始業式にて
日本の産業と経済は財閥が動かしている。
なんて20年前の日本で言うと頭がおかしいと思うかもしれない。
が、これは事実だった。というか事実だ。
世界大戦後に財閥が解体されなかったというパラレルワールド的なものではなく、現代の巨大企業がさらに巨大になったと言えば良いだろうか。
十数年前の突発的な不況により相次ぐ企業の倒産と裏腹に新天地を開拓した新興企業が、その数年のうちに力を伸ばし、中小企業は次々と各グループの傘下に入った。そして一つの産業部門に一つの企業があてがわれんとばかりに、戦後に解体して今は無き「財閥」のようなものが表れたのである。
もっとも、俺が財閥だと思っているだけで一般にどう捉えられているのかは知らないが。
が、財閥とは「一族によるコンツェルン型巨大独占企業集団」のことであり、あらゆる産業部門での寡占状態を見るにそれは事実だろう。
現に俺の通う京ヶ丘学園は京極グループの傘下というかグループが学校を有するというか、10年前くらいは別の法人の私立学校だったのが法人の買収により今のように変化したとか……
詳しいことは知らないが、まあとにかくそれほどグループ、"財閥"の影響力が大きいと言って良いらしい。
そして噂によれば、何やら京極グループのお偉いさんのご令嬢もこの学園の生徒らしい。
令嬢となれば贔屓や厚遇があるのだろうか。
立ち居振る舞いは洗練された高貴なものなのか。
……
「らしい」という語尾をつけてでしか物事が語れないのは、言うまでもなくぼっちを極めてしまった上に噂に疎いからであり、俺がそんなことを詳しく知るはずも無かったし、恐らくこの先も無縁だろう。
……同じクラスになったりするのだろうか。
そんなことを考えながら、俺は堕落した生活に甘んじながら無為に過ごした春休みを、家から一歩と出ることなく終えるのであった。
見れば時計の針は午前3時を指していた。
翌日、正確には就寝から数時間後。
始業式。クラス分け。
広めの校門をくぐり他の多数の生徒の流れに従うように校内の掲示板へ行き着き、そこにある新クラスの表の上を見る。
2年2組のクラス欄の、案の定 "一番上" に俺の名前はあった。
と思った。
足利拓
俺の名前だ。
そして今その上に赤松小夏という名前がある。
・・・負けた。
何にだよ、というツッコミはスルーとして、俺はこのとき、今まで「苗字が足利だから出席番号は1番」なんて常識にとらわれていたことに気づいたのだった。
足利公式なんて密かに名付けてまで出席番号が一番であることを確信していた、のに…。
ところで俺は自己紹介が苦手ではないし寧ろ話し始めたら饒舌になる。
だから、「出席番号が1番だから自己紹介とかが一番最初で辛い」とか言う人の気持ちがよくわからない上に、早く終わってくれて嬉しいという感情しかない。
そう、思えば話し相手がいないだけで、中学でも割とアドリブは得意な方だったように思う。
しかし今、校内で口を開くと言えば授業で当てられてそれに応答するときくらいで、友達がおらず孤独を極めすぎたが故に、国語や英語の授業で話し合いなんて行われても俺に何かを話す余地はなかった。
誰も俺に話を振らない。
露骨に避けられてるようにも感じた。
それも、俺が長広舌をふるうことへの鬱陶しさなんてものではなく、話しかけるのも憚られるほどにキャラの陰性度を高めていただけの話だ。
高校入学後、急激に。
どういうメカニズムやプロセスがあってこうなったのかは知らないが、誰ともコミュニケーションを取らないだけでここまで来ると一種の才能を疑わざるを得ない。
何しろ、俺が高校へ入学して以来、誰とも会話をしていないのだ。
まあそれでもなんとも思っていなかったのだが、とは言えかつて数日ほど熱を出して休んだとき、後日そのときの学級日誌の欠席欄に俺の名前が無く、他に休んでいた生徒の名前があったときは流石にショックで硬直した。
布団ですすり泣きはしなかったものの。
もっと言えば硬直状態の俺も周りから見れば日常だし、さらに突き詰めるとそもそも誰も俺の存在を認識していないのが日常という、盲点に思えてシンプルなオチというか、解答に行き着く。
喋っていないだけで決してコミュ障ではないのだ。
フレンドリーに見えないだけで本性はフレンドリーな奴なのだ。
ある意味存在感を極限まで消した成功例であり、ある意味貴重な時間を無駄にした失敗例だった。
否、春休み前の俺ならばこの先も存在感を消すことに精進したりするのだろうが、今は違う。
変わる決心はしたのだから。
入学デビューならぬ、進級デビュー。
嗚呼、見知らぬ彼女の苗字が足松なら、あるいは俺の苗字が赤利なら…
恨むなどという感情はなくとも記録を打ち破られたような無念さを少し感じ、表をざっと見渡す。
一年間共に過ごしたことになっているクラスメイトとやらの名前すらも見覚えのないものであり、どれもこれも適当に合わせたような漢字や平仮名、片仮名の列にしか見えなかった。
6クラス×40人いるが俺以外の239人の誰一人として知らない。
そもそも "小都会" という名の相応しいこの街のこの学園に、90分もかけてわざわざ通うような物好きは地元で俺だけだった。その知り合いが皆無というハンディキャップに加えて一年間をあんな風に過ごしたのだ。後悔はしていないが悪いように言えば当然の報いだろう。
隣や後ろの席の人の名前すら思い出せないのは重症に思えないわけでもないが、きっぱりと忘れたと言った方が妥当な気もする。さして重要でない情報を脳が忘却の彼方とやらのどこか遠い遠い、そりゃもう遠い場所へ冒険に出しただけだ。
そして二度と戻ってこないだけの話だ。
と、ある名前が目に留まった。
2年2組の表の中のやや上。
京極アリス
噂に疎い俺が噂で聞くほどだ。それほど有名なのだろう。
いや、この場合に限っては「だろう」などという推測は意味を成さない。
有名なのはれっきとした事実だ。
いつしか聞いた噂は本当だった………
…そんな御託を並べたところで無意味だった。
何しろ俺は彼女を知っているのだから。
そして彼女の名前をこの目ではっきりと確認したのだ。
その驚きに較べれば、「出席番号2番」など驚きに値しない。
今、俺の中には "京極アリス" が本当にこの学園の生徒であるとわかったことや彼女と同じクラスになったことへの驚きよりも、もっと大事なことを思い出した。
忘却の彼方とやらへ旅立った一つの記憶が無事に還ってきた。
間違いない。
京極グループ、この学園を所有する財閥。
彼女はその社長令嬢であり……
京ヶ丘学園生徒会会長だ。
そして、かつて俺を殺しかけた奴だ。




