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記憶Ⅳ

「かくして、あたし達は知り合いになった、というわけね」

「ああ。そういうことになる」


全部、一切合切、包み隠さず、ありのまま起こったことを話しつくした。

小春には隠していたカッターナイフの件含め。

ある意味で恐ろしく奇妙な話だが、誇張もしなければ矮小化することもなく。


話し終えてなお、アリスは表情一つ変えずに右手を顎に当てて、何かを考えるような仕草を見せている。

否、この場合単なる表面的な仕草ではなく何かを思い巡らすというか熟考するというか。


小春はというと終始隅にある丸椅子に腰かけて、時折びっくりしたような表情を見せながらも最後まで黙って聴いていた。

カッターナイフで切りつけたとかそういう話をしたのだから無理もない。

他の二人は相変わらず奥で作業をしている。

こちらに反応することもなく。


沈黙。静寂。


昼休みっていつ終わるんだっけ、とふと壁に掛けてある時計に目をやると、どうやらまだ十五分残っていた。

えらく高価そうな時計だ。

とにかく、話す自体にはそれほどの時間を要さなかったらしい。

依然としてアリスは考え中のようだ・・・、と不意に俺の方を見やる。


「虚偽の内容は、無いようね」


一瞬くだらない駄洒落で場を和ませようとしたのかと、不覚にも思ってしまったが、まあこんなシリアスな場面で変にユーモアを持ち出すのも相応しくない。

アリスが自分の言ったことに気づいたのかはさておき、嘘偽りがないのは本当のことだったので、とりあえず頷いた。


「あら、あたしのユーモアを指摘しなかったのね。好感が持てるわ」


やっぱり駄洒落だったんかい!

さっきからそれを言おうと考えていたのかどうかは俺の知るところではないが、好感を持てると言われたので結果オーライ。

それはさておき。閑話休題。


「で、まあ恐らく当時のあたしは余計な義務感というか不必要な使命に突き動かされてはいなかった、と言うとそれは嘘になるわね」

「やっぱりそうなんだ」

「ただ、記憶が正しければ、ある日突如解放されたというか・・・気持ちが軽くなったというのかしら。今のあたしにとってそれが納得しうる、妥当だと思える結論のつけ方なの」

「多分それなんだよ。そのある日がまさにアリスが俺と逢った日だ・・・って言うとなんか陰ながら俺が変化を巻き起こしたみたいな物言いになるだろうけど。まあそういうわけだから記憶は半分正しくて半分間違ってるってことになるのかな」

「あら、このあたしが間違うなんて失礼な言い方じゃないかしら? その場に立ち会ったあなたを忘れただけで、大まかなストーリーに変化はないでしょう? 誤差ってやつよ」

「『だけ』って・・・まあ全体的には間違っていないと言われるとそうだな。首肯せざるを得ない」


再び沈黙。


「・・・問題は何故かこの記憶力抜群のあたしですら憶えていないということね」

「私が憶えてないのは当然みたいになってますよね!?」

「謎ね・・・」


小春の反論を華麗にスルーし再び考えるアリス。

耳をすませば、正しくはすることが無かったので自然と耳に入ってきたのだが、時計の刻む規則的な音が、もうすぐで昼休みが終わることを告げようとしていた。

授業始まっちゃうなあ・・・英語だっけ・・・まあ話し合いの時間があっても相手は小夏だ、もはや心配ない。

・・・・・・そんなあれこれを考える俺。

一向に動こうとしない四人。

・・・腕組みをするアリス。丸椅子でじっとする小春。奥で相変わらず作業をする二人。


「あ、なあ、そろそろ授業始まるぞ。教室へ戻らなくていいのか?」

「え? 戻る必要なんてないわ。許可なら事前にとってあるもの。あなたの分もよ、拓」


・・・ゑ? 何だって!!?

自在に権力を操る生徒会とはいえ、流石にここまでとは思っていなかった。

だってこれは、言ってしまえばサボりじゃないか。

サボタージュというやつだ。怠業だ。

合法的でない、誤魔化しのきかない所業だ。

一体全体、どんな言い訳をすりゃ教師の目を欺いて秘密裏に居座ることができる?

