プロローグ
「学校に行きたくない」「何か特別な力が欲しい」「隕石が降ったりエイリアンが来て欲しい」
そんな思春期特有の思想が正直あまり理解出来ない。ありふれた日常の何がいけないのか、何が不満なのだろうか。変わらない日常ってそれこそ平和の象徴なんじゃないかって俺、早乙女 蓮司は思う。
いつもいつも周りの連中は何か特別なことが起きないかぁとか、映画や漫画みたいな展開が起きないかなぁとか口々に言ってはいるが、何故そんなことを思うのかが理解出来ない。俺が変なのだろうか。
「綾音に聞いてみるか……」
そうして俺は数少ない友人であり幼馴染の美島 綾音の元へと向う事にした。
「なぁ、思春期ってなんだ綾音」
「は?……なにそれ、哲学的な話?」
至って普通な回答。
あの後暫くして綾音の元へ向かい、俺が抱いていた疑問を綾音に投げかけると彼女は顔色一つ変えずにそう答えた。
それもそうだ、いくら頭が良かろうが急に来て思春期ってなんだなんて聞かれて答えられる高校生が何処にいるというのか。
「いや、なんて言うかさ。よく皆が口にする退屈だとか特別なことが起きて欲しいって思う気持ちっていうのか?思想?が、世間的に一般なのかなって疑問になって」
俺は思ったことをそのまま口にする。正直俺には全く理解の出来ないことである。勉学に関しては非凡なる才能を持っているが、人としての感性は至極普通な綾音に聞いてみれば何か分かるかもしれないと。
「まぁ、思春期なんてそんなものじゃないのかな。特別になりたいとか、何かが変わって欲しいとかそう思っちゃうもんだよ」
それが普通、一般的。皆が通る道。
でも普通ってなんだ。一般的って。
「じゃあ……綾音もそうなのか?」
皆がそうというのであればそれは必然的に綾音自身もそうだということになる。
「いや、私は別に変化なんて求めてないよ。それに非科学的なことを求める科学者なんて滑稽に過ぎるだろ?」
言われてみればたしかに。科学者基質な彼女がエイリアンだとか特別な力だとか非科学的なものを信じたり求めるってのはおかしな話だ。
「じゃあ綾音も俺と同じで思春期ってのが理解できないタイプなのか?」
理解者が増えてくれるのは大いに嬉しい。が、彼女の返答は俺が求めていたものは違っていた。
「いや、何もそういった思想だけが思春期であるというわけじゃない。コンプレックスを強く感じ始めるのも思春期だったりする」
コンプレックス、と言われた俺は一瞬思考する。言われてみればこれまでそんなものを感じたことはなかったな。そういう点で言えば俺は確かに他とは違っているのかもしれない。
「私はそういった思想は無いがコンプレックスはある。それこそ私なんてコンプレックスの塊だ。自分が大嫌いになるほどね」
「コンプレックス……か、考えたこともないな。やっぱり俺が少し変なのだろうか」
コンプレックスーーつまるところ、自分と他人との間にある違い。劣等感というやつだろう。確かに思春期になれば自分と他人との違うところに目がいってしまう。一種のズレなのだろう。自分と他人によるズレ。そうか、それも思春期と言われればそうであろう。
「だろうな、お前が悩んでるのなんて想像出来ない。というか今更変だと気が付いたのか。少しなんてもんじゃない、お前は変人で変態だ」
変人……いやちょっと待て。
「変態は違うだろ。それは間違いだ」
変態じゃない。いや、そうだと信じたい。俺は変態じゃない……変態じゃない。変態じゃない。
「お前、美少女に足とか踏まれたら嬉しいだろ」
「正直めちゃくちゃ興奮するし嬉しい」
思わず本音を口走ってしまった。いや、誰だって嬉しいだろ???男なら美少女に踏まれたいだろ!?だって美少女なんだよ???
