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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

月食の森

作者: 長村月夜

 満月の夜。しかし月が雲に隠れてしまい、夜は特に光が地面まで届きにくい森がさらに深い闇に包まれている。

少年が一人、森の中の道を小さなランタンを持って歩いていた。

明かりは小さく、森の闇を切り裂くには余りに頼りない。虫や動物の声を聞きながら道を進んでいくと、何処からかピアノの音がかすかに聞こえてくることに気がついた。


 こんな夜の森にピアノの音が聞こえてくることが薄気味悪く、少年は足を速めた。

しかし、不思議なことにピアノの音は少しづつはっきりと聞こえてくる。

薄気味悪いから、少年はとにかく音を無視して道をひた歩いていた。

少年の表情には薄気味悪さだけではなく、後悔もにじみ出ていた。

それでもやはりピアノの音色は聞こえてくる。

それも無視するには、この世のものとは思えないほど美しく、そして悲しげな旋律なのである。

だんだんと無視できなくなって来た時に、ふと誰がこんな夜更けに森でピアノを弾いているのだろうか?と、気になってきた。


 少年はいつの間にか、音色に誘われるように道を外れていく。

道のすぐそばにある流れの穏やかな小川を越え、さらに進むと不意に開けた場所に出た。

不思議なことに満月で雲もそう厚く垂れ込めていないのに、いつの間にやら闇が濃くなっている。

そして、闇の中に浮かび上がる様にして一台のピアノが広場にはあった。


 さっきから聞こえているピアノの音色はどうやらここから出ているようであった。

しかしランタンを向けてみてもピアノを引いている人影は見つけることができない。

光を向けながら恐る恐る近寄ってもやはり誰もいない。

そのことが恐ろしくなり、暗いことも忘れて後ずさり、木の根に躓いて盛大にひっくり返ってしまった。


 そして…あるべきものがなくなっている違和感に気がついてしまった…。

転んだら、森の中だから当然小枝などを折る音がするはずである。

さらに少し前までは虫や動物の声が聞こえるはずである。つまり、ピアノの音色以外の音が消えていることに・・・。


 不意に月光が広場に差し込んで、ピアノの影が現れた。

そして、それにはあるはずの無い影があった。

そう、ピアノを弾いている人がまるでその場にいるかのような部分が。

月光で明るくなっても目には奏者が見えないにもかかわらず。

「ウソだろう!!」

少年が思わずつぶやくと、それまで鳴り響いていた音がぴたりと止まった。

そして、人の形をした影が、少年のほうを向くような動きをした。

やがて、重なるはずが無い少年と影の視線が重なったような気がした。

その時、少年はいきなり影の主がはっきりと見えてしまった。


 影の主は、妙齢の美女だが、人目で人ではないモノだとわかった。

なぜなら、顔色が異様に青白く、唇が鮮やかな緑色だったから。

「おや、こんなところに美味しそうな人の子がおる。」

そんなことを言いながらモノは立ち上がり、凄絶な笑みを浮かべながら少年へとすべるように音も無く近づいてきた。

「うわぁぁ…。」

恐怖と驚きで固まっていた体が、叫ぶことで動きを取り戻した。

そして、少年は一目散に森の中へ逃げていった。

「そう簡単に逃げれると思うなよ。もっとおびえろ、そうすればさらに美味しくなる。」

モノは、それは嬉しそうに笑むと、じわじわと獲物を追い詰めるために少年を追い始めた。


 少年は、息を弾ませて必死に走った。

振り向く間も惜しんでただひたすらに。

振り向かなくとも、モノが追いかけてくる気配を感じながら。

直感で命の危険をひしひしと強く感じながら。

月はまた雲に隠れ、また闇が濃くなった。

その中を小さなランタンのみを頼りにわき目も振らずに少年はひた走った。

しかし木の根に躓きながら転ぶように走っているので、気ばかりが焦ってしまう。

しかも走っても走っても、モノがじわじわと距離をつめるようにして追いかけてくるのを感じながら。


 何処をどれだけ走ったかわからなくなり、さらに疲れによって足元がおぼつかなくなってきた頃。

ついに、木の根に躓いて盛大に転んでしまった。

そこはちょうど川のすぐそばで、ちょっとした急な坂になっていた。

そのために少年はさらに勢いづいてしまい、川まで転がり落ちてしまった。

さらについていないことに、ランタンは川に落ち、割れてしまった。

それでも必死になって這うように川に向かって少年は進んでいく。


 対岸に片手がついてほっとした瞬間、ふいにモノの息遣いを感じた。

そしてついに少年はモノに足を掴まれてしまった。

「さあ、捕まえた。」

モノはすごく嬉しそうに笑むと、強い力で少年のあごを持ち上げて顔に近づけていく。

あきらめきれずに必死に抵抗するが、まったく通じていない。


 もう駄目か…。そう思ったとき、偶然にも雲が切れ、月が再び顔を出した。

そして、木々の間を抜けて水面まで月光が届いた。

「ギャア!!」

その瞬間、モノは醜く叫ぶと、手の力が抜けて少年を落としてしまった。

そして、大事な獲物を落としたことにも気がつかずに、なりふり構わずに元の岸へ向かっていく。

少年は唖然としてそのまま川の中でモノをぼうっと見つめていた。

空はどうやら雲が晴れたらしく、水面は月光を映して輝いている。

岸に上がったモノは苦しそうに、そして憎悪の目で水面と少年を見ている。

しかし木にすがってたつのが精一杯のようで、もう少年を追ってくることはなさそうであった。

それに気がつき、モノの気が変わらぬうちに、ほうほうの体で村へ帰っていった。



 後日、村の物知りの老人にこのことを聞いてみた。

すると、「お前はとても運がよかったのぉ…。」とつぶやいた後に、この村に伝わる伝説を教えてくれた。


 この村の北にある森には、満月の月食のときにのみ現れるモノがいる。

そのモノは、この世のものとは思えぬ美しさの旋律を奏で、人をおびき寄せる。

そして、そのモノの姿を見た人の生気を吸い取って生きている。

生気を座れた人は死に、ミイラのようになって森に捨てられると言われている。

そのモノは音も無く移動し、必ず追いついてくる。

けれども、そのモノには苦手な物がたった一つあると言われていた。

それは、満月の月光を反射している水だそうだ。

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