(7)オカ研始動
同日、五時間後――。
空港に降り立った一人の少年が、背後を振り返ると指を鳴らした。
その途端。
乗客に紛れるように二人の少年がいつの間にか姿を現した。空港の検問ゲートを通過したのは、指を鳴らした少年一人だけ。
そして三人の少年は、バラバラに動くとすぐさま駆け出し、手荷物も受け取らないまま到着ロビーから外へと出た。
手筈は整っているかのような機敏な動き。
少年たちは何かを呟くと、人々の目から見えなくなった。――認識撹乱の結界だった。
金髪のリーダー格のような少年が、ポケットから携帯を取り出した。
「場所はわかってるよな。時間がない、急げ」
『本当に俺たちだけ先に行っていいのか?』
「お前達の魔物のほうが足が速い。オレは総務省ってとこに行く。この携帯はもう捨てたほうがいい。連絡は物見鳥を飛ばす」
『……。なあ、ここが本当にコタロウの生まれた国なのか?』
「ああ、オレも思った。こんなに人が多いのに殺人も争いもない。だけどこんなの、救済が起きたらすぐに崩れる。むしろオレたちの国より酷い有様になるかもしれない。わかってるよな、時間がないんだ」
『ああ、手順通りに進める。もう一度確認したい。名前はカンベコトリ、あとセンリアカネだな』
「もう一人、超人でナカツシズルという女の子だ。ガーディアンの連中は抹殺していい。シズルという女の子だけ確保しろ」
『だがガーディアンに洗脳されていたら?』
「コタロウの話だと両親が亡くなって保護観察状態だそうだ。学校に通っている。まだガーディアン側についたという情報はない」
『わかった。……ミドウ、気をつけろ。嫌な予感がする。合流するまで気を抜かないでくれ』
「……テンマの勘はよく当たるからな。肝に銘じるよ」
ミドウと呼ばれた少年は携帯を放り投げると、ハウンド型の魔物を召喚し、その背に跨った。
目指すは東京。――接触する人物はただ一人。
急げ! と魔獣を急き立て、ミドウは空中を疾駆した。
ミドウたちが日本に到着する前の時間に話は遡る。
瑚太朗は小鳥にだいたいの計画を話すと、これからは食事も満足に取れなくなるだろうことを伝えた。
小鳥はすぐにルームサービスを頼んだ。
「おい」
「サンドイッチとカヌレを十人分バケットに詰めて持ってきてください。あとお茶を入れたマグを二、三本と、飴とチョコレートを袋ごと」
「おいって! 誰が持っていくんだ、そんなもん!」
「瑚太朗くんは黙ってて。……はい、扉の前に置いてもらえればいいです。いえチェックアウトはまだ」
小鳥は電話を切ると、すぐにキッチンへと行きお湯を沸かした。
手際よくコーヒーを淹れると、それを瑚太朗の目の前に差し出した。
「…………」
「少し落ち着こう。行動を移すのはもう少し先でしょ?」
「いや、すぐにでも動きたいけど……そうだな、少し聞きたいことがあったんだ」
「聞きたいこと?」
小鳥とソファに座り、コーヒーを啜りながら両手を組んだ。
聞きたいことは山ほどある。
だが一から聞いていては時間がない。頭の中で情報の整理をしながら小鳥の顔を見下ろした。
「ドルイドが鍵を探知する方法だ。以前、篝から聞いたことがあるが、宿木は鍵が生まれる場所に発生するんだよな?」
「うん、そう。宿木は魔物だってことは知ってるよね。正確に言うと、もとは人間だったんだけど、鍵と結ばれた人間なの」
「え……?」
「鍵の子孫、と言えばいいのかな。何世代もかけて鍵との間に子供を作り、その一族の子孫が最終的に宿木という魔物になったの」
「鍵と……結ばれた?」
「過去にはそういうことがあったの。最初の頃は鍵を崇めるドルイドの指導者達が、鍵を守るために婚姻していたらしいけれど、ガイアの中でその力を利用しようとする一派が現れて、抗争があって、分派した」
「最初はドルイドが鍵を崇めていたのか」
「ドルイドという名前になったのはだいぶ経ってから。もとはガイアと同じ組織だったみたい。――で、ドルイドで鍵の血縁者達が力をつけた。鍵を見つける方法、鍵を無力化する方法、他にもいろいろ。……ただ、救済をとめる方法だけはなかった」
「鍵を見つける方法というのは?」
「魔物は本能的に鍵を見つけて殺そうとする性質があるの。自身を魔物化した宿木は、鍵を殺す本能を頼りに鍵の発生する場所に種を宿す。ただの本能だから、宿木が使役する人間に、鍵を守る使命を与える。あたしは宿木の指示に従って鍵を探し出したの」
「……宿木は俺が破壊した」
「知ってる。もう気配が感じられないから。ドルイドの力はまだ少し残ってるけど」
「宿木はもう二度と発生しないのか?」
「鍵が再度生まれない限り……。宿木の種は鍵が落とすの。救済の後、たったひとつだけ落とす種。それが宿木」
瑚太朗は篝の言葉を思い出した。
行為の最中、篝はうわ言のように言っていた。
――あなたの中に、種を宿します。
それがもし、……宿木のことなのだとしたら。
自分の中に、その種が?
