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Mundus ex machina  作者: 嘘(仮)
第二章 暴君の山
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神秘の森

 モルトの傷が治ってから暫くたったころ、ローナは胸に不安を募らせていた。

 モルトが目覚めないのだ。

 呼吸や脈はあるため生きていることは確認できる。

 しかし、一向に目覚める気配がないのである。

 もしかして、このまま一生目覚めないのでは。

 そんな気持ちが彼女の中に生まれる。

 先ほどまでの喜びは消え、彼女の心は再び悲しみに支配されていった。

 モルトが生き返ったと喜んだ直後のことだ、その悲しみは海のように広く深いものであった。

 悲しみに暮れる彼女の袖を野草を持ってきてくれた鹿が引っ張る。

「…何ですか?」

 鹿に対して彼女は期待の目を向ける。

 鹿は彼女を見つめ返した。

 その目は「俺に任せておけ、ついてこい」といっているかのように感じられる。

 そして、鹿は他の仲間にモルトを背中に乗せてもらうと、そのまま森へと歩いていく。

 他に出来ることもない彼女は一抹の希望を胸に鹿についていくと決めた。


 森に入ってから暫く歩いていると突然、霧が出始めてきた。

 霧は非常に濃く、1m先は何も見えないほどであった。

 そんな霧の中を鹿に必死についていくうちに、ローナは奇妙な感覚に襲われる。

 同じ道を延々と歩いている、そんな感覚だ。

 濃い霧がそう錯覚させているのか、それとも本当に同じ道を歩いているのか彼女には分からなかった。

 絶対に鹿から離れてはいけない、離れてしまえば大変なことになる。

 彼女はそんな予感がし、鹿にぴったりとくっついて歩いていくのであった。


 霧の中を三十分ほど歩いていると、ようやく霧が晴れ始めた。

 霧が晴れていくのと同時に、ローナの中の奇妙な感覚が薄れていき、完全に晴れると、その感覚は完全に消えるのであった。

 そして、彼女は霧が晴れたことにより現れた目の前の光景に言葉を失った。

 青々と茂る木々、咲き誇る花々、ガラスのように透明で澄んだ川、小鳥たちのさえずり。

 空気までもがきらめいて見える。

 そこには、あまりにも非現実的で幻想的な美しい空間が広がっていたのだ。

 立ち止まり呆然と景色を眺めているローナをよそに、鹿は慣れた様子で歩いていく。

 暫くして我に返ったのか彼女は急いでその後を追った。

 鹿についていくと家のような場所へと辿り着く。

 鹿が扉を叩く。

「どうしたんだい?」

 そんな声とともに中から一人の青年が出てきた。

 青年はローナ達を見て驚きの表情を浮かべる。

「おやおや、君たちが人間を連れてくるなんて、一体どういう風の吹き回しだい? まぁ、君たちが連れてきたんだ、悪い人間ではないか」

 青年はローナのほうを向くと爽やかな笑みを浮かべる。

「ようこそ、私たちの森へ。とりあえず、そっちの子を見てみようか」

 そういうと青年はモルトを軽々と持ち上げ、そのまま家の中へ入っていった。

 ローナが入っていいものかと迷っていると、中から声が聞こえてくる。

「君も遠慮しないではいっておいで」

 許可を得たことにより彼女も家へと入っていくのだった。

 家に入ると、青年がモルトを診ているところだった。

 彼女が心配そうにしていると、診察が終わったのか青年が声を掛けてくる。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。彼は少し疲れているだけ、数日すれば自然と目を覚ますよ」

 彼女はその言葉に安心した。

 安心したせいだろうか、彼女の中に様々な疑問が浮かび上がってくる。

 そもそもここはどこなんだろうか、目の前の人物は誰で何故ここにいるのか、本当に信用できるのだろうか、そんな疑問だ。

 だが、助けて貰った手前、そんなことを聞くのも失礼かと思って悩んでいると青年が声を掛けてくる。

「どうしたんだい。何か聞きたそうな顔をして。遠慮せずにいってみるといいよ」

 青年の言葉は穏やかで優しいものだった。

 彼女には青年の性格を表しているようにも感じられた。

 そのせいだろうか。彼女は安心感を覚え先ほど考えていたことを青年に聞く。

「あの、ここはどこなんですか? それに、あなたは何故こんなところに一人で住んでいるんですか?」

「なんだ、そんなことで悩んでいたのかい? でも、そうだね。こんな場所にいきなり連れて来られたら気になるよね。じゃあ、自己紹介と、この場所の説明でもしようか。とりあえず、僕の名前かな。そうだね…まぁシルヴァとでも呼んで貰おうか」

