これから異世界に転移・転生する貴方へ~「戦いの原則」は異世界でも有用なのか?
異世界戦記物を読んでいてふと思った疑問なのですが、地球世界の戦理は、はたして異世界でも有効なのでしょうか?
という訳で、一部業界でのみ有名な「戦いの原則」について検討してみることにしました。
この「戦いの原則」は、フラーという方が提唱し米軍が採用したことで人口に膾炙しました。
ただ、そもそも戦いに原則があるという説とそんなものはないという説があるようでして……。
前者にはナポレオン戦術を研究したジョミニさんがおり、フォッシュさんやフラーさんも後継と呼べます。
後者の有名どころはクラウゼヴィッツさんでしょうか。
まぁ、敗者が全てを失うという戦いにあたり過去の戦例から帰納的に原則を見出して指針を得たいとは誰しもが思うことなのでしょうが、ぶっちゃけ勝ったから正しいのであって正しいから勝つわけではないのだと思います。
そのためでしょうか、某国の教範においては冒頭から言い訳が記述されております^^;
曰く、「この原則の適用に当たっては、いたずらに形式に陥ることを戒め、よくその本質を理解し、戦いの特性及び千変万化する状況に応じて総合的に運用し、常に創意を凝らし、もって戦勝の方途を求めなければならない」だそうです。なんのこっちゃ。
というわけで、出落ち感がはんぱないのですが一応検討をはじめてみましょう。
□ 目標:戦いの究極の目的は、敵の戦意を破砕して戦勝を獲得するにある。
戦いにおいては、目的に対して決定的な意義を有し、かつ、達成可能な目標を確立し、その達成を追求しなければならない。
これは、目的と目標の関係性について述べている原則です。
国であれギルドであれ、上部組織が何かをしたいと考えた時に下部組織に○○を行え、と命じます。
この○○が下部組織における目的であり、目標とは○○を達成するために下部組織が行う□□です。
通常、下部組織はさらにまたその下部組織に対して(○○のために)□□を行え、と命じます。
まとめると、上部組織の目標は下部組織の目的となり、下部組織は与えられた目的をもとに目標を定めて更なる下部組織に付与する、という考えです。
なんでわざわざこんなことが原則として挙げられているのかと言えば、往々にして組織としての目的意識が末端に届かず、下部組織が勇戦奮闘したものの……ということが戦訓として得られたからでしょう。
この原則は精神世界のお話なので、異世界においても重視したほうが良いと思われます。
物語を創るうえでも、上下の意思の不統一という原因は舞台を整える時に使いやすいとも思います。
□ 主動:主動性の保持は、戦勢を支配して戦勝を獲得するため、極めて重要である。
攻勢は、主動性を確保して決定的成果を収め得る最良の方策である。
やむを得ず受動に陥った場合においても、あらゆる手段を尽くして、早期に主動性を奪回しなければならない。
常に相手を自分の想定内で動かすこと、できれば相手の行動を誘導して自由な行動を許さないことが大切ですよ、という原則です。
この主動性を得るためには、一般的には先手を取ることが必要で、仮に後手に回ったとしてもなんとか自分の土俵に引き込みましょう、という文章です。
先手を取ることを重視することから、ずばり攻撃と書いている国もありますが、本来の狙いは相手を後手後手に回し対応に奔走させることなので、その点をふまえて異世界では運用していただければと思います。戦力に余裕があれば先に攻撃しても良いですし、誘致導入や伏撃の反復も効果的です。主動性を発揮するためにどのような戦術行動が適切なのかは、異世界の特質(野戦築城概念の有無や情報伝達速度等)を踏まえて判断する必要があると思います。
□ 集中:有形・無形の各種戦闘力を総合して、敵に勝る威力を緊要な時期と場所に集中発揮することは、戦勝を獲得するため、極めて重要である。
全般において劣勢であっても、情勢の推移を的確に予測し、手段を尽くして決勝点において優勢を占めなければならない。
□ 経済:限られた力で戦勝を獲得するためには、あらゆる戦闘力を有効に活用しなければならない。
このため、目的を効率的に達成する方策を追求するとともに、決勝点以外に使用する戦闘力を必要最小限にとどめることが特に重要である。
集中と経済は一組の原則ですね。まぁ、物語に出てくるような巨大帝国ならば経済の原則は不要かもしれませんが……。
ここで、決勝点という謎の概念(笑)が登場しました。
何かと問われれば、ここで勝つことにより戦の勝敗が決する時間的・空間的な部分を指すのでしょうが、はたして実態としてはどうなのでしょうか。あえて私見を述べれば、敵味方双方の軍事行動の中で最大限の応力が掛かっている部分なのかな、と思います。アーチ型の建築だと要石的なものがあるじゃないですか、そこが無くなると構造自体が成り立たなくなるアレです。これを見抜く異能があれば、異世界で無双できるかもしれませんね^^; スヴォーロフ将軍なんかは、この異能を持っていたのかもしれません。
