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Mundus ex machina  作者: 嘘(仮)
第二章 暴君の山
15/29

岩山の戦い

 洞窟を出て暫くしたとき、モルトは後ろから強烈な殺気を感じ取った。

 本能的に危機を感じ、彼はローナを抱えて横へと飛ぶ。

 彼が飛んだ直後、先ほどまで歩いていた場所に炎の剣が振り下ろされた。

 かなりの熱量を持っていたのだろう、振り下ろされた箇所はドロドロと溶けだし湯気をあげる。

「まさか気付かれるとは思わなかったよ、無能力者」

 湯気により顔は見えないが、その聞き覚えのある声に彼は相手が誰なのか気付いた。

「街を破壊した奴か」

「さて、どうだろうな!」

 男はそういいながら剣を横に薙ぎ払った。

 モルトはローナを抱えながら後ろへ飛び、避けた。

 ところが、剣が帯びている熱気が強すぎたのだろう、剣に触れていないにも関わらず彼は腕に火傷を負ってしまった。

 男が地面から剣を離したことにより湯気が晴れ、顔が明らかとなる。

「やはりな」

 その顔を見て彼は確信する。

 男はやはり街を襲撃した人物であったのだ。

 男の顔をみてローナも気付いたのか、彼女の顔が憎しみに歪んだ。

「私も戦います」

 彼女はモルトの腕から抜け出すと銃を構え臨戦態勢へと移る。

 モルトも武器を構え、その場に緊迫した空気が流れ始めた。

 ところが、男の後方から放たれた緊張感のない声に雰囲気は壊された。

「イーノス君、そんなに殺気を振り撒いてたら気付かれて当然だよ」

 男の後ろから、にやけた女が現れる。

「ちっ、いいとこだったんだから邪魔すんじゃねぇよ」

「私のありがたいアドバイスなんだ。しかと、胸に受け取るべきだと思うぞ。ところで、あそこの二人が君のいってた奴?」

「ああ、そうだよ」

 イーノスが不機嫌そうに答える。

「ふーん、そう」

 女がモルト達へと近づく。

 それに合わせ、彼らも再び構え直した。

「まぁまぁそんなに警戒しないで、ちょっと自己紹介するだけだから。私はセット。よろしくね」

 セットの不可解な行動にローナは思わず声を出した。

「ふざけているんですか。私たちは今から命のやり取りをするんですよ」

 どの様な答えであれ言葉を返してくれたのが嬉しかったのだろうか。セットは不気味な笑みを浮かべる。

「イーノス、私この子貰うから」

「勝手にしろ」

「ありがとう、それじゃあ勝手にさせて貰うよ」

 セットがさらにローナへと近づいていった。


「さて、続きを始めるとしようか」

 イーノスがモルトに向き直り、再び緊迫した空気が流れ始める。

 その状態のまま二人は暫くの間動かないでいた。

 互いに互いを牽制しているのだ。

 彼らは前回の戦いでお互いの実力を把握していた。

 彼らの実力、それはスキルを抜きで考えれば、ほぼ同等のものである。

 下手に動けば負けるのは動いたほう。それ故に起こった硬直状態。

 そんな状態の中、先に攻撃を仕掛けたのはイーノスであった。

 彼は炎剣を振りかぶり叩きつけるようにモルトを切りつける。

 それをモルトは後ろに下がることで回避する。

 当然である。彼にはイーノスの攻撃を受けることが出来ないのだ。

 もし、攻撃を受け止めるようなことをすれば敵の剣の熱でナイフなど瞬時に溶かされ、胴体に致命傷を与えられてしまう。

 さらに、炎剣のせいで彼は攻撃をすることもままならなくなっていた。

 少し近づいただけで火傷をしてしまうような熱気。もし、近接戦闘を行うならばイーノスの隙を突き、後方から攻撃するほかないだろう。

 同じ実力の相手にそんなことが出来れば、の話であるが。

 故に、そんなものを持っている相手に近づいて攻撃をするなど自殺行為である。

 互いの実力はほぼ同じでもこの戦いはイーノス側に圧倒的に有利であった。

 今のモルトにとって、自身に炎が効かないせいかイーノスがそのことに気が付いていないということが唯一の救いだといえるだろう。

 最も、それも気付かれてしまえば彼の勝ち目はほぼ0ともいえる。

(近づいて戦うのは不可能だ。ならば、銃で遠距離から攻撃するしかない。あいつには既に銃の存在は知られていて当てるのは困難だろう。勝つには、奴に隙を作ってそこで急所に打ち込まなくては…。だが、どうやって隙を作る?)

