出会い
どのくらい走っただろうか。逃げ出してから既に十数時間はたっている。
モルトは空腹と疲労により限界を迎えつつあった。
彼も最初のうちは
(適当に走っていれば村の一つは見つかるだろう)
と気楽に考えていたが、あまりに見つからないため流石に焦りを感じてきていた。
そんなとき後ろから声を掛けられた。
「すいません、お兄さん」
振り返るとそこにはやけに大きなリュックを背負った見た目12歳くらいの少女が立っていた。
「何か用か?」
モルトはあまりの疲労からつい強くいってしまったが彼女は飄々とした態度で答えた。
「お兄さん、無能力者ですよね」
「っ!」
彼は無能力者である事を看破されたことに驚きながらも慌てて少女から距離を取り、警戒を強める。
「なぜ分かった?」
「え?」
「なぜ俺が無能力者だと気付いたかを聞いているんだ」
「それは、奴隷服を着ているからですね」
ああ、そうか奴隷服か。彼は納得する。
確かに逃げ出してから彼は服を着替えていなかった。というよりも着替える服も時間もなかっただけなのだが。
この間抜けな問答により彼は少し冷静さを取り戻す。冷静になってみると少女から殺気どころか敵意すら見られない。
彼は自分自身の馬鹿さ加減に呆れながら少し警戒を解き次の質問をする。
「それで、何の用だ?」
「実は私も無能力者なんですよ。それで、この先に私の住んでいる無能力者の街があるから案内をしようかと思って。お兄さん見た感じ迷ってるようでしたでしたし」
モルトは驚愕した。まさか、無能力者の街があっただなんて。
しかし、彼は思ってしまった。これは罠なのではないかと。
世界というものは理不尽の塊である。それなのにこんな都合のいい話があるのだろうか。
一度疑いだすと歯止めがきかなくなる。
だが、ここでこの話を断れば彼は路頭に迷うことになるだろう。もう一度少女を見てみるが殺意、敵意といったものはやはり感じられない。
やはり疑い過ぎなのだろうか。そう考えていると少女が彼に包みを渡してきた。
「お兄さん、多分おなか減ってますよね。よかったらこれ食べてください」
包みを受け取り、それを開けると彼に衝撃が走る。
そこには弁当があったのだ。
十年ぶりに見るまともな食事であり、非常に美味そうに見える。
いつもなら毒などを疑うところだが弁当が放つ魔力によりそのようなことを考えている暇はなかった。彼は吸われるかのように弁当へと手を伸ばす。
おそらくその弁当は一般的な味だっただろう。
しかし、十年もの間干し肉や堅いパンなどしか食べられなかった彼にとってそれは貴族であった時の食事よりも美味しく感じられた。
少女はその食べっぷりに驚きつつもニコニコとした表情で彼のことを見ていた。
一通り食べ終えてから彼は我に返り、少し恥ずかしくなり少女から顔を背ける。
ここでモルトは少女が優しさで自分に声を掛けてくれていたのだとようやく気付き、その少女を疑っていたことに恥ずかしさを覚えた。
しかし、それでもなお彼の中の不信感は消えることは無い。過去に家族に裏切られたことが彼の中にトラウマとして強く残っているのだ。
もちろん信じたい気持ちもある。
その気持ち同士が心の中でぶつかり、混ざり合い彼を葛藤させる。
だが、そんな彼の葛藤に少女の行動が終わりを迎えさせた。
「とてもいい食べっぷりですね。あんなふうに食べられると作った私も嬉しくなります」
そういいながら少女が可愛らしく笑って見せたのだ。
彼にはその笑顔に裏表があるようには感じられなかった。これが彼に少女を信用させる大きな要因となった。
そして、これはトラウマの克服の第一歩となったのだ。
「さっきまで疑うような行動をしてしまってすまなかった。それで、都合のいい話だがその街まで連れて行ってくれないか?」
彼は先ほどまでの態度のせいで断られてしまうかもしれないと思いながら少女に聞く。
しかし、それは無用の心配だった。
「本当ですか!良かった。断られると思っていたので嬉しいです。あ、私ローナっていいます。よろしくお願いします」
「俺は、モルトだ。こちらこそよろしく」
こうして彼は無能力者の街へと向かうことになったのである。
