(9)命を繋ぐもの
むかし、むかし。
まだヒトと魔が分かたれていなかった頃の物語。
命の欠片を紡ぐ少女がいた。
少女が手繰り寄せる命の御技は数々の奇跡を齎した。
そして――。
人々は少女を崇めるようになった。
不思議なことに、少女の姿は何年経っても、何十年、何百年経っても変わらなかった。
いつしか。
少女の姿が見える者は少なくなっていった。
少女は人々の前から姿を消した。
そんな彼女を、――見出した一人の男がいた。
言葉を話さない少女に、一輪の花を差し出したその男は。
少女に一目で恋に落ちた。
出会ったその日に、少女と結ばれた。
疲れて動けない少女に、男は甘い花の蜜を口移しした。
少女は混乱していたけれど、男の優しさに素直に身を委ねた。
しかし、少女と男の密通は、長くは続かなかった。
少女を崇める人々が、その事実を知ってしまった。
それは許されないこと。ありえないこと。――なぜなら。
少女は、ヒトではなかったから。
少女の御技は、ヒトではないからこそ紡げた奇跡。
男は人々によって殺された。
少女は、慟哭し、そして――。
世界を滅ぼした。
そして、一粒の種を落とす。
ヒトと魔が、まだ分かたれていなかった頃の物語。
少女が落としたその種が――ヒトを魔物に変えてしまった。
人工来世の観測者の木。
辿り着くのは拍子抜けするほど簡単だった。以前は確かにガイアの魔物使いが常時入口付近を魔物を放って警戒していたが。
誰もいなかった。
魔物はおろか、人の気配すらない。罠か、と瑚太朗は気配を押し殺して隠れながら侵入したが。
どうやら本当に誰もいないようだった。
つまり……。
(魔物使いはほぼ全て結界の中、ってことか……)
いま森にいる魔物使いは、ガーディアンへの陽動作戦であり、自ら捨て駒となっている。
何が彼らをそれほど突き動かしているのか。
問いつめてやりたいとは思うが、そんな暇はない。――考えるな。今は目の前のことだけに集中しろ。
マイクロチップを下部のモニターの端末に差し込む。
膨大なデータが展開していく。そのままモバイルHDDにダウンロードしていると、突如、視界がよく知っている人物と繋がった。
ミドウだった。彼の物見鳥と以前契約したままだったが、それが今、視界と会話が出来るようになっていた。
『コタロウ。オレの声、聞こえる?』
「ああ、今視界が繋がった。成功したのか?」
『言われた通り殺さなかった。見えてると思うけど、拘束して拷問した。体内の血液を加圧させて窒息寸前にしたけど、死んでいない』
「よくやったな。それにタイミングもちょうど良かった。いまダウンロードが済んだところだ。画面を見せるから、審議官に物見鳥と契約させてくれ」
ミドウは言われた通り、局長である内閣審議官を死の一歩手前まで追い込んだようだった。目から血涙が出ているが死んではいない。
拷問したのは止むを得なかった。まともに話して通じる相手ではないからだ。
なぜなら――。
「あなたがガイアの魔物使いであることは知っている。余計な手間をかけさせずに、契約してくれ。話したいことがある」
物見鳥を通した言葉をミドウが伝えた。すると、男の表情が変わった。
内閣審議官で総務省の情報政局通信局長である速見栄一郎という男は、あくまで表の顔であり、裏では――ガイアの洲崎側に属する幹部の一人だった。
この男が今までどれほど汚いことをしてきたかも知っているが、そんなことはどうでもいい。
今はやらなければならないことがある。
「ミドウ。伝えてくれ。聖女が救済を起こそうとしている――それも今日か明日だと」
その言葉に。
男の顔が蒼白となり、拷問による過呼吸も気にせず物見鳥と契約を交わした。
『それは本当か?! なぜわかる!』
「人工来世にいた魔物使いがすべて消えた。そして魔物を召喚する結界の中を封鎖してその中にすべての魔物使い達を招集している。歌う準備が整ったということだ」
滅びの歌だということを知っているのだろう。速見は項垂れた。
『もう、終わりだ……。鍵を拘束することも出来なかった。聖女がこんなに早く行動を移すと知っていたら』
瑚太朗はギリッと歯を噛みしめた。
やはり――。
洲崎から預かったこのデータには鍵を無力化する方法も記されていた。
この方法を使えば、鍵を地下深くに幽閉することも可能だ。……だが。