「どうした、防戦一方か?」

 彼が考えている間もイーノスの猛攻はやまない。

 攻撃こそ避け続けているが、剣が振られるたびモルトは体に火傷を負っていく。

(このままではまずい。いずれ体力が尽き負けてしまう。どうすれば、奴に防御されずに銃を撃ち込める? いや、何も銃でなくても遠距離攻撃は出来る。この方法ならば…)

 発想の転換である。

 彼の思いついた作戦は恐らく誰も考えはしない、仮に思いついたとしても実行はしないであろう方法であった。


 イーノスは攻撃をしながら若干の苛立ちを覚えていた。

 その苛立ちの理由は現在の状況にあった。

 今、戦闘はイーノスの攻撃をモルトが全て避け続けているという状態だ。

 このまま攻撃を続けていけばいずれはモルトの体力が尽きイーノスが勝つことは明らかである。

 つまり、このままならば彼の勝利は約束されているのである。

 彼はそれが気に入らないのだ。

 約束された勝利に向かい剣を振るう、それは退屈な作業を淡々とこなしているような錯覚を彼に与えているのだ。

 そんな状態が続き、彼の苛立ちが最高潮に達したときだった。

 ついに、モルトが動く。

 イーノスの攻撃を後ろに大きく避けることにより彼は距離を離す。それと同時に懐から何かを取り出し構えた。

 ようやく何か仕掛けてくるのか、そう期待したイーノスだったが構えたものを見て失望した。

 モルトが構えていたもの、それは前回の戦いのときにも使用していた遠距離武器だったのだ。

「僕に同じ手が二度も通じると思うんじゃねぇよ」

 モルトが遠距離攻撃を放つと同時に、彼は自身の目の前に炎の壁を作り出す。

 超高温の壁により、飛んできた攻撃は瞬時に溶かされイーノスに届くことはない。

(やはりこんなもんか)

 敵の攻撃する音も聞こえなかったため、彼は炎の壁を消し去る。

 消した瞬間、彼は目の前の光景に衝撃を受けた。

 目の前にナイフが飛んで来ていたのだ。

 距離的に壁を作りナイフを防ぐのは不可能であり、避けようにも既にそんな時間すら存在しなかった。

 そのため、ナイフは彼に深々と刺さるのであった。


 モルトは自身の作戦が上手くいったことに安堵した。

 彼の考えた作戦は銃を囮にナイフを投げて攻撃するというものである。

 ナイフを投げて使う、その発想の転換が功を成したのだ。

 彼の持っている近接武器はナイフのみで、それ以外は遠距離武器である。

 その遠距離武器は、全てイーノスには通用しないためナイフを失えば彼の勝利は無くなってしまう。

 それ故に誰も生命線であるナイフを投げてくるなど考えないのだ。

 だが、作戦は成功しても勝利の女神を呼び込むことは出来なかったらしい。

 イーノスが立ち上がり、ナイフを抜き取ると投げ捨てる。

 ナイフが刺さった場所、それはイーノスの心臓部よりも少し左側、ぎりぎり急所にならない位置だったのだ。

「まさか、ナイフを投げてくるとはなぁ。最後の最後に少しヒヤッとしたよ。だけど、これでもう詰み、だよなぁ」

 イーノスがじりじりとモルトへ近づいていく。

(くそっ、あと少しのところだったのに。なぜ、もう少しだけ右に刺さらなかったんだ。こんなところで少し運が悪かっただけで死ぬだなんて、冗談じゃない!)

