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Mundus ex machina  作者: 嘘(仮)
第二章 暴君の山
13/29

巨狼

 巨狼がモルト達に対して咆哮を上げる。

 それは非常に野太く、周りに存在するもの全てを縮み上がらせるかのような恐ろしい咆哮であった。

「狼の群れの長程度なら倒せると思っていたがこれは…」

「こ、こんなの倒すとか絶対無理ですよぉ。早く逃げましょう」

「ああ、そうするしかないな」

 ローナは近くの荷物を素早く拾うとその場を逃げ出そうとする。

 彼もローナに倣い手早く近くのものを拾う。

(木々が覆い茂っている場所に逃げこめばあの巨体では追ってきにくいはず)

「森だ、森の中へと逃げこめ」

「分かりました」

 彼らはすぐに森の中へと逃げこんでいった。

 しかし、彼は自身の考えが非常に楽観的なものであったことを思い知らされることとなる。

 巨狼が追いかけてきたのだ。それも木々をその巨体でへし折りながらである。

 そう、巨狼の前では障害物などまるで意味をなさないのだ。

(っ! なんだよそれ反則だろ)

 彼は心の中で愚痴を零す。だが、どれだけ愚痴を零したところで状況が変わることなどは無い。

(このままでは確実に追い付かれる。じゃあどうする、あれと戦うのか?)

(いや、無理だ。あんなのと戦ったても勝てるはずがない。だが逃げ切ることだって可能かどうか)

 そうこう考えている間にも巨狼と彼らの距離は着実に近づいてきていた。

「モ、モルトさんまずいですよ。このままじゃ追い付かれてしまいますよ」

「分かってる。分かってるがどうしようもないんだよ。とにかく逃げ続けるしか道は無いんだ、全力で逃げろ」

 彼は今まで幾度となく閃きで窮地を脱してきた。しかし、流石に今回は相手が悪すぎた。このような状況ではできることなど何もないのだ。

 もし仮に、彼が何かを閃いたとしてもそのような小手先の発想など圧倒的力の前では全くの無意味。彼らにできることは本当に走ることしか残されていなかったのである。

「あっ」

 小さな声を残し突如として彼の隣からローナの姿が消える。

「ローナ!?」

 彼が後ろを振り返ると地面に倒れたローナが目に入った。

「大丈夫か! 今行く」

 しかし、ローナはそれを拒んだ。

「来てはだめです!来たらモルトさんも確実に殺されてします。私を見捨てればモルトさんだけでも助かるかもしれません」

「だが」

「いいんです。私たちには目的がありますよね。それを達するためにはどちらか一人は生きてなくては無理です。だから、私の代わりにモルトさんがそれを達成してください」

 そんな会話をしているうちに巨狼は既にローナへと追い付いていた。

 ところが、巨狼はすぐにローナを殺すようなことはしなかった。

 強者の余裕とでもいうのだろうか、彼らの会話が終わるのを待っているのだ。

「それじゃあ、お願いします。モルトさん」

「すまない、ありがとう」

 モルトは断腸の思いでローナを見捨てることを決めその場から逃げ出した。


 巨狼から逃げた後、モルトは一人、岩山を歩いていた。

 彼は深く後悔していた。

 なぜあの場から逃げ出してしまったのか。もしかしたら何かローナを助ける方法があったのではないか。そんな自責の念により押しつぶされそうになる。

 実際、彼のこの行動は正しいものであった。

 あの状況下ではたとえ何をしようとも彼ではローナを救うことが出来ないからである。

 それでも逃げなければ助けられた、だなんて思うのは彼の傲慢である。

 だがそうは思わずにはいられないのだ。このようなことがあれば人間誰しも彼のようなことを考えるであろう。そして、この先の人生でそのものの死について一生後悔し続けるようになるのであろう。

 彼はローナのことを思い出す。

 両親に裏切られ人間不信に陥っている時、こちらの態度を気にせず自分に優しく接してくれたこと。

 右も左も分からない自分に街を案内してくれた上、衣食住を提供してくれたこと。

 彼が今、世界で唯一信用することが出来ていたということ。

 彼はいなくなって初めて気づく、ローナという存在が自分の中でいかに大きいものであったかを。

 その存在を無くした彼には見るもの全てが灰色に見える。

「モルトさーん」

 彼は不意に後ろからローナに呼ばれたような気がした。

 後ろを振り向くとそこには笑顔で走ってくるローナが見える。

(幻聴に幻覚か、俺も相当精神にきているらしいな)

