キツネと白鳥
年老いたキツネは考えた
もう獲物を追いかける元気は無い
卵の白鳥を盗んで育てて
大きくなったら食べようと考えた
森の中で白鳥の巣を見つけ
親が留守のときに
一つ持ちだした
あちこち転びながらぶつかりながら
卵だけは落とさず割らず
なんとか自分の家まで持ち帰った
「ふふふ、これがあれば
もう走る必要は無いし
のんびり待っていればいいんだから」
キツネは目尻のしわを
爪で伸ばしながら微笑んだ
「さて遊びに行こうかしら」
巣から出てきたキツネに
カラスがやって来て言った
「お前さん白鳥の卵を盗んだね」
「あんた見てたの?うるさいわね」
「卵を放っておいて何処へ行くんだい
温めないと卵は生まれないよ
遊んでる暇なんかないよ
せっかく盗んだのにムダになるよ」
「そっか!親鳥は抱いているもんね」
キツネは巣に戻って
卵を大事に身体を丸めて
温めはじめた
仲間の誘いも断って
ずっとずっと
毎日毎日
朝も夜も
卵を自分の子供のように抱いた
やがて夏が過ぎて秋になったある日
卵が揺れ始めた
「ああ!生まれるのね!」
キツネはじっと見つめた
小さなクチバシが殻を割って
ひながあらわれた
生まれた子は女の子だった
キツネはぺろぺろ舐めて
きれいにしてあげた
生まれたひな鳥は
キツネを母親だと思った
生まれてからは
まだ飛べないひなのために
餌を取りに出かけるようになった
カラスがやって来て言った
「おや可愛い子だね
なんだか親子のようじゃないか」
「ねえとっと教えてよ
ひな鳥は何を食べさせればいいの?」
それから
カラスの手助けもあって
白鳥の子は大きく綺麗に育っていった
やがて季節が一つ過ぎ
そしていつしか年老いたキツネの
世話をするほどになっていた
カラスがやって来て言った
「そろそろ食べごろじゃないのかい?」
「あら、カラスさんこんにちは
柿の実が色づいてきましたね」
「あっああそうだね」
白鳥の子は食べ物を探しに
飛んでいった
「ねえあんた
あの子を食べようなんて気持ち
もう消えたんじゃないのかい
思い切って食べておしまいよ
そうすりゃ少しは元気になるよ
すっかり走れなくなって
力をつけないとだめだよ」
「そうだよ私はね
あの子が可愛くてしょうがないだよ
もし子供がいたらこんな
楽しい毎日なんだなってさ」
「キツネのくせに
鳥に情が移るなんて
ずっと昔に
私を襲って食べようとしたのが
嘘のようだよ」
「このままじゃ
あんたのほうが先に
死んでしまうじゃないか
あっもう帰って来たよ」
だんだん近づいて来ると
あの子ではないことが分かった
「カラスさんきつねさん
はじめまして
私はこちらでお世話になってる
白鳥の子の母親です」
「あの子と一緒にいることは知っていました
でもあなたは襲う気配もないし
あの子も逃げ出さないので
ずっと見守っていました
でも今日は・・・・」
「きつねさん
明日の夜明けに
群れがあの子を迎えに来ます
一度はあきらめた命を
また迎える喜びを
与えてもらって感謝します」
「いつ食べられてしまうかと
今日が最後
今日で会えない
・・・と
毎日そんな思いでした」
「でもそのうち
仲良く暮らしてるのを見て
安心してました」
そう言う母鳥を見て
キツネはポツリと言いました
「いいですよ
幸せな時間をあの子から
たっぷりともらいましたから
私の死んだ姿を見せたくないし」
カラスが言いました
「だから早く食べておしまいと
何度も言ったじゃないか
白鳥を食べると
長生き出来るのに」
「あれだけ大きくなったら
食べたくても
もう手におえないだろうよ」
そう言いながら
カラスは泣いていた
「キツネさん
代わりに私をお食べなさい
あなたはあの子を
とても大事にしてくれた・・・
