秘密会議
「憶えてないってのはどういうことだい? 京極ちゃん」
「言った通りよ。気が付いたらあなた達二人に服を脱がされようとしていたのよ。とんだ変態ね全く。世も末だわ」
「うぅ・・・ごめんなさい会長ぉ・・・」
「ああ悪かったよ京極ちゃん、ついムラムラしちゃって。ところで肌、プニプニできれいだったね。欠かさずケアしてるのかな」
「あとで刺客送っとくから覚悟なさい」
「冗談だよ。ユーモアが足りないなあ」
「そういう言葉が脳味噌の足りないのを露骨にアピールすることになってるのよ、桐葉」
失望と絶望とを込めた視線が桐葉と小春に注がれる。
委縮する小春。あっけらかんとする桐葉さん。
「よりによって男の拓に見られたのはムカつくし殺意わいたけど、まあこれは後日処理するわ」
「言葉の綾だろ! 何も扉開けてあの状態って気づかねえよ! 悪かったけど!!」
こればかりは詮方ない・・・。それよりも処理ってなんだよ。
「でも、見たんでしょ・・・このあたしの美貌を」
ぎろり。・・・めっちゃ睨まれてるし・・・。
あと一応自信はあるんですねアリスさん。
「はい・・・えーすごく、すごかったです」
「すごくエロかったんだな亜種。うんうん、やっぱり全然醜態じゃないではないようだ京極ちゃん。異性のお墨付きだ」
「ぐぎぃっ・・・・・・!!」
やめてくれ桐葉さん。潤滑油ってのは火に注いでいいものじゃない。
このままじゃ冗談抜きで殺される。
とにかく、俺がことのあらましを、一部始終話し終えてアリスを問いただす番になって、あろうことかこのカッター使いは記憶にないと言い出したのであった。
憶えていないだと?
「あたしは会長だけど、それも模範的リーダーよ。見苦しい政治家なんかではないわ」
「散々人に襲い掛かって記憶にございませんって、えらく滑稽だけどねえ京極ちゃん」
「本当のことなんだけど・・・」
「ああ・・・ま、確かに京極ちゃんが亜種に斬りかかったのを全く覚えていないのならば・・・疑わざるを得ないよねえ」
「はぁ?・・・・・・何をよ」
「解離性障害といわれる中でも特徴的な奴、解離性同一性障害・・・・・・かつては多重人格って言ってたかな」
どうやら、特にファンタジー路線ということにもならず、現実的な問題に収束するかのようだ。
と思ったのだが。
「でもおかしいわねぇ・・・。あたし、今まで虐待とか受けたことないし。あなた達とは違って恵まれた生活を送ってきたから」
「余計な一言入ってるぞ、アリス」
「じゃあ原因は他にあるってことですかっ!?? 至急解明せねばっ!」
「焦ることないわよ小春。あたしに解明不能なことなんてないんだから。ま、この件は気長に考えることにでもするわ」
「俺を殺そうとしといてよく悠長なこと言うなあ」
「あなたもでしょう、拓」
そうなのだ。まあ、文華の言う通り悠長なのは俺も同じだった。
本来なら警察にでも突き出すくらいの事案だろうに。なのに、なんで俺もこんな呑気なんだ?
京極アリスに恐れをなしているから?
京極グループという巨大財閥の手にかかればもみ消されるだろうという諦念というか、見切りをつけているから?