しばらく無言で歩いていたが沈黙に耐えかねたのかローナが話をしてきた。
「そういえばモルトさん、何も持たずに、しかも奴隷服のままだなんてどうやって逃げてきたんですか?」
彼は事の経緯をローナに話した。
すると彼女はひどく驚いた様子で、また興味津々といった感じで質問をしてくる。
「ドラゴンだなんて珍しい…。よく生き延びれましたね。ところで、ドラゴンってどんな感じだったんですか?やっぱり大きくて翼があって炎を吐くような生き物なんですか?非常に気になります」
モルトもその喰いつきぶりに若干戸惑いながら答える。
「そうだな。その認識でほとんどあってると思う」
「そうなんですか、じゃあ遺跡で見たのは間違ってなかったんだ」
ローナは自身の知識を確かめるように頷く。
「それにしてもローナもよくドラゴンのことを知っていたな。実は昔出会ったことでもあのか?」
「まさか。会っていたら私なんてとっくに死んじゃってますよ。実は私、古代文明について研究しているんです。その過程でドラゴンと思われる絵を見ただけなんですよ」
古代文明。彼は自身の記憶を呼び起こす。確か貴族だったころに少し習った気がする。
「古代文明というと神が世界を作った後の最初の文明のことだったか」
その返答にローナはモルトが古代文明に対して興味があると感じたらしく意気揚々と話し出した。
「実はそれ間違っているんですよ。遺跡を調べているうちに分かったんですが、それよりも前にもっと高度な文明が存在したんです」
彼女はさらに話そうとする。
モルトは地雷を踏んでしまったと思いながらどうせ暇だからとその話を大人しく聞くことにした。
「まず、その文明の時代はスキルというものがなかったんですよ。それなのに人々は確立された安全の中で暮らしていたんです。さらに、非常に高度な技術力を持っていて今では考えれないようなものが幾多と存在していたらしいんです。」
この話に彼は疑問を覚えた。
「そんなすごい文明ならなぜ滅びたんだ?それに、神が作る前に存在しているって時点でおかしな話だろ」
これに対してローナはさらに興奮した様子で答える。
「そうなんです。滅んだ理由が全く分からないんです。なぜかそれに関する記述がどこにも見つからないんですよ。あと、神が作る前にって話は私に一つの仮定があるんです。実は神話が間違っているという仮定です。さらにこれに陰謀論的な発想も加えれば誰かが己の利益のために嘘の話を世界に広めたとも考えられるんです。それとスキルの存在です。昔は無かったのに今は当たり前のようにある。むしろないほうがおかしいとされる。しかもスキルが神の贈り物とされている。これっておかしな話じゃないですか。もし私の仮定が正しいのなら神は存在しないし、それならスキルももらえない。やっぱり何か陰謀めいたものを感じるんですよね。こうやって考えてみると非常に面白いと思いませんか」
流石に発想が飛躍しすぎだろうと彼は感じた。
だが、古代文明とやらは確かに存在しているらしい。それならば陰謀論のようなものもあるのではないだろうか。
彼は暫く考え込んでしまい黙っているとローナが
「すみません、私好きなもののこととなるとついつい喋りすぎちゃって…」
と、非常に申し訳なさそうにいってきた。
「いや、大丈夫。むしろ面白い話が聞けて良かった。」
そう答えると彼女は
「本当ですか?」
と彼を期待に満ちた目で見つめてくる。
「ああ、もちろんだ」
彼自身も非常に面白い話が聞けて満足であったし、また興味も湧いてきたためそう答えるとローナは非常に嬉しそうに
「凄く嬉しいです。今までこの話してもみんな興味無さそうだったので…。また今度お話ししに行ってもいいですか?いや、もう遺跡まで一緒に行きましょう!」
とまくし立ててきた。
「そうだな、機会があれば一緒に行こうか」
「はい!」
そんな約束をしているとついに街が見えてくる。
街は周辺を壁で覆われており非常に頑強そうなイメージを彼に与えてきた。
そして、彼らはついに街へと到着したのである。
「さあ、着きましたよ。ここが我ら無能力者の街“アビレス”です」
その予想以上の大きさに戸惑いつつも彼はアビレスへと入っていったのである。