(8)刹那の羽根
※残酷描写あります。
「――いたぞっ! こっちだ!」
地面に残された血の痕を発見したガーディアンの部隊が、残党の居所を仲間に知らせた。
魔物を掃討しながら魔物使いだけを追い詰めて、その根城となっていた結界に覆われた森の一角はすでに焼き払い、ほとんどの魔物使いは惨殺された。
だがまだ数人の魔物使いが逃走していることを、彼らガーディアンは超人的な嗅覚によってかぎつけていた。
――そして。
すでに使役していた魔物の数も尽きようとしていた一人の魔物使いの少女が、木の洞の中で膝を抱えて震えていた。
「助けて……おとうさん……」
泣きながら父の助けを呟くが、彼女は両親がすでに死んでいるだろうことに気付いている。
最後の後ろ姿は彼女一人だけしか逃がすことが出来ない覚悟の表れだった。
だから。
父の死を認めたくない少女は、父の名を呼ぶしかなかった。
「おいっ! そこに誰かいるのかっ?!」
「…ひっ!」
ちょうど朝陽が木々の隙間から差し込んできた直後、木の洞の中にいた少女の姿が見つかってしまった。
白いワンピースを着ていたのも災いした。今日は誕生日。父と母が彼女のためにと贈ってくれた服だったのだが。
それがガーディアンの目に留まってしまった。
「子供か? なんでこんなところに……いや、待て」
「おい! こいつ、魔物使いだ。その白い服には見覚えがあるぞ!」
少女の髪を鷲掴みにしながら木の洞から引っ張り出す。
痛いと泣き叫ぶ暇すら与えず、隊員達は少女を結束バンドで拘束した。
恐怖と痛みで身が竦む少女を、彼らは侮蔑を込めた眼差しで見下ろした。
「悪く思うな。恨むなら魔物使いなんかに生まれた自分を恨むんだな」
後頭部に銃口が当てられる。
少女は次の瞬間に死ぬ自分を想像すらすることが出来ずに、ただ泣き叫んでいた。
――が。
「ぐ、……ふっ!」
少女のすぐ横で男の胸から片手が突き出していた。
胸に手が生えている。だがそれは、大量の出血を伴った余りにも一瞬で突き破った殺し方だとわかった。
「な……っ?!」
もう一人の男が銃口を少女の背後に向けたが、トリガーを引く前にすでに男の眉間には深々とナイフが突き刺さっていた。
しかもとどめとばかりに、その男の心臓を文字通り鷲掴みにして現れたその男は――。
「大丈夫か?」
まるで日常の一コマのような自然な仕草で少女の手を取って立ち上がらせた。……片手には殺害した男の心臓が握り潰されているが。
「あ、あ……あ……」
「ああ、悪いな。こうでもしないとこいつら簡単には死なないから。でも君だって魔物使って相当な数のガーディアンをやってたんだし」
お相子ってことで、と笑みを浮かべたのは、まだ少年のようなあどけなさが残る男だった。
「あなた……一体」
「鳳教授の娘さんだよな。……ちはや、だっけ。悪い、間に合わなかった。ご両親を助けられなくて……済まない」
「お父さんを……知ってるの?」
男はちはやの腕に縛りつけられている結束バンドをナイフで切りながら、自己紹介をした。
「俺は天王寺瑚太朗。君のお父さんに頼まれた。娘を助けてくれと。君のお父さんは俺のことを知らないが、俺は鳳教授のことを知っていた。教授の理論がなければ、俺の知識だけでは魔物使いの汎用化データを完成させることは出来なかっただろう。……惜しい人を亡くしてしまった」
「…………」
「ちはや。君の魔物使いの才能はこれからの世界に必要なんだ。生きて欲しい。そして、この地球を守ってくれ」
少女は――ちはやは、やっと。
心の底から父の死を悼むことが出来た。
そして両親への惜別の思いを心に噛みしめて。
涙を振り払って、彼を見上げた。
「私の力が必要なんですよね。任せてください。あなたのためにこの力、奮います」
「頼もしいな。よろしく頼むよ、ちはや。……そうだ」
瑚太朗はぴーっと口笛を吹くと、上空を舞って警戒していた物見鳥を引き寄せた。
肩に乗せて、ちはやに鳥の目線を向けさせる。
「俺のもう一人の仲間を紹介するよ。この物見鳥と契約を結んで欲しい。彼女と会話することが出来る」
ちはやはその黄金色の物見鳥にそっと手を伸ばし、契約線を結んだ。……自分と同じくらいの少女の声。
なんだかおかしかった。
この人、けっこう若い男の人なのに……こんな幼い女の子を仲間だなんて。
「子供が好きなんですか?」
「な……?!」
図星なのか慌てたように瑚太朗は顔を逸らした。
「お、俺のことはどうでもいいだろ。それより小鳥、なに言ってんだよ。俺のどこがロリコ……って!」
物見鳥が嘴を瑚太朗の頬に突き刺した。
そのまま耳や髪をつつきまくる。じゃれているかのようだった。
「わけのわからん嫉妬すんな! いって、痛いって! いいからさっさと警戒網を知らせろ! この森の脱出ルート確保はおまえにかかってんだからな!」
ちはやは、……笑っていた。
両親を失った心の痛みは拭いようがないけれど。
この人にならついていける――そう思えた。
「それは確かなのか?」
「はい、灰色の町と呼ばれる魔物で覆った結界に大勢集まっています。たぶん……数千人以上」
