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何気なく熱烈で少し乱暴な勧誘

「生徒会に入りません?」


その問いかけに「おう、よろしくな」とでも答えてめでたく俺は生徒会に入りましたぁー・・・・・・

なんてことになったら、まあよくある展開で丸く収まったのだろう。

そしてこの後充実したスクールライフとやらを送ってうんぬんかんぬん、と続いたと思う。

だが俺は、


「いや、四人でやっていけてるんだ。俺の入る余地はないよ」


そう言ってあろうことか小春の誘いを断ったのだった。

小春は残念そうな顔一つせず(嬉しそうな顔はもちろんしなかった)、


「わかりました。先輩の思いを尊重します」


と微笑み、そう返した。


帰り道。

小春は生徒会室に用があると言って校舎へ戻った。

校舎へ走っていく小春を目で追いつつ、小夏は「じゃあ帰ろうか」と言って門へ歩き出す。


「あれ、いつもと逆方向なのか?」


門を出て俺と同じ方角へ進む小夏に、思わず俺は問いかけた。


「うん。ちょっとした部活の用事、というか用紙が不足しててそれを買いに行くだけだけどね。駅前の方が仕入れやすいんだ」


小夏は文藝部に入っている。

文藝部の活動内容を詳しく知らない俺ではあったが、楽しそうな小夏を見て、「きっとすごく楽しいんだろうな」と思いを馳せた。

と、不意に神妙な顔つきで小夏は俺に言う。


「ねえ、拓。生徒会、入らなくていいの?」

「邪魔になると悪いだろ。そう思ったんだ」

「うぅーん・・・あぁ、もったいないぃ・・・入ったほうが良いと思うけどなあ。だって推薦されてるんだよ?」


言われてみればそうだった。小春一人とは言え向こうから誘いをかけてきたのだ。


「まあそうだけど・・・」

「入りたくても入れないんだよ、普通は。・・・去年の話だけどね。アリスちゃんが会長になるっていうのに反対した勢力が立候補して対決したでしょ。演説で○○します、とかマニフェスト掲げて・・・まあ勝敗はわかってる通りアリスちゃんの大勝利」

「ふうん」

「で、ここだけの話、実は他の三人にも対抗馬が現れたんだけど、予めアリスちゃんが芽を摘んでたんだよねー。あ、秘密だよ?そのときの書記は私だったから。一応関係者なんだよねー」

「ははは、秘密を守ることは任せてくれ。心配するなよ」


演説大会・・・・・・知らない。というより憶えてない。

ってかおい、そんなことやってたのかアリス。

詳しい手段は知らないけど、穏便な手段ではないだろう。

おそらくは財力でねじ伏せたに違いない。

一応言っておくが、偏見である。といっても本心ではない。

つまり出来の悪い冗談だ。


「ま、お金で・・・ねっ・・・ってトコかな」


的中してどうするんだあああああ!!


「とにかくそんな感じだから、断るのはやっぱりもったいないかなって思ったんだ。でも、インジェラが好きじゃない人に無理やり食べさせても意味ないし、拓の思いを尊重するのがこの場合は妥当なんだろうな、なんてね」


そんなにレアなことなのか、生徒会に誘われるとは・・・。

ちなみにインジェラというのはテフというイネ科の穀物を水で溶いて発酵させ、クレープ状に薄く焼いたエチオピアの主食である。

なんでそんなマイナーな例えをするんだ。


気が付けば、京ヶ丘学園から徒歩で10分程度にある花御所(はなおんじょ)駅についた。

いつもは気にしていなかったが、割と駅前は発展しているようだ。

確かに店の数が多いな、なんて思いつつ、俺は小夏と別れた。



翌日。

これを乗り切れば世間でいう大型連休---ゴールデンウィークに突入か、まあいつもと変わらないんだがな・・・

なんて、どこか堕落した自分がいるのを薄々感じつつぼんやりしていた、まさにそのときのことだったと思う。


ぴーんぽーんぱーんぽーん


どこか腑抜けた感じのアナウンス音というかチャイムに続いて放送があったりするのをよそに、俺はつれづれなるままに昼休み、机に向かひて心にうつりゆくよしなしごとをそこはかとなく考えていた。