そんなことをして地球を騙せたところで、結局滅びをとめるなんの解決にもならないことを、この男は気付いていない。
いや。
何が何でも理解してもらう。
この男は、鍵を……篝を見殺しにしようとした。
殺してやりたいくらいだが、そんなことより、この男を利用することのほうが重要だった。
「審議官。あなたが情報操作でマスコミに圧力をかけているのは知っている。今世界各地――主に発展途上国で水害、地震、火山の噴火等が起きている事実を必死に隠しているが、もうそんなことに何の意味もない。滅びの歌が始まれば数週間で世界は滅ぶ」
『……責任でも取れと言うのか』
「取るならもっと違う形で取って欲しい。今あなたの目に映っているこのデータを、よく見てくれ。概略だが何が書かれているかはわかるはずだ」
『……な、んだと……これは……ありえん! こんな……!』
「全人類に告知する手筈を整えて欲しい。それも今すぐにだ。マスコミへの対処はあなたのほうが詳しいはずだ」
『無理だ……! 世界の常識がこれを許さない! 魔物を使役すれば別の形での紛争も戦争もありえる……!』
「ガイアとガーディアンが長年やってたことが全人類規模になったところで、救済が起これば何もかもおしまいだ。……審議官。いいか、鍵の救済をとめるにはこの方法しかないんだ。地球はまだ命を繋ぐことが出来る。それを証明しなければ駄目なんだ」
『だが……時間が』
「滅びの歌は俺がとめてみせる。聖女は鍵を発動させようとしているが、先に証明出来れば救済は起こらないはずだ」
速見は唇を震わせて信じられないといった顔をしていた。
……これは賭けだ。
この男を動かすことが出来なければ何もかもが無駄になる。
天秤がこちらに傾くことを祈った。
――そして。
速見の、決意に満ちた声が聞こえた。
『……わかった、やってみよう。特務権限を使う。非常事態宣言を発令して全世界規模のネットワークを構築する』
「時間はどれくらいかかる?」
『おそらく三時間程。総理と副官房長に伝達し許可を取るまでのほうが時間がかかるが』
「……感謝する。このデータは全てあなたに預ける。同時に洲崎の遺した魔物使役によるエミュレーターデータも添えるから、そちらで分析を頼む」
『おまえは一体……』
「幹部のあなたは俺の顔も見たことはないだろう。だから名乗るつもりはない」
『このデータは洲崎が最後まで在り処を教えなかったものだ。……死んだのか』
「ああ、すべてを託して。だから最後まであなたにも付き合ってもらう」
視界を切った。
あとはミドウに任せよう。大体の指示は伝えてある。
……三時間。
その前に、聖女を抑えなければ。
もういつ歌ってもおかしくないところまできている。時間はほとんど残されていなかった。
同時刻。
一人の少女が片手にライフル銃をぶらさげるように持ち、足元の老婆を見下ろしていた。
記憶をすべて受け継いだ少女。
だが人格までは写されていなかった。
年齢が――若すぎた。
本来であれば、十数年の月日をかけて成長とともにゆっくりと聖女の人格を植え付けられるべきなのに。
だが、もう、それもどうでもいい……。
少女はライフルを携え、重そうな銃身を支えるように持つと、老婆の頭部に狙いをつけた。
「………………、…………」
少女は何かを呟いた。
そう、彼女は――言葉を未だ持ち得ない。
自らの情動から湧き上がる言葉。それを表現する術を持ち得ない。
だが言いたいことはひとつしかなかった。
「死にたく……ない……」
膨大な知の泉にたった一人で放り投げられた少女は。
聖女の意志とは相反する自らの意志を宿すことに成功した。
少女は鍵を憎んだ。
生命を憎んだ。
自らの命すら憎んだ。
だが――生きたい、と思った。
不可思議なヒトの心。……それは。
かつて魔とヒトが、分かたれてしまったその時から、生まれ出たものなのかもしれない。
少女は引き金を引いた。
to be contined……
冒頭の神話(?)はそんなことがあったのかという程度に読み流してもらえばいいです。オリジナル設定ですので。
というかこの話自体がすでにオリジナルです。いろいろありえないです。
次回は18禁の予定です。
書きたいと思ってたあんなことやこんなことを妄想もとい構想してますのでお楽しみに。