許可を取っているあたり、手続きを踏むという手段をとっているあたり、秘密裏でもなければ教師がゴーサインを出しているというのもあって、良いことにはなっているんだろうけれども。


「あたしの権力・・・いえ、信頼を舐めてもらっては困るわ。見縊(みくび)られるほど(やわ)に生きてきたわけではないの」

「お、おう。でもいや、なんか悪いな。ありがとう」

「礼はいらないわ。でも、権力の使い方ってのは実に豊富なのよ。現実では到底想像もつかない権力のね・・・」


いや、権力って言ってんじゃん。

そして何か脅しただろうとしか思えないアリスの表情。


「勘違いしてもらっては困るから先手を打って言っておくけど、何も権力でねじ伏せてなんかいないのよ? 『突如必要な会議ができたが、昼休み中にまとまらず次の時間割に食い込む恐れもあることを許可させていただきます』、そう言ったら快諾してくれたわ」


おお。俺は素直にすごいと思った。

・・・じゃなくてだ。どこから突っ込めばいいんだよ。

突如必要になった会議とやらの内容も聞かずに二つ返事で受け入れた教師陣も大概にしろと俺は言いたいが、それ以前にアリス、思いっきり権力の悪用じゃねえか。

おまけに脅してはいなくとも、そもそも許可させる前提で話切り出してるし。

なんだなんだ、「放課後に回せないか」とか「最低限授業には出なさい」とか、そういうことを言うまともな人間はこの学園にいないのか!??

いや、俺がまともでないだけで普通のことなのか??・・・・・・

俺はこれ以上穿鑿(せんさく)するのをやめることにした。

常人にはとんと見当もつかない深淵が広がっている気がする。


「なあアリス。お、俺も含めてのこと・・・なんだよな?」

「勿論よ」

「でも俺生徒会役員じゃないぞ・・・?」


三度目の沈黙。


「え?あなた生徒会役員じゃないの?」

「違うよ、事実を捻じ曲げるな。っていうかさっき生徒会に入る入らないの話は後回しって言ってたじゃねえか」

「あらあら、記憶力が良いのは良いことね」


皮肉だった。でも、現にこの話し合い(?)の場を作ったのはアリスであり、そこは感謝するべきだろう。


午後の授業の始まりを告げるチャイムが鳴る。

アリスはやおら立ち上がり言った。


「では、引き続いて先ほどの議題をさらに論じるわ」



なんとなくセリフはかっこよかったものの、論じるほどのことでもなかった。

結局はアリスが思い出せば、否、俺が思い出させれば済む話だった。


「・・・再現ね」

「再現?」

「つまり、当時の状況を再現するのよ」


ああ。確かに。

言われてみればありきたりであるが、試さない手段ではないだろう。


「では早速やりましょう、会長、拓先輩」

「お、おう」

「カッターナイフも一応持っていくわね」


うげっ。マジですか姉貴。


「いや、再現っつっても、追いかけて斬りつけるところまでするのか? 危ないだろ・・・」

「拓があたしを突き飛ばして小春に去るように促すところまでで十分だわ。だから心配する必要は皆無よ」

「ああ・・・まあそうだなって、突き飛ばされるのは良いのかよ・・・」

「ええ。そっくりそのまま、手加減なしで頼むわ。桐葉(きりは)文華(ふみか)、何かあったらよろしく」

「はいはい、任せといて」「・・・」


アリスは奥にいる二人、桐葉と文華とやらにそう言い残して生徒会室を出た。

後に続く小春。

手加減なしって・・・本気で再現する気なのか・・・。

俺も後に続いた。



舞台は変わって京ヶ丘学園正門。

ちなみに中等部と高等部が併設されているため、門は共通。

つまりここだった。


「じゃあ今から行うわよ」


状況は俺の説明した通りだったがアリスも小春も俺の拙い説明でも把握してくれたということで、早速それぞれの立ち位置でスタンバイ。



・・・・・・あのときは桜が咲いていたっけ。今は散ってしまっている。


・・・不意に女子---アリスが、別の女子---小春に何か、怒声というか罵声みたいなものを浴びせているのが見える。

二人とも同じ制服で、見るに京ヶ丘学園の学校案内に載っていた通りの服装だ。

この学校の生徒だ。

あのときは中等部の服装だったけれど。


俺は見るや否や駆け寄った。

今はさておき、当時の俺は自分で藪をつついて蛇を出すようなことはしなかっただろう。

ただこの場合のカツアゲともとられかねないような構図では、俺は駆け寄ってしまうかもしれない。

蛇が好きかどうかに関わらず。


「やあ、どうかしたかいお嬢さんたち」


今思えばこんな掛け声もしたなあ。

お嬢さんという呼び名はまあ事実にしても、というか事実なのだが、他の言い回しを考えるべきであっただろうし、何より知り合いでもこんな気取った挨拶をされるのは似つかわしくなかった。