そして特に今日はいつも以上にボーっとしていたが故に、校内放送で自分が呼ばれるなんてまさか思うはずもなかったのだった。

それ以前に俺は校内放送で呼ばれる(たち)でもないのだが。

だから俺がその放送に気づいたのはその三分位後のことだったと思う。

いや、もっと言うと「おい、呼ばれてるぞ足利」なんて声をかけてくれる心優しいクラスメイトとやらがいるとありがたかったのだが、哀しいかな、今の状況でいるはずもなかった。

切り札とも言うべき小夏は、食堂に行ってしまっていた。

よく考えれば、切り札どころか札なんて最初から無かったかもしれない。

・・・なんて考えていると再び流れる放送。


「足利拓、二年二組の貴様のことよ。今すぐ生徒会室に来なさい。いるのはわかっているわ。次にあたしが放送をかけるまでに来なければ、退学よ」


がちゃん。・・・と、無造作に置いたであろうマイクが奏でる残響。


・・・あぁ・・・アリスか・・・俺を呼んでるんだな、はいはい。

・・・で、こなけりゃ退学と・・・。


・・・んんん?????

退学・・・?


一瞬パニックになりかけたが、どうにか冷静さを取り戻す。


・・・はは、そんなことがあるものか。

何の権力があってそこまでできるってんだ?

絶大な権力を有する生徒会長と言えど、やはりたかが生徒会長。

生徒を退学にするなんてそんな非現実的なことがあってたまるか。

正直言って、馬鹿らしい。脅しに決まっている。

・・・でもまあ呼ばれているのは確かなようだから、行くとするか。


連日の作業で文字通り重くなった腰を上げながら教室を出ようとした。

刹那。

それと同時に響き渡る校内放送。


「残念だったわね、足利拓。もう退学届を書き終えたわ。印鑑も押印済よ。今からこれを提出しに行くから、まあ頑張って阻止してみればいいと思うわ。ご苦労さん」


がちゃん。


・・・・・・走った。

脅しに怯えているというよりは、直感的に危機を感じた。

アリスならやりかねないのではないか・・・そんな危機を。

だから、走った。

ひたすらに、脇目も振らず、一心不乱に、無我夢中に。

いつぶりだっけ、こんなに全速力で・・・ああ、アリスに追われたときか・・・。

今もある意味、アリスに追われていないと言えば嘘になる。

正確にはアリスの作り出した状況に、かもしれないが・・・ってそんなことはどうでもいいだろ!!


記憶力の乏しい俺だが、ある程度の反復を行うことで記憶として保持されることもあった。

つまり、生徒会の雑務で何回か生徒会(準備)室を訪れた俺は、そこまでの経路を把握することができたというわけだ。

空間認識にある程度強かったのも一要素であったというべきか、校舎や教室の配置もその場で組み立て、この広い学園の中で現在位置を頭に思い描きながら。

迷うことなく、生徒会室まで直行した。


常識が通用するならば、生徒会準備室の隣くらいに生徒会室はあるはずだ。


ピンチになれば本領が発揮されるというのはこのことか。

どうにかして俺は生徒会室であろう教室の目の前までスパートをかけ、そのまま扉に手をかけスライド、中へ突入。


通用してくれよ、常識!!!



