無能力者の街
街に入るとそこにはモルトが見たことのない想像を絶する光景が広がっていた。
見上げるほどに高い建物の数々、人を乗せて動く金属の塊、透明な壁、光を放つ物体。それはまるでおとぎ話に出てくる魔法の様であった。
「すごいでしょ。これが私たちの、無能力者の文明の力です」
「こ、これを全部自分たちで作り出したのか?」
「もちろん。私たちが作り出したんです。と、いっても近くの古代遺跡で発掘した知識を元に作っただけなので自分で考えたわけじゃないんですけどね…」
ローナは苦笑いをしながら答えた。
「すごいな、これが古代文明の力か」
「まだまだこんなもんじゃないないですよ。なんとこれでも古代文明の全盛期にも届いていないんですよ。まぁ、近くの遺跡にはこれ以上のものは無かったのですが。と、こんなところでウロウロしてても仕方ないですね。とりあえず街を案内…の前に奴隷服じゃあれなので服を変えましょうか。」
そういうとローナはすたすたと先に歩いて行ってしまう。
彼はあまりの衝撃にいまだに動けずにいたが置いて行かれてはまずいと急いでその後をついていった。
この街はいくつかのエリアに分かれている。
彼らが最初に向ったのは商業エリアである。
商業エリアにいく途中モルトは動く金属 (バスというらしい)の中で一人、物思いにふけていた。
この街をパッと見ただけでも分かるほど古代文明というものは優れている。それなのになぜ他の街では知られていないのだろうか。遺跡は他にもいくつかはあったはずである。もちろん、文字が読めないというのもあるだろうが誰も解読をしようと思わないのも変な話である。
(やはり、ローナがいったように本当に陰謀のようなものがあるのではないだろうか)
「モルトさん、着きましたよ」
そんなことを考えているといつの間に着いたのかローナが声を掛けてきた。
「ここが商業エリアの中でも随一の人気を誇るショッピングモールです!」
バスを降りるとそこには他の建物と比べても桁違いに大きい一つの建物があった。あまりの大きさに彼は声を失ってしまう。
「さぁ、早く服を買いに行きましょう!」
そんなローナの言葉にようやく気を取り戻し、彼はショッピングモールへと入っていったのである。
ショッピングモール内には様々な店が存在していた。どれもこれもモルトが初めて見るものばかりで思わず目を奪われてしまう。
そして、ついに目的の店へと到着した。服屋である。
中に入ると「見ても分からないですよね」とローナが勝手に服を決めだした。
暫くして、ローナが服を買ってきたらしく戻ってくる。
「さぁ、そこに更衣室があるので早速着替えてきてください」
そういうとローナは彼に買ってきた服を押し付けてくる。
彼も早く奴隷服から着替えたかったため服を受け取り更衣室にて着替えを始める。
着替え終わったあと目の前にある鏡をみて彼は非常に驚いた。
そこには本当に自分なのかと疑うほどの好青年が立っていたのだ。
人とは服を変えるだけでこうも変わるのかと思いつつ更衣室から出る。
すると外で待っていたローナもその豹変ぶりに驚き目をぱちくりさせた。
「さ、流石私ですね。完璧なコーディネート。まさかこんなに印象変わるとは思いませんでしたが…。馬子にも衣装とはよく言いったものですね」
「孫?俺はローナの孫ではないが」
「え?ああ、すみません。古代文明で使われていたことわざ?とかいうやつです。なんでもどんな人でもいいもの着せれば立派に見えるという意味だそうです」
「そうなのか。ところでこの服随分と丈夫なんだが、これは必要あるのか」
ローナは思い出したという顔をして答える。
「あ、言ってなかったのですが明日から私と一緒に古代遺跡調査の仕事をしてもらう予定なんですよ。モルトさんも興味あるようでしたし、ちょうどいいと思いまして。それに生きてくためにはお金が必要ですしね。まぁ今日は思いっきり羽を伸ばしてください」
彼は若干腑に落ちなかったが他に仕事の当てもなかったのでそれに従うことにした。
「それじゃあ目的も果たしましたし遊びに行きましょう!」
彼らは再びバスに乗り次の目的地である娯楽エリアへと向かう。