集中は、敵を分散させることでも相対的に得られることを忘れないようにしましょう。
また、敵の戦力発揮を阻害(無効化)することでも同様の効果が得られます。
例えば、魔法に依存している敵の魔法を使えなくしたり、騎兵の機動力に依存する敵を泥濘化した戦場に誘致したりすることが挙げられますね。
□ 統一:統一は、すべての努力を総合して共通の目標に指向するため、極めて重要である。
統一は、権限を一人の指揮官に付与した場合に最も確実となる。
また、関係部隊間の緊密な調整と積極的な協力は、統一を助長する。
船頭多くして船山に登る、とは良く聞きますが、指揮系統が統一されていない組織は、およそ戦闘行動には不向きです。極論するとよっぽど暗愚な指揮官でも一人なら優秀な二人よりもマシです。まぁ、現実世界においてもその都度言うことが変わる分裂気味な人もいますから、そういう場合は困りますけどね。
異世界における指揮通信は、視覚・音声信号や伝令、あるいは魔法による念話等々、様々な手法をもって行われると考えられます。この指揮系統が一元化されていないと、相互に矛盾する指示が出される蓋然性が高まるのみならず、敵に付け込まれる隙を作ります。
また、指揮系統が異なる部隊同士の間は、それぞれの責任意識が希薄になるため、往々にして戦力が低下します。これらは、異世界においても適用されると考えられます。
□ 機動:機動は、所望の時期と場所に、所要の戦闘力を集中又は分散して有利な態勢を確立するため、極めて重要である。
機動は、運動力の発揮、地形・気象の克服、火力の発揚、適切な兵站支援等により発揮される。
機動とは、敵に対して有利な態勢を占めるために戦場の内外で行う移動で、場合によっては戦闘を伴います。
大規模な儀式魔法が実用化された異世界で、王城にいながらにして敵軍を攻撃できるような場合、この原則に関する記述は意味を失いますが、その場合でも火力(魔力)を集中発揮する場所を時間的・空間的に機動させることは重要な意味を持つと思われます。
□ 奇襲:奇襲は、敵の意表に出てその均衡を崩し、戦勝を獲得するため、極めて重要である。
敵の予期しない時期・場所・方法等で打撃すること及び敵に対応のいとまを与えないことは、奇襲成功の要件である。
奇襲は、適切な情報活動、秘匿・欺騙、戦略・戦術の創造、迅速機敏な行動、地形・気象の克服等により達成される。
奇襲によって得られる心理的効果は、相手が人間(のような知的生命体)であれば異世界においても有効でしょう。もしも戦う相手が群生体で、全ての個体が統一された意志のもとに動くような場合、奇襲の効果はかなり限定されます。相手が知的生命体でない場合、この原則に関する記述は意味を失うと考えます。
奇襲を行う場合、前半部分(敵の予期しない~)よりも、後半部分(敵に立ち直る暇を与えない)のほうが大切です。また、時期・場所・方法等の3番目ですが、例えば異世界に存在しない概念があれば、その概念を導入するだけでも十分に技術的な奇襲となりえます。
□ 保全:保全は、脅威に対して我が部隊等の安全と行動の自由を確保するため、極めて重要である。
適切な情報、警戒及び防護は、保全のための基本的な手段である。
保全においては、敵の奇襲を防止するための方策が重要である。
保全が奇襲防止のために重要であることは疑いありませんが、保全を重視するあまり指揮官が自らの企図を内密にすると、目標の原則に抵触することになります。敵を欺くためには、まず味方から~という言葉がありますが、実際の運用ではよくよく考えることが必要でしょう。
詳しくは触れませんが、よく統御された部隊であれば、指揮官が企図を明示しなくても積極的な服従が行われるので支障はないのでしょうね。
□ 簡明:戦いは、錯誤と混乱を伴うのが常態である。
このため、戦いにおいては、すべて簡明を基調としなければならない。
明確な目標の確立は、簡明の基本である。
異世界の指揮通信手段にもよりますが、複雑な命令を出しても混乱するだけです。基本的には、2重任務を与えることは避けるべきで、敵の動きが複数予見される場合でも、任務としては公算が高いものに絞ることが望ましいです。
指揮下部隊の目標を単純明快にしてあげることは、指揮を執るものの心得でしょう。
こうしてみると、異世界においても「戦いの原則」はそこそこ使えそうではあります。まぁ、筆者が自身の想像力の範囲内で検討しているだけなので、その範囲を超えた場合につきましては悪しからず。