結論から言うと常識は通用していた。

だけど、ある意味で俺に常識が欠けていたことがわかったのも、また事実だった。

それを実感したのは、「今から退学届けを出しに行くって言ってたんだから、アリスが生徒会室にいるはずないだろう」と、突入してから思い至ってのことだった。

・・・致命的に文章を読解できていない、どころの問題ではなかったと思う。

なぜ生きていけるのか不思議だった。

・・・が、そんな思い違いというか国語力のなさが功を奏したのか、アリスは中にちゃんといた。

隅の方で小春がシュレッダーに何か紙を入れていたのに気づき、見ると、まだ裁断されていない上の方にやや分厚い明朝フォントで印字されている。


「退 学 届」


恐怖の三文字が書いてあった。

と、その瞬間に誰かの退学届は飲み込まれ裁断される。

本気でやりやがったのかこの生徒会長は・・・。


ぞわっ。身震い。


息を切らしながら改めて教室内を見渡すと、奥の長テーブルに二人座っており、何やら書類をあれやこれやと確認しながら作業中だった。

恐らく彼女らが副会長と会計なのだろう。


再び窓に目をやると、アリス。

仁王立ち。

背後から察するに腕組みをしているようだった。怒ってるな、これは・・・。


「今までよく生きてこれたわね」


開口一番、毒を吐く会長。

何に対して言っているのかは図りかねるが、まあ怒っているのには違いなかった。


「申し訳ありませんでした」


返す言葉がない俺が唯一返すことのできる言葉を返す。


「良いわよ別に。ところでどうして息を切らしてるのよ。廊下は走っちゃダメって、知らないの?」

「さあねゑ何のことをおっしゃってるんでござゐませうかぁ。きっと走らざるを得なゐ要件でもあったんでせうか、検討すらつかんでごわすなあ」

「あらそう。どうでもいいわ」

「どうでもいいんかい」

「生徒会に入らないって言ってたけど」

「ちょっと待て。話題の転換が常願寺川並みに急だぞ」

「生徒会に入らないかというのはあくまでも小春一人の提案だけど、あたしには貴方・・・いえ、貴様のことをよく知らないの」


無視されたのはまあいいとして、小春が独自に推薦してたってのは驚きだった。

それと貴方をわざわざ貴様と呼び変えることにも驚きだった。

昨日の小夏の口ぶりからするとまるでメンバー四人が全員で俺を推薦していたと誤解しがちだが、言葉の綾というか、これは俺が勝手に思い込んでいた節があったな。


「え・・・と、言いにくいんだけど、俺・・・君と逢ったことあるんだぜ・・・?二年前の春に。それっきりだけど」

「・・・え・・・?」


何か不審なものを見るかのような目で、アリスは俺をまじまじと見つめる。


「じゃああのとき久しぶりだなって言ってたの、その件だったってわけ?・・・そんなこと、あったかしら」

「え、ほ、ほんとに憶えてないのか?二年前のことすら憶えてないのか・・・?」


どの口が言う。

同時に、始業式の日、思い切って話しかけた時の記憶が蘇る。


「記憶にないわ・・・」

「そうか・・・」

「でも、・・・あなたがそういうのなら、聴いてあげないこともないわ。早速だけど、そのときの状況をできるだけ詳しく説明してくれないかしら。生徒会に入る入らないの話はその後よ」


言って、アリスは今度はあのとき同様ハーフアップにした髪を少しかき上げ、中央のソファに腰掛けて俺を促した。

言われるがままに通される俺。

ぼすっ。・・・意外とフカフカだった。


アリスは今、ともすればただの精神に異常でもあるかのような人物として捉えられかねない俺に対して、話を聞く、いや、聴く姿勢を見せてくれている。

それも一切のからかいも悪戯も排除し、純粋に話を聴こうとする姿勢を、だ。

小春のときもそうだった。

俺はこの二人に同じことを言った。何も知らない状態で傍から聞けば、全くおかしなことを言っているようにしか見えないだろう。

しかし、小春もアリスも、俺を揶揄するかのような振る舞いを露ほども見せない。見せようともしない。


多分、予め言っておくとこれは俺の推測の域を出ない、そういった範疇においてのことなのだが、彼女ら---後の二人も併せてだろう---がこんなにも支持されるのは、「一旦人の話を真摯に聞く」というごく自然で出来そうなのだがなかなかどうして難しいことを、さも当然かのように成し遂げるからなんじゃないか。

他の要素もあるだろうが、だがこれが要素として必要十分な気もした。

これがカリスマとかなんとか言われる所以(ゆえん)・・・なのか、とか感動しつつ。


だから俺は、「さあなんでも話すんだ」と言わんばかりのアリスを前に、二年前のことを包み隠さず、---勿論、カッターナイフの件も含めて---全部話したのだった。

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