それだ、と瑚太朗は確信した。
加島が魔物を大量に使役するとするなら、ガイアにいる人間だけではどうしても数が足りないはずだった。……だが。
風祭にはあちこちに魔物を召喚する位相空間とも呼ぶべきスポットが点在する。
それをちはやから聞いた瞬間、確信した。加島が魔物使いを召集するなら、ガーディアンに察知されないそこしか考えられない。
「そこに行くことは出来るのか?」
「……無理です。魔物使いの人達が結界ごと封鎖してしまいました。もう外からも中からも出入りすることが出来ません」
「生命力をすべて結界の維持に使ったってことか。……やはり加島を追うしかないな」
「瑚太朗……あの」
「なんだ?」
「小鳥の話は本当なんですか? ガイアの聖女が、救済を起こすって」
「本当だ。それも魔物使いの命を使って、鍵を引きずりだそうとしている。その前に魔物使いたちを助けたかったが……」
それももう不可能だ。
彼らが加島に操られているのか、それとも本当に聖女を信奉しているのか、わからないが。
数千人規模の魔物使いたちが召喚したとしたら、――世界は阿鼻叫喚に包まれる。
加島桜の行方を掴むためには、もう誘き寄せるしかない。
「あの……。聖女って、今の聖女ですよね?」
「今も何も、一人しかいないだろ。加島桜だ」
「でも加島桜はもう後継者を指名したはずです」
「ああ。朱音を次の聖女に指名して、引退宣言したが、まだ実質的な聖女は加島のはずだ」
「……。瑚太朗。後継者を指名したということは、もう転写が終わったということなんです」
「転写?」
「聖女になるための儀式です。聖女の知識、人格、考え方などを次の候補者に移すんです。それは加島桜が千里朱音に代わったのと同じことだと思います」
「移す、って……。いったいどうやって」
「たぶん……脳の一部を魔物化して、他人の脳に召喚するような感じなんだと思います。コピーするのと変わらないんじゃないかと」
「そんなことをしたら、朱音は……!」
「加島桜の意志に完全に乗り移られてしまいます。いえ、加島桜というより……コピーした聖女達の亡霊です」
――ただの人間が、どうやって何世代も知識を継承しているのか。
小鳥が言っていた疑問の答えがこれだ。どれほどの執念があればそれだけのことをやってのけるというのか。
朱音は助けられないというのか。
……いや。
まだ助けられないと決まったわけじゃない。えにしの家で会った朱音は、まだわずかだが彼女本来の性格があらわれていた。
転写がどれほど進んでいるか知らないが、朱音を正気に戻すことは出来るはずだ。
「ちはや。朱音の居場所はわかるか?」
「たぶん……あそこです。いま物見鳥に上空から指し示します」
ちはやが物見鳥を通して示した場所は。
瑚太朗にとってあまり懐かしくもない、出来れば二度と振り返りたくはないと思った場所だった。
「……あそこか。何の因縁なんだか」
「知っているんですか?」
「俺の通ってた高校だ。中退したけどな。場所は……特別棟か。行ったことはないがだいたいの位置はわかる」
「あの教室から隠し通路でマーテル本部と繋がっています」
「そういえば風高の資金供与はマーテルだったな。なるほどね。あそこから魔物が湧いていたのも頷ける。位相結界と繋がってたってわけか」
「これ以上は見えません。結界で一部覆われています」
「決まりだな。朱音はあそこだ。ちはや、使役できる魔物はあと何体いる?」
「召喚できる魔物が、あと……一体だけです」
「それは自分の身を守るために使ってくれ。この森を出たら小鳥の指示に従って欲しい」
「瑚太朗は、どこへ?」
「あるデータを取りに行かないといけない。その後、朱音を助けに行く。手遅れになる前に急がないと」
「でも、……聖女になってしまっていたら」
「なら言っておかないといけないことがあるんでね。俺の女を返してもらわないと」
「え……?」
「聖女になんか渡すつもりはない。見つけたっていうんなら返してもらうだけだ」
瑚太朗の意志をこめた眼差しを見たちはやは、――なぜか胸が騒いだ。
誰の、こと……?
それを聞きたかったが、なぜか何も言えなかった。聞ける雰囲気でも……なかった。
to be continued……
お待たせしました。連載再開です。(待ってた人がいれば)
実は書きためをしてるので、今後は定期的に投稿できると思います。
予約投稿がどこまで出来るかという話なんですが。(まだ未完状態)
ちはやの救出劇でした。
Terra編の瑚太朗は孤軍奮闘しているので、仲間を作ってあげたいという思いでこうなりました。
ちはやの父親の設定はオリジナルです。あとちはやが聖女についてこんなに詳しく知ってるはずないだろと思われてもそれは設定です。
一応言い訳させていただくと、この話のちはやは聖女候補の付き人になる予定でした。現在は津久野ですが、その後釜として。加島に魔物使いの才を見出されたという設定です。
ちはやはヒロインの中でも割と好きなので、今後も活躍させたいと思ってます。