まさか、そんなことが……。
だとしたら、俺はもう……とうに。
「瑚太朗くん?」
「いや……なんでもない。もうひとつ聞いてもいいか。ガイアが鍵を探索するのは、魔物を使って探すしかないのか?」
「基本的にはそうだと思う。ただ……。ガイアの中に、鍵と血縁関係を結んだ人間がいる」
「誰だ、それは?」
「聖女と呼ばれる人。鍵の持つ知識を受け継いだ人間。でもわからないのは、ただの人間がどうやって何世代も同じ知識を継承することができたのか……。魔物化でもしないと無理なのに」
「加島桜は魔物じゃない。希代の魔物使いだという話だがな。……きっと何らかの方法があるんだ。じゃあ、加島なら鍵を探し出すことが出来るのか?」
「探さなくても、滅びの歌を知っている。聖女は代々、滅びの歌を継承してきた。鍵を発動させることが出来る」
「しかし鍵が手元にないと効果がないんじゃないのか」
「……おそらく、魔物。大量の魔物を使役すれば、鍵の居所は掴める。魔物を使役する契約線が集中する場所が、鍵のいる場所だから」
「加島ならやるだろう。そのためには大勢の人間の命が必要になる。それは俺がつきとめる。集められている場所は見当がついている」
「瑚太朗くんが言っていた、あそこ?」
「ああ。加島が魔物を使役する前に救助しないと。まあ、大人しく助けられるような奴らじゃないだろうな。ガイアの信奉者達だ。むしろ自ら望んで命を捧げる。いざとなれば……」
「瑚太朗くん……」
「そんな顔すんな。優先すべきは篝を奪われる前に取り戻すことだ。犠牲を伴わないと何も出来ない。おまえも覚悟を決めたのならもう何も言うな」
くしゃっ、と小鳥の髪を撫でる。
理屈ではわかっていても、まだ感情が追いつかないのだろう。唇を噛み締めている。
それでいい。
小鳥はそのままの心でいて欲しい。
「おまえに二体の魔物と、物見鳥を託す。これを使って作戦を遂行してくれ」
瑚太朗は恐竜型タイプの魔物を二体召喚し、懐から携帯用の鳥型魔物を出し、契約線を小鳥に結ばせた。
小鳥はすぐに魔物と契約を交わした。彼女の魔物使いの能力の高さに、今さらながら驚きを感じた。
「物見鳥は俺とも契約している。目を通じて会話もできるようになっているから、何かあれば連絡しろ。もし契約線が途切れたら……これを」
用意した偽造パスポート。足がつかない口座のクレジットカードも添えた。資産のほとんどが凍結しても、この口座だけは使えるよう残しておいた。
「横須賀基地に向かうんだ。そこにいる航空指令補佐のこの男がおまえを海外へと送り届けてくれる手筈になっている」
パスポートに挟んだ写真の軍人と、裏面の名前を見て、小鳥は目を見開いて瑚太朗を睨んだ。
「あたしだけ逃がすつもり?!」
「小鳥」
「そんなの許さない! 逃げるなら瑚太朗くんもなんだから!」
「俺も必ず日本を脱出する。別行動なのは危険を避けるためだ。小鳥、わかってくれ。おまえを巻き込む覚悟をしたときからこれは考えていたことだ。俺の仲間でミドウ、テンマ、テンジンという少年達がいる。彼らの手引きで風祭市を脱出しろ」
「瑚太朗くん……」
「篝に会うまでは絶対に死なない。だからこれは別れなんかじゃない。いいな、おまえは俺の目なんだ。これから先もその代わりになって欲しい。見届けて欲しい。それまでおまえも死ぬんじゃないぞ」
小鳥は物見鳥をぎゅっと抱きしめると、涙を振り払った。
そしていたずらっぽい笑みを浮かべて話しかける。
「チーム名はどうしようか?」
「チーム名?」
「だって同志でしょ、あたしたち。地球を救う同志なんだし」
「そうだな……。昔は地球救済ハンターなんてカッコつけてたことがあったけど」
「なにそれ、変なの」
「ほっとけ、黒歴史だ。……研究会、でいいんじゃないか」
「研究会?」
「これから先も知らなきゃならないことがたくさんある。地球のこと、命のこと……。俺たちは何もわかっていなかった」
「そう、だね」
「魔物とか、鍵とか、救済とか。オカルト的なものを研究する会ってことでさ。オカルト研究会。略して、オカ研」
「……なんかチーム名っぽくない。カッコ悪い」
「今は俺たち二人だけど、きっとこれから仲間は増えるさ。――さあ、オカ研始動!」
小鳥と二人で手を握りしめる。
きっと。
これが新たな日々の始まりだと信じて――。
to be continued……
この話では静流の両親は魔物に襲われて亡くなっている設定です。
この先の展開に必要な改変ですのでよろしくお願いします。
かなり無理やりなオカ研にしましたが、どうしてもこのコンビにしたかった。
さて、メンバーはちゃんとそろえられるでしょうか。はてさて。
キリがいいところまで書けたので、ここでいったん、更新をやめます。
次回は三月下旬頃の予定です。どうぞ気長にお待ち下さい。