水、食料
今までの部分に改行を入れました。今回の分からも読みやすいように心がけていきたいと思います。ただ、改行がまだまだ下手です…。
モルト達が山を登り始めてから数時間が経った。登山は彼らが想像していたよりもはるかに厳しいものであった。
この山は勾配こそ急ではないものの草木が多い茂り、それらが足に絡まるので非常に歩き辛い。それに加え、動物はいるのに獣道のようなものもほとんどない。仮にあったとしても周りの草木に隠されてしまっていて見つけるのは困難である。まるで、山全体が彼らの侵入を拒んでいるかのようにすら思える。
そして、彼らにさらに追い打ちをかけるかのように新たな問題が発生する。
「水、無くなっちゃいました…」
水不足である。もともと日帰りの予定だったため、持って行った水の量が少なかったうえに今日はそのあまりを飲んでいる。そんなもの登山なんてしたらあっという間になくなるのは考えれば誰でも分かる。むしろ、それが数時間も持っただけでも奇跡といえるだろう。
(くそっ。完全に失念していた)
彼も普段ならばこんなミスは犯さないだろう。自称神を倒せる可能性を見出した興奮や高揚感が彼の気を緩めてしまったのだ。
「この辺に川でもあればいいんだが」
「そんなものが都合よくあったら苦労しませんよ…」
「どうしたものか…」
「…」
彼はこの状況の打開策を考える。水分の多い食物を探す、今日中に山を越える、一度戻って探す、案ならいくらでも出てくるが現実的なものは無い。
(どこかに水の代わりになるものは無いのか)
その時、彼はある考えを思いつく。
今この状況で水分を多く保有しているのは自分たち人間。ならばそこから水分を調達できれば一時的にはしのげる可能性がある。最も手っ取り早く、最も安全な方法で水を人間から調達する方法。
(尿か…。だめだ、これはだめだ。人としての尊厳が無くなってしまう気がする。だが、最悪の場合やらざるを得ないのか?)
彼もこのような考えに至るほどに憔悴していた。街の滅亡、敵との死闘、その次の日にはこの過酷な環境だ。無理もない。この状況で完璧に精神状態を保っている人がいるとすればその人物の精神は既に人の域を越しているだろう。
そんな疲れ切ったモルト達はさらに数時間の間、気合で山を登り続けた。
「も、もう無理です…」
流石に気合ではどうにもならなくなったらしい。ついにローナが根を上げ、地面に腰を下ろす。
「少し、休むか」
彼もローナにつられ腰を下ろし、休憩にする。
彼自身も分かっていた。こんなところで休憩しようと意味がないことを。結局、いくら休もうと水がないのだ。少なくともこのままでは二人とも干からびて死んでしまう。そんな考えがローナにもあったのか休憩の間、二人の間に会話はなく、ひどく重苦しい空気が漂っていた。しかし、この重い雰囲気が彼らの状況を好転させる。
「何か音がしませんか?」
ローナのその言葉に彼も耳を傾ける。
ピチャ
何かが聞こえた気がした。彼は耳を澄ましよく聞こうとする。
ザーザー
今度ははっきりと聞こえる。
「水だ。水が流れる音、近くに川か何かがあるんだ」
二人は顔を見合わせる。そして、今まで疲れて座っていたのが嘘であるかのようであったように音に向って走り出した。
水が無くなってから数時間もの間、気合で山を登っていたのだ。二人が必死になるのも当然だろう。
音が近づいてきたとき辺りが開けた。なんという僥倖か。どうやら川付近は少し広い空間となっていたのだ。さらに、水飲み場なのか何匹かの動物を確認できることから水がきれいであることも伺える。
「運がいい。これなら飲み水だけでなく食料調達も出来るかもしれない」
自分の運も捨てたもんじゃないと思いながら、彼は水を手に入れるため川へと近づく。その様子に野生動物は警戒してどこかへ走り去ってしまった。
「ああ、行っちゃいましたね」