それとも・・・。
・・・・・・・・・
「赦しちゃってるんだよぉ、アリスとやらのお嬢さんのことを」
俺の部屋。の一角。
叔父はいつも俺がいる場所に座っていた。
放課後を告げるチャイムが鳴り、これ以上の話し合いは無駄だという仮の結論をもって、あの後話し合い(?)は半ば強制中断した。
結局午後の授業を丸々サボったまま、生徒会役員でないが故に会議に参加することもない俺は、独り生徒会室を出て家に直行したというわけだ。
無断で入るのは良いがそこは俺の場所だ、といった叔父とのくだらない一悶着の後、今日あったことを切り出したときのことだった。
「赦す? どういう意味だ」
「他にどんな意味があるってんだぁ。そのまんまの意味だよ。話を聴くに、彼女は自分で貼った生徒会長っていうラベルが極めて重要らしいねぇ。そのラベルが剥がされることを極度に厭うあまり、ほんの些細な干渉も本気で拒絶する。といった具合かなぁ」
「はあ・・・ちょっとよくわからないな・・・」
「ふぅん・・・ある女性が街中を歩いていると、自分の彼氏が見知らぬ女性を車に乗せて自分専用のシートに座らせているところを目撃してしまった。その後女性は彼氏の車を燃やしたが、その表情は怒りどころかむしろ穏やかな様子だったそうだ。何故女性の表情はこんなにも穏やかだったのだろうね?」
「ん? どうしたんだよいきなり」
「まあ答えてみなよ。心理テストだとでも思って」
「胡散臭い心理テスト名義のアンケートは俺の好みじゃないんだけどなあ・・・まああれかな、浮気への復讐を果たせたから、とか?」
「うぅん、普通。否定はしない」
「思いっきり貶してるじゃねえか。それとも、他に回答があるのか?」
「そうだなぁ、例えばぁ、自分の縄張りを守れたから・・・とか」
「・・・・・・なんだそりゃ」
「一応、回答としちゃ成立してるぜ。とにかくだ。そのお嬢さんは、君に突き飛ばされて邪魔をされた。ほんっとうに些細なことに思えるだろうが、それが引き金となったんだろう。深層部分が現れちゃってるってのかなぁ。ただ、実行に移したはいいものの君を刺すという嫌な記憶は手早く忘れないと都合が悪い。そういうわけで無意識下に抑圧してしまうんじゃないか、なんてね」
「もっともらしいけど腑に落ちねえな。第一、それくらいで刺すまで至るかよ」
「それくらい・・・・・・ねぇ。君が思ってないだけである意味冒涜的行為だったんじゃないのかい? 箍が外れたというか、制御不能というか、まぁどっちにしろ一般的倫理にしちゃやりすぎ感は否めない。実際その脚もやられちまってるんだ。でも、いやだから本来もっと君は怒っていいはずだ、拓。なのにそうしていないんだろう? どっちが果たして狂ってるのやら・・・」
「ああ・・・いや、あれからちょっと考えてみたんだよ。これは俺の推測に過ぎないけど・・・アリスに殺す気なんて無いのかなって・・・」
「脅しと言いたいのか。まぁ好きに考えなよ。僕は宿直の用があるから、一旦学校へ戻るよ」
一体どんなスケジュールなのか推測はつかないが、用があると言い残して叔父は出て行った。
部屋に残る一人。いつもの光景。
つまり、俺はアリスのテリトリーに迂闊にも土足で踏み込んで、好き放題に庭を荒らしたということか。庭の手入れという名目みたいなもので。
・・・あれ?
ここで俺は違和感を憶える。そういえばあのとき、気絶していただろう俺が目覚めたとき、文華は言った。
「最後に一つ。これは生徒会の問題として解決したいというのが私たちの総意。と言っても、権力でねじ伏せたり隠蔽するなんて小賢しい真似や汚い真似はするつもりはない」
・・・生徒会の問題?だと?・・・
よく考えればおかしいことだ。何故そんな閉鎖的になろうとする?
文華だけではない。小春も桐葉さんもそうだ。
どう考えても傷害事件だし、司法が絡んでもおかしくはない。なのに何故だ・・・?