 モルトは最後の抵抗に銃を乱射した。

 その攻撃は当たり前のように全て防がれてしまう。

 彼にこれ以上作戦は無かった。思いつくこともできない。

 彼は絶体絶命の状態へ立たされるのであった。


「おチビちゃんの相手は私がすることになったから。おチビちゃんにはちょっと厳しいかもしれないけど頑張ってね」

 ローナへとセットが近づいていく。

 ‘おチビちゃん’と呼ばれたことが気に入らなかったらしい。

 売り言葉に買い言葉で彼女はセットに言葉を返す。

「あまり馬鹿にしないでください、オバサン。オバサンこそ張り切り過ぎて腰でも痛めないように注意したほうがいいですよ」

「オバ…。優しいお姉さんから小娘にアドバイスをあげよう。大人に対してその態度はよくないから改めたほうがいいよ」

「本当のことをいうことの何が悪いんですか。オ・バ・サ・ン」

 何度もオバサンといわれ流石にセットも我慢できなくなったのだろう。彼女の顔に青筋が浮かび上がる。

「いい加減にしないと楽には殺してあげないよ、糞餓鬼」

「なに私に勝った気になっているんですか? 戦いも始まっていないのに随分と余裕ですね」

 先ほどまで青筋を浮かべていたセットだったが、ローナの言葉を聞いた途端ケタケタと笑い出した。

「何が可笑しいんですか」

 ローナの質問に対し、セットは笑いを堪えるのに必死といった風に言葉を返す。

「いや、戦いが始まっていないって。始まってないどころか既に終わっているのにそんなこと言うから面白くって」

「何を言っているんです…っ!」

 突如ローナの脳内に膨大な量の情報が送り込まれてくる。

 そのあまりの量に脳の処理が追い付かず、彼女は激しい頭痛に襲われた。

「どう、それだけの情報を送り込まれたら頭痛で動くこともできないでしょ。あなたの波長を調べるためにわざわざ話していたんだよ。それに気づかないで‘まだ戦いは始めっていない’だなんて本当にお笑いだよね」

 セットが手にナイフを持ってゆっくりとローナに近づく。

「せめて一息に殺してあげるから安心してね」

 セットがナイフを振りかぶる。

「あまり…舐めないでください」

 ナイフを振り下ろされる寸前にローナがセットへ体当たりをした。

 予想外の出来事にセットは対応できず体勢を崩す。

 その隙にローナはセットから距離を離すのであった。

「まさか、まだ動けるだなんて驚きだよ」

「その程度の…攻撃で…私が倒れるわけないですよ…」

 これはもちろん彼女の強がりである。

 激しい頭痛の中、彼女は動くことを拒む体を気合でねじ伏せ、無理矢理動かしているのだ。

 正直、立っているのがやっとといった風である。

「動けるとはいっても流石にフラフラだね。そんなんで勝てるわけないよねぇ」

 セットがローナに攻撃を仕掛ける。

 その攻撃を何とかナイフで受け流す。

 だが、ただでさえ近接戦闘が苦手なローナが頭痛で体をうまく動かせていないのだ。彼女は徐々にセットにより追い詰められてゆく。

 そして、ついにナイフを飛ばされてしまった。

「さて、そろそろ本当に終わりだね」

 それでも諦めず彼女はセットの攻撃を躱していくが、それもすぐに限界を迎える。

 彼女もまた絶体絶命の状態へと追い込まれるのであった。


 モルトとローナが追い詰められた先、そこは偶然か必然が同じ場所であった。

「大丈夫か、ローナ」

「すみません。正直…無理です。モルトさんは」

「残念だが、こっちも勝てそうにない」

 奇跡的に合流を果たした彼らだったが、彼らには既にどんな手も残されていなかった。

 彼らに出来ることは、死を受け入れ待つことだけであったのだ。

「あれ、イーノス君、なんか怪我してるけどもしかして苦戦してた?」

「この程度の相手に苦戦? そんなわけあるかよ。それよりもさっさと殺すぞ」

「はいはい」

 イーノス達はとどめを刺すため、モルト達に近づいていった。


 岩山の上、モルト達の戦闘音を聞きつけたものが現れる。

 それが現れたとき戦闘は既に最終局面、イーノス達によりモルト達が殺される寸前であった。

 それの目的はただ一つ、自分の獲物を自分で葬ることである。

 そのため、他の者に獲物を狩られるわけにはいかないのだ。

 自身の目的の為、それはすぐに岩山を飛び降りるのであった。


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