「まぁ、動物はいい。近くにいるだろうし、どうせまた水を飲みに来る。それよりも水だ」
彼は川に近づくとその水を飲みほさんばかりの勢いで飲む。その水は冷たく非常においしい。腕や足、その指先などの末端部にまで水が染み渡る。
気付くと彼の横でローナも水を必死に飲んでいた。その顔は非常に幸せそうであった。
暫くして満足したのか二人は飲むのを止めた。
「ローナ、今日はここで野宿にしないか」
時刻はお昼を少し過ぎたくらい、準備をするのには少し早い時間での提案。普通ならもう少し登ろうと考えてもおかしくない。だが、ローナもそれに賛成する。
「そうですね、とりあえずは今日ここで寝ることにしましょう。ただ、その前に数日分の食料調達ですよね」
「ああ、その通りだ」
彼らが少し早いにも関わらず野宿場所を決定した理由、それは明日以降の準備の為である。彼は、この付近にならば野生の動物がそれなりにいて狩りをしやすいと踏んだのだ。それ以外にも単純に野宿しやすいというものもある。
「それじゃあ二手に分かれましょう。どちらが多く狩れるか勝負です」
そういうとローナは意気揚々と山の中へと入っていった。それを見て彼も反対方向へと足を進めるのであった。
木々をかき分けながらモルトは山を進んでいた。
彼は登山の途中で少なくとも猪や鹿を見ている。そのためのどちらかを狩ろうと探していのだが一向に見つからない。先ほどまでは川辺で水を飲んでいた鹿がいたのだから近くにいてもおかしくはないはずだ。それでもなぜか見つからないのである。
しばらく歩いていると木の裏に動物の足を見つけた。ようやく一匹目だと思い彼が近づく。しかし、そこにあったのは生きている動物ではなく無残に殺された鹿の死体のみだった。
彼は死体をよく観察する。はらわたが食い千切られていて、内臓もぐちゃぐちゃに食い破られている。近くには子供と思われる死体も転がっていた。さっきの親子が何者かによって食い殺されたのだろう。
(この山には狼か何かがいるのか。注意しなくては)
彼はその後、注意しながら山を探索したが発見できたのは死体だけ。肉食動物どころか獲物である草食動物すら発見できなかった。このことが彼に山に潜む何かがいることを確信させる。それも普通の肉食動物ではないもっと危険な存在であるということを。
そうこうしているうちに段々と日が傾いてきた。結局、何も狩ることは出来なかったが彼は野宿場所に戻ることにした。
ローナは鼻歌交じりに山を歩いていた。彼女は今、非常に機嫌がいい。さきほど飛び出してから少し探しただけで鹿や猪、野ウサギなどを発見し、そのすべてを狩ることに成功している。その後も少し探すだけで様々な獲物を発見できている。こんなに運がいいのだ機嫌が良くなって当然である。
「これで最後にしましょう。これならモルトさんにも楽勝ですね」
そんなことを言いながら、たった今狩り終えたばかりの猪を引きずって野宿場所へと帰る。
彼女が今、唯一面倒なことと言えば狩るたびに獲物を野宿場所へと持って帰らなければならないことだろう。だがそれも今日の夜以降の食事について考えればどうでもよくなる。肉が食べられるのだ。彼女は旅をするといった時点で肉を食べるのは無理だろうと半ば諦めていた。ところが、彼女は今日大量の肉を確保した。これにより明日、明後日、いやもっと先まで肉を食べることが出来るのだ。そう思えば獲物を運ぶ作業だって彼女には楽しく感じた。
そんな幸せな状態の彼女にも気になっていることがあった。先ほどから狩っている獲物の様子だ。どうゆうわけかほぼ全部の獲物が何かから逃げるかのように同じ方向から走ってきているのだ。ただの肉食動物が襲ってきたと考えるとしても動物達の怯え方や逃げてくる個体数が尋常ではない。これにより、彼女も察する。この山に何か危険な存在がいるということを。そして、それに対する恐怖も生まれる。彼女はその恐怖を胸に秘めながら帰路を急ぐのであった。