幸い俺は今彼女らと同じ学園の制服姿であるため、悪くてもナンパくらいに収まるだろう。

収まるのだろうか。

よく考えればここでイケメンか否かでその後の対応も変わることは十分にあり得る。

場合によっては即通報されるかもしれないが。

しかしその二人のうち一方の、畳みかけるように何かを言っていた方の、赤毛でありながら金髪ともいえるような髪の彼女---アリスは、俺が声をかけるや否や激しく睨んできた。

・・・演技と言えども恐い。


「邪魔しないでくれるかしら?」


容姿は端麗だ。まさに、お嬢様というのに似つかわしい。

そしてハーフアップにした長い髪をさっとかき上げてそう言った。


「邪魔? ははは。でも恫喝してるように見えたからつい・・・」

「はぁ?」


この世のものをすべて見下すような冷酷というか冷徹な視線を向けてくる。

恐いよ。それだけで十分に怯むよ。

あのときは「はいすみませんでした」なんて言ってその場を立ち去るのは選択の一つだった。

それに、いきなり恫喝なんて言葉を使うのもナンセンスだったし、何より第三者が口を挟む行為は褒められたものではない。

が、俺は立ち去るなんてことはしなかった。

何故って、怒声を浴びせられていたであろうその子---小春は今にも泣きだしそうだったからだ。

否、すでに涙を目に浮かべていた。

今現在は現場の再現の一環だが・・・小春、演技が上手いな・・・。


いや、その手に持っているのは目薬か?目薬なのですか小春さん!?

いずれにしても、女の子を泣かせるのは今でも俺の最も許せない行為だ。

だから、事情はともあれ、今は事情があるけど、正義感はそれでも俺を突き動かした。


「恫喝なんて失礼ね。このあたしがそんなことをするとでも?」

「おっとそれは失礼した。しかしいくら君の視線が普段から怖かろうと、どうみてもプレゼントをあげて喜んだ、みたいなシーンに見えなかったもんで」


なんか余計なことを言った気もするが彼女はそれをスルーして続けた。

言うなら後で、生徒会室でまとめてだろう。


「だとしてもあなたの入り込む余地はないわ。今お取り込み中なの」

「その取り込み中とやらの用事は女の子を泣かせることかい。いや、あまりにも即断過ぎた。その女の子は何かしたのか?ああ、申し遅れたが俺の名前は足利拓。そこの衛礎雅七中の生徒だ、よろしく」

「自己紹介で仲良しフラグなんて立たないわよ。それにこの子は校則違反をしたもの」

「校則違反? 君は風紀委員か」

「その君っていうの、やめてくれない? あたしにも名前はあるの」

「あ、ああ、すまない」

「京極アリス。京ヶ丘学園高等b・・・中等部・・・三年、生徒会長・・・ア、アリス様って呼ばせてあげるわ・・・」


頑張れアリス。あとそれとなく頬を赤らめるな。


「ふむ、いい名前だねえ。で、そこのお嬢さんはどんな校則違反をしたんだ」

「カッターナイフを校内で持ち歩いていたのよ」

「で、でも、仕方がなくて・・・」


今まで黙って俯いていた小春は迫真の演技で、恐る恐る顔をあげながら言った。


「今の二年生の授業で、カッターナイフを使うことはない。だからそれを持ち歩いていること自体本来の目的から外れているのよ?」

「それはわかってます・・・」

「じゃあ今すぐ来なさい。処罰の時間よ」

「お、おい。処罰ってなんだよ」


あのときは俺は疑問を抱いていた。

処罰---そんなの、教師とかのすることじゃないのか?

あろうことか生徒会長の独断と偏見でそんなことができるのか?

そう、生徒会執行部が権力をふるうなんて、学園モノのラノベとかでしか見たことない俺だった。


でもアリスならやりかねないよなあ、既に何人か葬り去ってるのかなあ・・・などと考えていると、アリスはちょうど強制連行に踏み切ろうとしていたところだった。


刹那。


俺の足が動く。

そして、いよいよ泣き出してしまった小春の腕を乱暴に掴んだアリスを突き飛ばし(ごめん、アリス)、やや控えめに叫んだ。


「やめろ!・・・君は一旦この場を立ち去るんだ。そして、次からは不必要にカッターナイフを持ち歩かない。どんな事情があったのかは知らないけど、これでいいんだ」

「あ・・・ありがとう・・・ございます・・・」


何に対してのお礼なのかは、やはりわからない。

そして足早に立ち去ろうとする小春。

と、そこで再び振り返る。


「足利さん・・・でしたよね」

「あ、ああ。うん」


立ち去ろうとする間際、俺をまっすぐに見つめ、言った。


「申し遅れました、赤松小春(あかまつこはる)です。またどこかでお逢いしましょう」

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