 彼は幻覚など相手にしていられないと足を進める。

「モルトさん、待ってください」

 後方からさらに声が聞こえる。

 その声により彼の気持ちは取り一層落ち込んでいく。

(俺のせいで、ローナは…)

 その気持ちのせいだろうか。彼は立ち止まり、その場に膝をつく。

「くそっ! 俺がしっかりと見張りをしていれば! あの場で逃げ出さずに巨狼に立ち向かっていけば! ローナは、ローナは!」

 彼は自身の拳を地面へと叩きつけた。目からは涙が地面へと落ちる。

「モルトさん、無視しないさい!」

 また声が聞こえてくる。それも先ほどよりも心なしか近くなっているように感じられた。

(俺もいよいよもってだめということか…)

 もういっそこのまま死んでしまおうか、そんなことを考えていると彼は後ろから誰かに抱き着かれた。

「大丈夫ですよ、まだ私は生きています」

 その声は彼の耳元で聞こえた。

 背中には人の温かさを感じた。

 その声はまるで彼の心を読んでいるかのように彼の欲している言葉を続けた。

「幻覚でも妄想でもなく、私はちゃんとここに存在しています」

 彼は後ろを振り向いた。

 そこにはローナがいた。幻覚でも妄想でもない、生きている彼女が彼を抱きしめていたのだ。

「生きて…いた…のか?」

「もちろんです」

 彼はローナの体に触れた。触れて、そこから彼女が消えてしまわないように力いっぱい抱きしめた。

 彼の世界に色が戻る。

「モルトさん、痛いですよ」

 ローナは笑顔で答える。

「良かった、本当に良かった」

 彼の目からぽろぽろと涙が溢れる。

 彼はしばらくの間、声を上げて泣き続けるのであった。


「取り乱してすまなかった」

 彼は落ち着くとすぐに平然とした態度を取り繕う。

「いえいえ、モルトさんも可愛いところあるんですね」

「う、うるさい。それよりどうやって逃げてきたんだ?」

「それが運がよくてですね」

 ローナが彼の去った後の状況を説明し始めた。


「逃げ切ってくださいね、モルトさん」

 モルトが去ったあとローナが巨狼のほうを見る。

 だが巨狼はいまだに動こうとしない。

 まるで、追い詰められた獲物が生に縋る無様な姿を楽しむがごとく巨狼は彼女のことを観察しているのだ。

 ローナはその間も身動き一つせずじっと巨狼の顔を睨みつけていた。

 数分の時が経つ、流石に巨狼も全く動かないローナに飽きたのかついに彼女へと噛みつこうとした。

 このとき巨狼は大事なことを忘れていた。自身の圧倒的強さによりうまれる慢心から最も基本的なことを忘れていたのだ。生を諦めた獲物の恐ろしさというものを。

「せめてもの抵抗ですよ」

 巨狼はローナの雰囲気が変わったこと危険を感じ顔を引っ込めた。

 それと同時にローナが会話中に準備していた散弾銃の引き金を引いた。

 辺りにけたたましく銃声が響き渡った。

 その銃弾は巨狼に当たることは無かった。

 流石に距離が近すぎたのだ。それでは散弾銃と言えども広範囲をカバーすることは出来ない。

 ところが、どいゆうわけか巨狼は悶えその場にうずくまった。

「た、助かった?」

 理由は不明だがローナは奇跡的に助かったのである。

「モルトさんを追わないと」

 彼女は巨狼が復活しないうちにモルトを追いその場から逃げ出すのであった。


 ローナが説明を終える。

「そんなことが、何がともあれローナが無事で良かった」

 その時、遠くから巨狼の遠吠えが聞こえた。

「目が覚めたみたいですね。相当怒っているようですし、とりあえずどこかに隠れませんか」

「それがいいかもな」

 彼らは近くにあった洞窟に身を隠す。

 運がいいことに、その洞窟は幅が小さく奥が深いものであった。

「これならば少し休憩できそうだな」

 彼らは疲れた体を休めるべく、洞窟内で横になる。

 外からはいまだに怒り狂った巨狼の遠吠えが聞こえていた。


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