・・・と考えるころには俺は京ヶ丘学園へ向かっていた。どれだけ早く行っても九十分はかかる。到着は夜七時頃だろう。
まだいるだろうか。いや、俺の推測が正しければ・・・。
四月末の空はほんのり薄暗くなろうかというところだった。もう明かりが消されて静寂の音だけが聞こえる校舎の、一つだけ明かりの点いているところ。
西校舎三階。すっかり来ることに慣れてしまった教室。
果たして・・・。
生徒会室の目の前で切らした息を整え、扉に手をかける。
刹那。
「来ると思ってたわ、拓」
いきなり背後から声をかけられ、思わず驚く。
「文華・・・」
「とりあえず入って。ちゃんと話すから」
「ちゃんと・・・話すだと・・・?」
誘導されるままに中へ入ると、「さっきの」メンバーが揃っていた。
否、生徒会長は不在のようだが。
「た、拓先輩っ・・・」
「亜種。何故ここへ来たんだい? 君は生徒会役員ではないだろう。差し入れでも持ってきたのかなあ」
戸惑いを見せる小春。
この状況でニコニコ微笑む桐葉さん。・・・目は笑っていない。
「全部とやらを、ちゃんと話してくれるみたいですね」
「ああそうかいそうかい・・・うぁーどこまで喋ろうかなあ。いや、全部話そうかなぁ」
そう言って桐葉さんは少し考えるそぶりを見せ、やがて向き直った。
「もう気づいてるだろうが、確かにこれは『生徒会内部の問題』として片づけてしまいたいという、我々のエゴだ。つまり京極ちゃんの暴走はバレてくれるとまずい」
「まずい・・・?」
「ああそうさ。でも、被害者は君だけじゃあない。前にも一回暴走したんだよ、彼女は。その節は小春が麻酔銃でうまく仕留めたけどね」
「国内で銃の規制緩和が無けりゃ、殺られてましたよっ」
「へ、へぇー・・・」
なんでこんな楽しそうなんだ。
というか小春、スナイパーだったのか。
「ただ、それ以外に被害者は出ていない。だから高を括っていたのだろう。まさか、君にも被害が及んでいるとはね・・・」
「えっと、念のために聞いておきたいんですが、そもそもなんで暴走したんですか?」
「順を追って話そう。あの日、高等部二年生になった私は当時、一年生にして高等部の生徒会長だったんだよ。そしてかねてから耳にしていた京極アリスというカリスマ令嬢をその瞬間から生徒会長に任命した。これにて私は入れ違いで卒業された先輩の空きポストとしてあった副会長に就任。ふみちゃんはそのときに会計に、書記には小春の姉である小夏が入ってくれて、かようにほぼ新人揃いといった形で再び始動したんだよ。だけど・・・数年ぶりに安定した生徒会と褒めそやされて、急ぎすぎたんだねえ」
「そのときに改革を行ったりしたんですか?」
「勘の良いのは良いことだよ。そのときにいろんな抜本的改革を行ったんだけど、それが評価を受け、支持率は安定し、安定させるためにはまた何かをせねばならなくなったんだ。それが繰り返されるともう後がないよねえ。だって、京極ちゃんはますます会長という立場にしがみつかなくてはならなくなったのだからなあ!」
そう言って桐葉さんは窓の方に顔をやる。快活に笑おうと努めているが、その横顔は物憂げで、どこか自責の念に駆られているようだった。
「そのときに京極会長があまりにも率先してくれるものだからすっかり慣れ切っちゃって、京極ちゃんは京極ちゃんで会長という立場についに固執することになっちゃった。今の会長は完璧であるが故に、何か秩序を乱そうとする動きがあれば即座に食い止める。こういうシナリオだと噛んでいたんだけどなあ」
「どういう意味ですか・・・?」
「今日君がここへ来て京極ちゃんに打ち明けたときに仮説というか自説は一部崩壊した。聴いてみれば彼女は高校入学以前からその片鱗を見せていたそうじゃないか」
そうだ。桐葉さんたちの考えでは高校入学後に始まりが無くてはならない。しかし、反例として俺がいたのだ。
「論理は矛盾を孕み、理論は破綻した。つまるところ、そもそも京極ちゃんは暴走する性質を備えていたってことになる」
「暴走・・・」
あのおとしやかといえばまあ立ち居振る舞いに鑑みてそう表現しても適切であろう、そんな令嬢は、中身は獣だったわけか。
見た目は美女、中身は野獣。かの映画やミュージカルにもなった異類婚姻譚を一人二役で再現できるならば、やはりアリスは只者ではない。
・・・じゃなくてだ。
「なぁ、亜種。君はどう思うよ? 考えを聞かせてくれ。もっとも解決策なんてものは簡単には思いつかないだろうけど」