娯楽エリアに到着し、バスを降りるとそこには様々な色の光に満ち溢れた建物が所狭しと並んでいた。
「これは、すごいな」
その光景があまりにも非現実的に感じ彼からはそんな言葉しか出てこなかった。
「本当に驚くのはこれからですよ」
ローナが悪戯な笑みを浮かべる。その時、不意にモルトの腹が鳴る。
「ああ、もうお昼時ですか。とりあえず先にご飯食べましょうか」
「すまない。気を使わせてしまって」
「いえいえ、食事も娯楽の一種ですから。私の行きつけの店があるのでそこに行きましょう」
ローナの案内により一軒の店へと辿り着く。そこは先ほどまでとは違い、幾分か落ち着いた雰囲気の場所であった。中に入ると静かな音楽が流れておりリラックスして食事をとることが出来そうだ。
「とりあえず私のおすすめを頼んでおきますね」
席に着いたあとローナが店員に注文をする。
そして、暫くして出てきた料理に彼は驚愕した。それは沢山の細長い何かにソースと思わしきものが絡められていた。
「なんだこれは、食べ物…なのか?」
今までパンなどしか食べてこなかった彼にはそれが麺だということが分からなかったのだ。
「もちろん。それは麺という食べ物です。美味しいですよ。騙されたと思って食べてみてください」
正直なところ彼にはあまり美味しそうには見えなかった。
だが、これも古代文明の一つと思い意を決して口にする。
口にした瞬間、彼の動きが止まる。そのあまりの美味しさに体が動くことを忘れてしまっていたのだ。
暫くすると彼は失った時を取り戻すかのように猛烈な勢いで麺を食べ始める。
そして、気付いたころには既に皿の上には何もなかった。
「これが古代文明の食事…。もう前までの食事には戻れそうにないな」
彼はこの一瞬のうちにその食事の虜となってしまったのだ。
「喜んでもらえて何よりです」
ローナを見るといつの間に食べ終えたのか彼のほうを見てニコニコとしていた。
「さて、腹ごしらえも済んだことですし他の娯楽も堪能してもらいましょう」
こうして彼らは店を後にして娯楽エリアへと繰り出したのであった。
数時間後モルトは非常に満足をしていた。
映画館にゲームセンター、アミューズメント施設古代の娯楽とはなんと素晴らしいことか。
彼の人生を振り返ってみてもこんなに楽しかったことは一度もないだろう。まぁ、人生の半分は奴隷だったため当たり前と言えば当たり前なのだが。
気付くと既に日が傾き始めていた。流石に時間も時間なのでモルトたちは帰ることにした。
「いや~楽しかったですね。」
「ああ、あまりに楽しいものだから時間を忘れてしまった。こんなのは初めてだよ。ありがとう」
「いえいえ、その代わりといっては何ですが明日からバリバリ働いてもらいますからね」
ローナはにししといった風に笑顔を浮かべる。
「そういえば俺はどこに寝泊まりをすればいい?」
「ああ、それなら私の家に居候すればいいですよ」
「いいのか?」
「さっきも言いましたが明日から仕事仲間ですから。多少の融通は聞かせますよ」
その言葉に彼は感極まってしまい涙が零れ落ちた。
「ど、どうしたんですか。私、何か気に障るようなことでも…」
「いや、こんなに幸せな思いしたのが久しぶりで」
ローナは彼の心を垣間見た気がした。そのため優しい笑顔で彼に話しかけた。
「大丈夫ですよ。これから先きっと、もっと大きな幸せが待っていますから。安心してください」
「すまない。ありがとう」
この時、彼は思った。こんなに幸せな未来が待っていたならばあの日々を耐えて良かったと。そしてこんな日々がずっと続くようにと。
モルトが落ち着くと、彼らはバスに乗りローナの家へと向かう。その途中で彼はふと感じた疑問をローナに投げかける。
「この街こんなに大きいがスキル持ちの奴らに襲われたりしないのか?」
その問いにローナは自信満々に答える。
「それなら大丈夫ですよ。なぜか分からないのですが、この街周辺ではスキル持ちはそれを使用することが出来ないんです。スキルが使えないならこちら側が圧倒的に有利ですから」
「そうか、それならいいんだが」
彼はその解答に安堵した。
しかし、安堵するとともに‘本当に大丈夫なのだろうか。慢心し過ぎなのではないのだろうかと漠然とした不安に駆られるのであった。