決意
モルトは森を抜けた後も走り続けた。万が一にも男に見つからないため出来る限り遠くへと。
「ここまでくれば流石に大丈夫だろう」
彼は休める場所を探すため周りを見渡すと、洞窟を発見する。洞窟に近づき中に生物の気配がないことを確認すると彼は中へと入っていった。
「これからどうしようか」
彼は背負っていたローナを地面に寝かせる。疲れていたのか彼女はいつの間にかすやすやと眠っていた。
(とりあえず荷物の確認でもしてみるか)
彼は自身が持っているものを地面に並べた。
(ナイフ、銃、弾、遺跡で拾った端末、空の水筒、これだけか…)
持ち物を見ながら彼はこれからについて考える。
(まず考えるのは自分たちの置かれている状況か)
彼らが現在置かれている状況、それは普通に考えれば‘街を破壊され命からがら逃げだした無能力者の難民’である。もしスキル持ちに見つかれば奴隷に逆戻りになるだろう。それが嫌ならひたすらに逃げ、隠れ続けるしかない。
しかし、これならば状況はそんなに悪いとは言えないだろう。無能力者といえど見た目はスキル持ちと同じであるため見ただけで無能力者と判断するのは非常に難しい。故に街への長期滞在は不可能と言えるが買い出し程度ならば行くことが可能なのである。旅人を装って街を転々とすればおそらく一生逃げおおすことは可能なのだ。
しかし、状況はそんなに単純ではなかった。彼は昨日遺跡で考えていたことを思い出す。
(神の目的、それはおそらく世界の支配だろう。だとすれば今世界を支配しているのは神、もしくはその関係者か…。くそっ、俺たちがただの無能力者の難民だったらどれだけ良かったことか)
そう、彼らはただの難民ではないのだ。知ってはいけないこと、本来ならば知りえない情報を知ってしまった難民なのだ。
それは神からすれば非常に煩わしい存在である。もし、見つかるようなことがあればおそらく、いや確実に殺されるだろう。
これは彼らがおいそれと街に入ることが出来ないということを意味している。
「あの、モルトさん…」
突然声を掛けられ彼は驚きながら振り返る。ローナが目を覚ましたようだ。
「ローナ、もう大丈夫なのか?」
「はい、さっきは取り乱してすみません…」
彼はローナの様子を見て安堵する。一度眠ったおかげか先ほどと比べ彼女はだいぶ落ち着いているようだった。
「気にするな、それよりもこれからについて話したいんだが」
「そうですね。分かりました」
モルトはローナにとりあえず今考えていたことを話す。
「じゃあ、私たちはこれから他の人から逃げながら自給自足をしなくてはいけないということですか」
ローナが不安げに質問する。
「ああ、だが逃げるだけではだめだ。それではいつか見つかり殺されてしまう。俺たちが相手にしているのはおそらく世界の支配者だからな」
「じゃあ、どうすれば」
ローナがさらに顔を曇らせる。
「戦うしかないだろう。昨日の資料の文面を見るに神に対抗する手段はきっとあるはずだ」
「でも、それどこにあるんですか」
ローナのその問いに彼は口を閉ざす。そんなことモルト自身も知らない。黙らざるを得ないのだ。
「分からないんじゃどうしようもないじゃないですか…」
暫くの間、沈黙が場を支配する。
「さっきの男」
「え?」
ローナが何かに気付いたかのように声を発した。
「さっきの男スキル使ってましたよね」
「ああ、それがどうした?」
「あの男って遺跡ですれ違った男ですよね」
「あっ」
ローナの発言によって彼もあることに気付く。まず真っ先に気付くべきだったことに。
「遺跡の装置はスキルを封じるためのものだったのか」
その発言にローナは頷く。
よく考えればすぐに分かることだった。男が使えないはずのスキルを使っていたこと、街を壊す前にわざわざ遺跡に寄っていたこと、状況的におそらく男に壊されたであろう装置。これらのことを考えればすぐに答えが出てくるのだ。
「だが、それが分かったところでどうしようもないだろ」
「いえ、重要なことです。なにせスキルは神の贈り物なんですから」
瞬間、彼の脳に電流が走る。
気付いたのだ。あらゆる偶然が重なることによって明かされた事実に。
「あの装置は神の対抗手段の一つ。そして、男は神からの刺客ということか」
「はい」
ローナが奇妙な笑みを浮かべながら答える。その笑みには期待や喜び、果ては希望までも伺える。
「そして、これを見てください」
ローナは彼にタブレットで昨日の資料を見せる。
「支部って書いてありますよね。他の古代遺跡、この機関の別支部の遺跡を見つけられればその中に対抗手段があるってことです。それに、古代遺跡から過去の情報を世界の真実を知れば神と戦う手助けになるかもしれません」
「ローナ、お手柄だ!」
彼らはこの事実に気付けたことにより希望を見出し始めていた。
だが、一つの問題がその希望を砕こうとする。
「ただ、古代遺跡の場所が分からないんですよね」
その言葉をきっかけに再び沈黙が訪れる。少し希望が見えただけで議論は振り出しに戻されてしまう。
結局は場所が分からないのだ。
その事実が彼らが見出した小さな希望を打ち砕かんとする。空気が重苦しいものへと変わっていく。
何かないかと考える中でふと地面に置いておいた端末がモルトの目に入る。それを見たとき彼は昨日の地図のことを思い出す。
そして、さっきの会話のおかげでそこに描かれたマークについて理解することが出来た。
「ローナ、分かったぞ遺跡の場所が」
「え?」
ローナが疑念に満ちた目で彼を見つめる。
そんな彼女をよそにモルトは端末を持ってくると地図を開き彼女に見せる。
「これを見てくれ」
「地図がどうしたんですか」
ローナはよく分からないといった感じで地図を見つめる。
「この印の意味が分かったんだ。まず、このピン。これは俺たちの現在位置、昨日はこの黄色い印の場所だったが今はここだ」
彼はピンの場所を指差し、説明する。
「次はこの黄色い印だ。昨日俺たちがいた遺跡はここだ」
彼は黄色い印の場所を指差した。そして、それを見てローナも理解する。
「モルトさん、これってもしかして古代遺跡の場所ですか?」
期待に満ちた声でローナが質問する。
「ああ、おそらく。それにもしかしたら支部の場所の可能性もある」
その言葉にローナの表情が明るくなる。
「これなら、本当に出来るかも」
「ああ、出来るとも絶対にな」
彼は歓喜する。
不可能に近いと思われた神からの逃走が、いや神を打倒して世界を変える事すら可能になるかもしれないのだ。
それに、彼にはある予想があった。神の正体である。
神だ何だとは言っているが正体はおそらく人間。本当に神ならば世界の支配だなんてしようとは思わない。なぜなら、神がいるならば世界とはそもそも神のものだからだ。
その確信にも近い予想が彼の思いに拍車をかける。
「ローナ、ついでだ。神を、いや自身を神と嘯いている支配者を倒して世界を変えてやろうじゃないか」
その言葉にローナも強く頷く。どうせ戦うならば今の世界を変えたい。そのような思いが彼女にもあったのだ。
この日、彼らは決意した。支配者を倒し、世界に変革をもたらすことを。そして、これが彼ら無能力者による物語の始まりであった。
第一章これにて完結となります。
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