「考えって言っても・・・ア、アリスに気づかせる以外にないでしょう」
「それはさっき三人でやった茶番劇で明らかになったろう。無駄だって」
「無駄って・・・」
それよりも茶番劇て。足の痛みは少しするくらいになったとはいえ絶賛怪我中なんだが。
「アリスに引っ込んでもらうってのはどうかしらね」
文華が徐に口を開いた。
「引っ込む?」
「会長の職を辞してもらうといえば伝わるかしら」
「「「なっ!!!」」」
一堂に会しての困難を極めた会議とやらが、何気ない文華の言葉によってさながら絡んだ糸が解けるようにあっさり、すっきりしたものになった。
なるほど、逆に何故それを思いつかなかったのかが不思議である。
否、思いつかなかったのではない。思いついてはいたのだが、リスキーにもほどがあり、あのアリスがただで引くはずがないことまでわかっていたうえでのことだ。言ってしまえば、初めからその方法を俺含め全員があえて避けていただけのようなものだ。
「文華先輩っ、会長に殺されたいんですか?」
「京ヶ丘学園校則、生徒自治会に関する規定第4章、役員に関する諸規則。第10条その1」
「え? いきなりなんだい。まさか校則でも覚えてるのかいふみちゃん。さすが学年トップ。抜かりない」
「ありがとう、その通りよ。ルールにはどこか抜け穴があるっていうでしょ。最大限の自由を得るためならそのくらいの抜け穴抜け道を探ることなんて厭わない。それだけよ」
・・・もしこの国に、もしこの世に強者がいるとするならば、いやいるならば、それは確実に一色文華という人間だろう。そう直感せざるを得ないほどに、瞬時に俺は悟った。
彼女を敵に回すとまずい。確実に殺られる、と。
「そうかいそうかい。・・・おっとごめんよ、話を遮っちゃったようだ。で、その校則は何だい」
「その1.生徒会長は自己申告または副会長、書記及び会計の退任勧奨意見の一致の下でのみその職を辞することができる。ただしいずれの場合にも推薦または立候補により後任を定めること」
「・・・ほう」
「なるほどですっ」
「そんな規定があったのか。でも京極ちゃんが同意するかね」
「同意? いらないわよそんなもの。校則は絶対よ。不可抗力であり会長と言えども逆らえないし変えられない。それとも、京極グループの権力でねじ伏せてくるとでも?」
畳みかける文華。まあそりゃそうか。
アリスも所詮といえば所詮、一介の女子高校生に過ぎない。生徒会長だろうと、あるいは、超大企業というか財閥の社長令嬢だろうと。
「権力云々以前に、この校則自体、昔の生徒会が作ったものよ。そして校則には、『校則に関する変更、改定、削除その他においては生徒会、委員会、部活動及び同好会等各種団体の合意の下で、互いに不利益のないようにする限り認められる』ってあるわ。民主的で良いじゃない?」
怖いよ。暗記したうえでちょっとした考察まで加えるその余裕っぷりはなんなんだ。ありったけ賢者の風格を醸し出してるじゃないか。
「へぇ、そうなんですか?」
「小春は知らないようだが、実はこの校則はちょうど25年前、当時の生徒会が元あった校則を一新して一から定めたんだ。その定めた規則はこれまでこうして引き継がれている。・・・って話も去年ふみちゃんから聞いたんだけどね」
世の中にはどこからそんな情報を仕入れたのか、と疑問に思うことが稀によくあるが・・・じゃあ文華はどこで仕入れたんだよその情報。
・・・と、さっきから俺は心の中でツッコみ続けることしかできない。
「とにかく会長に今日で任期満了です、お疲れさまでしたって言えば良いんですねっ」
「小春、確かに根本的にはそうすることになるんだけどね、しかしそれは自殺行為だ。齢十五にしてその生涯を終えたいのかい?」
「うっ・・・い、嫌ですっ・・・」
「そうだろう。まだ十六の誕生日も迎えていないのに。貴重なピチピチのJKがここで滅んだら、私は今後どうやって生きていけば良い?」
「待て待て待てぇい。なんでアリスが人を殺す前提になってるんだ。まあ俺は現に殺されかけたわけだが・・・っていうか桐葉さん。願望出ちゃってますよ」
「では逆に聞こう。亜種、君は小春を見て『あああ可愛い小春ちゃん可愛いよ天使みたいだその華奢な身体に顔をうずめてくんかくんかしたい』ってならないのかね?」
ならねえよ。それよりも早速キャラ崩れかけてんじゃねえか。
「拓先輩っ。私は大丈夫ですっ」
「どう考えても大丈夫そうに思えないんだが・・・」