 ローナはその言い方に疑問を覚える。

「もしかして、名前がないのですか?」

「あると思うんだけど、長い間使ってなかったせいで覚えてなくてね」

 シルヴァが笑いながら答える。

「それでこの場所についてだね。この場所はよくわからないけど不思議な力で満ち溢れているんだ。その力はこの場所に存在する全ての植物や生物に影響する。例えば、ここに生え続けた薬草は通常の薬草の何十倍もの効力を発揮するんだよ。まぁその分デメリットも大きくなるんだけど。そのおかげでこの場所の生物は皆、生き生きとしているわけだ」

 少し疲れたのかシルヴァは一呼吸を入れると、話を再開する。

「さて、次は僕に関してだね。僕はこの場所に千年以上前から住んでいる。確か、戦火を逃れて偶然ここに辿り着いたんだっけ。それから、ここで暮らし始めたんだ。ここで暮らしているわけだから僕の体にも影響があった。その結果、僕は動物と会話できる力と半不老不死という厄介極まりない力を手に入れてしまったんだ。だから、どうしようもないからここに住んでいるんだ」

 これらの説明はローナにとって想像もできないようなことばかりであった。

 だが、それが事実だとすれば彼女にとっては非常に喜ばしいことである。

 数千年前に生きていた人物。つまり、古代文明について知っている可能性があるからだ。

 他にも気になる点があった。

 薬草の話である。

 もし、鹿が持ってきた野草がそうだとしたら、デメリットとはいったい何なのだろうか。

 そのデメリットのせいでモルトに危険が及ぶようなことはあるのだろうか。

 そんな疑問により彼女の心にまた不安が芽生える。

 古代文明についても気になるが、彼女はモルトのほうが心配で先に野草について聞くのだった。

「モルトさん…倒れてる彼にさっきの薬草を飲ませたんですがデメリットって何なんですか?」

「薬草? ああ、鹿が持ってたのかな。あの薬草は飲むと自己治癒能力を著しく向上させる代わりに、使用者に多大な疲労を与えるんだ。そのせいで数日は目を覚まさない。それがデメリット。だから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」

 シルヴァの言葉に彼女は今度こそ安心する。

「それにしても、そんな事態になるだなんて。森も騒がしかったし、外で何があったのか教えてもらえるかな?」

 ローナはさっきまでの巨狼との戦闘についてシルヴァに説明をする。

 すると、シルヴァは懐かしそうに眼を細める。

「あいつもついに倒されたのか…」

「知っているんですか?」

「もちろん。あいつとは親友だったからな」

 ローナが顔を暗くする。

「ああ、そんなに思いつめなくてもいいよ。今まで多くの動物を無意味に殺してきたんだ。因果応報だろう。あいつも君らを恨むようなことはしないさ」

 ふと気が付くと外は暗くなり始めていた。

「さて、僕はそろそろ休むとするよ。君も好きな部屋を使っていいから、彼が目覚めるまではこの場所でゆっくりしていくといいよ」

 シルヴァはそういうと彼の寝室へと歩いて行く。

 一人取り残されたローナは窓から外を見る。

 空を見上げると一面の星空である。

 その星空を見ながら彼女は一人、自分のこと、モルトのこと、これからのことについて考える。

 スキル持ちとの勝負での完敗、巨狼との戦闘では辛勝。

 これからの旅では彼ら以上に強いものが現れる可能性がある。

 それに最終目標の自称神、その強さはおそらくどんな敵よりも優るのであろう。

 そんな奴相手に自分たちは無事でいられるのだろうか。

 そもそも、道中を無事に終えることが出来るのだろうか。

 彼女はそんな不安を密かに胸に抱くのであった。


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