あなたに永遠の命をあげます」
キツネの目の前に歩み寄り
羽根をひろげて
さあどうぞと言う白鳥
キツネは黙って目を見ていた
そして
「わかったわ
あなたの命もらうことにする」
そう言うと親鳥の白く長い首に
噛み付いた
カラスは驚いて飛び降りて
キツネの背に乗って突付いた
「およしよ!いまさら食べたって
あの子が悲しむだけじゃないか」
白い首に真っ赤な血が流れた
白鳥の身体が羽根が
どんどん赤く染まっていく
そしてキツネの口が離れた時
白鳥は赤い一輪の薔薇になった
「ああなんてこと!これはいったい!」
キツネもカラスも驚いた
そのとき白鳥の子が
帰ってきた
「ただいま~」
「何かあったの?降りる時に
不思議な感じの温かくて
優しい風とすれ違ったよ」
キツネが咥えているバラを見て
「綺麗な花ね枯れる前に
挿し木にしたらいいわ
家の周りをバラでいっぱいに」
カラスはキツネに言った
「もうぜんぶ話したほうがいいよ」
そう言いかけた時
キツネの毛が抜け始めた
カラスも白鳥の子も
びっくりして声も出なかった
咥えていた
バラが落ちて花ビラが散った
キツネの毛はすべて抜け落ち
同時に今度は
新しい艶やかなブロンドの毛が
生え始めた
見る見るうちに若返るキツネを見て
カラスもキツネも息を呑んだ
白鳥の子は心配して
泣きながら抱きついた
「心配しなくていいよ
バラの魔法で元気になって
病気も治るだけだよ
でもこれで
あなたとはお別れなんだよ」
「お別れってどうして
元気になったらずっと一緒に
暮らせるじゃない」
その夜キツネは詩を詠うように
別れを惜しんだ
明日になれば
夜が明ければ
去ってしまうあなた
手に入れた命は
遠く離れてしまえば
想い出の中にだけ生きて
一人ぼっちの
小さな心に生きて
それがなんの生きがいに
なると言うのでしょう
永遠の命なんて
孤独な命と同じ言葉
季節を数える楽しみも消えて
あの笑顔
あの言葉
あの温もりを
探して追いかけて旅立てば
生きる意味が育つだろうか
意味もわからず
不安で泣き疲れて
いまはただ眠る子
今夜はやけに月が静かだね
星も風さえも眠っているのかい
遠くに琴座の音がする
はくちょう座に寄り添って
夜明けを待っているかのように
朝焼けの靄のなかに
白鳥の群れが静かに集まり
大きな黒い影が
巣の入り口まで伸びていた
キツネは一睡もせず
ずっと星空を見て
夜明けを待っていた
すっかり若返ったキツネ
素直に群れに返そうと
思っていたが
心変わりしたのだろうか?
ゆっくり近づき
襲いかかろうとする
命までもらい
若返ったのにと
カラスは止めようと
キツネの前に降りた
キツネを見ると
泣いていた
「あんた泣いてるの
意味がわかんないよ
あの子を見送るって
約束したんじゃないのかい!?」
カラスの大声に
白鳥の子も起きてきた
遠く朝陽の中に群れが見えた
毎日出先で逢う群れだった
「白鳥をいじめないで!」
群れがキツネの背に飛び乗った
「それ以上近づいたら
私出ていきます」
「ああ行きなさい
迎えに来たんだよ
一緒に旅立つために
一緒に飛んで行くんだよ」
群れの中の一羽が
やって来て挨拶した
「連れて行きます
そして
私はあなたが愛した子と
結婚します」
キツネが白鳥の子を見ると
うなずき泣いていた
カラスは泣きながら笑った
「この子は毎日素敵な子と
逢っていたんだね
あの母が逢わせていたのかも
しれないねきっと・・・」
「私は元気になったし
心配しないで皆んなのとこへ・・・
また戻ってきたら寄っておくれ
ほら日が昇るよ」
群れがいっせいに飛び立つと
散ったバラの花びらが風に舞い
群れを追いかけるように
見守るようについていった
*** おわり ***