「いや、少なくとも俺は別に踏まれたくはないな」
明白な否定の言葉が割り込んだ瞬間ふと思った。待て待て、今のは一体誰の台詞だ。綾音の声はあんなに低くない。
ーーそう思いふと視線を窓の方へ向けると何やら黒い影が目の前に現れた。
「おわっ、いきなり窓から顔を入れて会話に参加してくんなよ。びっくりするだろうが」
「わりぃわりぃ、丁度部活休憩でさ。面白い話しが聞こえたもんで」
と、汗だくになりながら窓から顔を出してるイケメンは国津 陸斗。綾音と同じく幼馴染。勉強出来て顔も良いもんだから学年問わず人気なのが非常に羨ましい。しかも2年にしてバスケ部のエースだし。
「こっちは真面目な話してたんだよ」
「美少女に踏まれたい奴の話が真面目ねぇ。なんの冗談だよ」
脱線した結果であってそれが本題ではないと言いたい。
「陸斗はさ、思春期ってなんだと思う?」
綾音に向けたのと同じ問いを陸斗に向けても投げかけてみる。男女によって当然差はあるだろうし、陸斗は言ってしまえばカーストでもトップレベルの人間。なにか参考になるものが
「なに、哲学的な話?」
期待したのがばかだった。まさか同じ答えが返ってくるとは流石に思わなかった。アイツなりに何か考えてくれると思っていたのに。
「なぁにマジな顔になってんだよ。冗談に決まってんだろぉ?」
「…………お前のその真面目な話の時にふざけるところが俺は嫌いだ」
いつもいつもからかってきたりふざけたりする。こっちは真面目に話してるのにも関わらず。
「まぁそう怒んなって。そうだなぁ、思春期か。これは俺の自論だけどよ、思春期ってのは単なる言い訳だと思うわけさ」
「言い訳……?」
正直陸斗が何を言おうとしてるのかが全く分からない。ふと隣の綾音に視線を向けるが綾音も綾音で首を傾げている。
「要するにだ、思春期だからってので片付いちゃう。それが思春期。何も難しいもんじゃないさ。ガキが駄々こねてワガママ言うのと何ら変わらない」
ハッキリ言って話の筋が読めないと言った感想だ。ちんぷんかんぷんだった。
そんな俺たちの反応を見て陸斗は更に話を進める。
「思春期だからしょうがない、思春期だからこうなっちゃうのは当たり前。コンプレックスだって似たようなもんだよ。自分はここがいけないからダメなんだって、自分のダメさを正当化させるための言い訳」
まるで用意された台本を読むかの如くにつらつらと話してる様子を見て驚きを隠せない。
「何となくわかっては来たけどよ、結局陸斗が言う思春期が言い訳っていうその真意はなんなのさ」
陸斗の常人とはかけ離れた感性に驚きつつもその真意を確かめるべく問う。
「人間ってのはさ、言い訳をしちゃう生き物なのさ。完璧を求めちゃうが故の古来からの遺伝みたいなもんだよ。それが何よりも強くなっちゃう瞬間、それが思春期なんじゃねぇの?」
なんということだ、顔に性格に頭に運動神経だけじゃなくここまでの感性すら持ち合わせているとは。完璧超人すぎる。
「……驚いた。そんな真剣な答えが返ってくるとは思わなかった。そうか、言い訳……か」
確かに大人は皆思春期だから仕方ないとか、皆通る道だからしょうがないって言ってる。逃げ口……みたいなものなのだろうか。
「まぁ、あくまで自論さ。異論は認めるし他の考えがあってもいいと思う」
「なるほどな、なんか少しだけわかった気がするかも」
靄のかかった気持ちにほんの少しだけ光が差し込んだような、そんな気分にさせられた。やはり陸斗はすごい人間だと改めて痛感してしまう。
そんな話をしているとふいに遠くからピーッと笛の音が聞こえた。
「っと、そろそろ休憩終わりか。じゃあな、あんま考えすぎんなよ蓮司ー」
そう言って風のように陸斗は去っていった。
相変わらず嵐のような人間だなあいつは。
「陸斗の考え、私は賛同しかねるけど面白い考え方だとは思うよ」
綾音と陸斗の話を聞いてここまで違う感性を人は抱くものなのかと俺は驚きを隠せない。
「確かにな……どんな生き方したらあんな達観した感じになれるのやら」
言い訳……か。自分を正当化するための言い訳。言われてみれば確かに納得出来てしまう自分がいる。
「じゃあ、そんな事を感じない俺は一体なんなのだろうか」
不変を望み平穏が続けばいいと願い今が続けばいいと思い、コンプレックスもない。そんな人間を世間じゃなんて呼ぶんだろうか。
俺には分からない。
今度こそはキチンと完結させたい……。なので応援よろしくお願いします!