐらいから重要になってくる内容ではあるのですが、退屈だと思われましたら流し読みしていただき、第2章頭に差し込んでいる人物紹介をご確認のうえ、この物語の本編開始となる第8話からご覧ください。