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トーカ

作者: ヒュウガ

 戦争なんて、したくない。学校の先生や、お父さん、お母さんは、戦争に行って戦う(人を殺す)こと、または戦死することを「立派なことだ。名誉だ。」と言うけれど、そんなの可笑しい。

 ぼくたちは、誰も死ぬために生まれてきたんじゃないし、誰かを殺すために生まれてきたんじゃない。お母さんは、ぼくたちを戦争で死なすために産んだの?お父さんは、ぼくたちを兵隊の使う人殺しする道具にするために育てたの?

 もしそうなら、お父さんお母さんは絶対に間違ってる。

 ぼくは、絶対に戦争になんて行きません。理由はこれこれです。

 なんて、大人のいるところで言ったら、お父さんもお母さんも血相を変えて怒り、みんな口を揃えて言うんだ。

 この非国民め。恥を知れ。お前はお国のために役に立ちたくないのか?お前はお父さんお母さんを敵の兵隊に酷いやり方で殺されてもいいのか?親不孝者!

 なんで、戦争なんてするの?そんなに人殺しがしたいの?そんなにお金が大事なの?そんなことを疑問に思うことすら、悪いことなの?

 ぼくは、大人達の前で言ったことを、戦争に行きたくない理由を、こんどはともだちに話した。

 なんと。よく言った。ぼくたちもきみと同じことを思っていたんだ。

 あなたはとても勇敢だわ。自分たちが正しいって信じて疑わない、頑固で乱暴な大人に、戦争なんて行きませんってハッキリ言えたのだから。

 ともだちの全員が、ぼくに賛同してくれた。

 ぼくたちはそのあと、どうすれば戦争なんてせずに、兵隊にも行かずに、平和に暮らせるのか話し合った。

 お金なんてものに騙されてるから、戦争になるんだ。

 他人や他の国と比べて、羨ましがるから戦争になるんだ。

 そうだ。戦争もお金もない、平和なセカイに行こう。

 そう言って、ぼくたちは山奥のずっと奥、大人達の誰一人として知らない場所にみんなで行った。ぼくたちにしかわからない、秘密の通路を通って行くその場所には、「兵隊になれるぞ、戦争に行けるぞ、おめでとうございます」なんて言ってやってくる兵隊の人も来ない。ぼくたちは戦争になんて行かずに済むんだ。

 ぼくたちはそこに村を作り、犬と鶏を飼い、畑を耕し、自分たちが食べる分だけを作って暮らした。

 平和な時間が流れた。そこでぼくたちは大人になり、恋をして、子どもを育てたりした。もちろん、子どもたちには外のことを一切教えなかった。外のセカイにある「戦争」に、もし子どもたちが興味をもったら大変だからだ。

 ぼくは歳をとった。ぼくたちに生まれた子どもたちが大人になり、ぼくたちと同じように恋をして子どもを産んでいくのも見た。幸せな時間が、穏やかに続くものだと、誰も信じていた。


 凄まじいヘリのローター音が、私の鼓膜を容赦なく打ち付ける。窓の外には、干上がってひび割れた大地が広がっていた。

 ここは砂漠化の進むアフリカの大地ではない。日本だ。今見えているのは、ここ数日の異常気象により発生した水不足で、干上がって剥き出しにされたダムの底だ。

 日本有数の巨大ダム「桃山ダム」。大都市圏の水瓶であるそのダムの水位は、大干ばつの影響で通常の10%にまで激減していた。そして、水の引いた所では、ダムが作られるときに沈んだ村の構造物が姿を現していた。

 土砂に埋もれながらも、かろうじて形状を捉えることができたのは、道路と標識だ。その向こうには廃墟となった民家がある。

 「ひどい……どうしてこんな……」

 この村は、日本の経済成長の犠牲になったのだ。先祖代々伝えてきた伝統も、そこにあった人々の生活も、全て水の底に沈められた。これらは、かつての高度経済成長の裏に隠された闇を思い出させようとして、私たちの前に現れたのだろうか?

 ヘリの窓から見える景色と、手元にあるダム建設以前の地図を見比べる。すると、私はある異変に気づいた。

 「あれ?こんなところに村なんて……」

 確かに、桃山ダムに沈んだ村はあった。しかし、地図にあった村以外にも、別の村が、ダムの底にあるのだ。

 ダムの底に広がる地形を注意深く監察すると、どうやらその村は、かつては他の村と岸壁によって隔てられていた様に見えた。

 「あの話……本当だったのかな?」

 不意に、ヘリのパイロットがもらす。

 「あの話?」

 「戦前に、この地域にあった集落から、徴兵を拒否した若者たちが数名山中の隔絶した場所に行き、外の世界との関わりを断って自給自足の生活をしていたって聞いたことがあって。もしかしたらそれなんじゃないかなって。」

 嫌な予感がした。

 「じゃあ、その人たちはどうなったの?」

 パイロットは、私の問いに重々しい声音で答えた。

 「誰も、この村の場所を知らなかったから……当然誰もこの辺一帯がダムになるなんて知らせに来なかったでしょう。」

 「戦争を嫌って、世界から隔絶して暮らした結果がこれって……」

 「ある意味、孤独死と同じですよ。」

 パイロットは、それ以上は何も語らなかった。機内にはローター音だけが響いていた。

 平和だったはずの村は、今はただの廃墟群だ。

(終)

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