「・・・いやぁまあわかってたもんだけどね。内部で解決できないなら、被害が外部に及んだなら、もはや京極ちゃんを退けるしかないんだって。あのカリスマを失うのが惜しいと言えども・・・だ」
「少数に被害が及ぶが多数が助かる。集団に属すれば必然的に起こる事象だけど、この場合安定した治世よりも重んじるべきものがあるわね」
「決まりのようですね・・・」
文華の一言で、堰を切ったように結論へと雪崩れ込んだ。どうやら後は実行のみ、すなわち最難関ステージである。
「誰が猫の首に鈴をつけるか。京極ちゃんのいない今、性急にとはいかなくともそこまでの結論は出しておきたいね」
「誰が行こうと、またアリスは暴走してカッターナイフで暴れまくりそうだけどな・・・俺はもう嫌だな」
「ここへきてしまった以上、選択肢に君を含めないわけにはいかないよ、亜種。まさか傍観者じゃあるまいな?」
鋭い眼光に凄みそうになる。というか一連の流れの中、桐葉さんだけは一貫して目が笑っていない。終始クールな文華でさえ落ち着きを見せて時々微笑むというのに。
しかし反論を重ねる権利は俺にだってあるはずだ。
「生徒会の問題なら、役員で解決するのが筋ではないでしょうか?」
「ああ、そうかそうか。うーん、次期会長には君を選出しようとでも思ったのだがなぁ、残念だ」
「え・・・? 次期・・・会長・・・?」
「ああそうだよ? 条件付きでのお願いというかなんというか・・・。言うまでもなく、会長になればそれだけで名誉なんだがね、この京ヶ丘学園では」
権力に目が眩むという言葉があるのは事実だが、ならばここで俺は目が眩んだのだろうか。否、その背後にあるもの、つまりそれによって得られる様々な、諸々のオマケの方に目が眩んだと言うべきだろう。大きなことを成し遂げたいと思う俺は、ここで思わぬ解決策に巡り合ってしまったのだ。虚無と呼ぶに相応しい空虚な一年を補填するだけの充実を、紆余曲折あって今手にするチャンスを得られたわけだ。勿論虎児を得るのに虎穴に入る必要はあるが、それでもこれを逃す手はない。
そう思ってしまえばもはや後には引けなかった。だから---
「・・・やりますよ」
自然と口をついて出たその言葉は、後でどんな幸せを得ようとも、あるいは後でどんなに後悔しようとも、ストーリーを進めるうえで必然的に言わざるを得ないものでもあっただろう。
「決まったね。双方の合意だ。関係者として君を巻き込んだことは大いに反省すべきことだけど、対価は支払うってことで免じてくれ」
「別に問題ないですよ。まあちょっとは気が咎めるところですけど・・・」
「重要なのは君自身がアリスを裏切ることになると思い込まないことだ。これは裏切りでもなんでもない。ただの交渉と和解だよ」
言って、桐葉さんは、「漆黒の闇」と言ってもいいくらいにすっかり暗くなった外を見やった。
「ところで拓。アリスの家はわかるの?」
「え?・・・アリスの家に行くのか?」
「じゃあどこでやるって言うんですかっ」
「ここじゃないのかよ・・・」
文華と小春にそう言われる俺。とは言え、幸い(?)俺は京極邸の場所を知っていたのでアクセス自体に問題はない。問題はただ一つ。
「ええと・・・俺、割と死亡フラグ立ってるんじゃないのか・・・」
「そう思ってることだろうから私は付添人としてついていくつもりよ」
「なぬぃ?」
少し噛んでしまったのはさておき、まあここへきて女の子と一緒に女の子の家に行くというイベントが発生したことへの喜びと捉えてくれれば良いが、とにかく俺は文華の付き添いのもとでアリスの家(邸)に行くことになった。
「頼むよ、亜種。それからふみちゃん」
「って言っても、私は門の前までしかついて行かないわよ?」
「ちょっと待て。結局俺一人で入るのか? 付き添いの意味あるのかそれ」
「よぉし決まったね。では二人とも、実行は明日だ。概要は説明するまでもないが、まあとりあえず仄めかすくらいでも及第点だ。では解散」
かくして、俺はいつの間にかよくわからない計画のよくわからない役割をよくわからないままやらされることになったのであった。
カレンダーを見ると金曜日。明日あたりからゴールデンウィークとやらの大型連休に入ろうとしているが、これでは休めそうもないな。
そんなことをぼんやり考えながら、教室を出る。
「亜種」
ふと呼び止められる。
「これは単なる茶番劇だ。シリアスになる必要はないよ」
察するに山名桐葉の辞書には、茶番劇とはハイリスクなデスゲームのことだと書いてあるらしい。