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崩壊序曲~finality~  作者: 千月華音
2/11

(2)別れ、そして…



 まだ気絶していた。

 覚醒させる手順が惜しい。瑚太朗は洲崎の爪のない指に自らの血液を送りこんだ。

「……ぐっ、ぉおおおっっ」

 内部から無数の針で刺される感覚に苦悶の呻きを漏らす。

 髪を掴んで顔を上げさせた。

 顔面を鈴木凡人に戻していた瑚太朗は、真正面から見つめて言った。

「俺を覚えているか」

「……お、まえは」

「正直に吐けば楽に殺してやる。俺の質問に答えろ」

「ふっ、……なるほど。まんまと騙されていたということか。能力者、か……」

「ああ。本当の俺は、天王寺瑚太朗という」

 素顔に戻って、洲崎の手に両手を置いた。――簡単な止血処理。血中酵素を送り込んだ。

「……なんの真似だ」

「洲崎さん。俺はあなたの野心も、加島への背信にも興味はない。――それ以上の何かがあなたを突き動かしている」

「…………」

「俺は鍵を確保している。誰にもそれは知られていない。……わかるか。俺は鍵を使って両組織の壊滅を図っているんだ」

「なん、……だと」

「答えを見つけた。この地球を救う方法だ。……鍵は地球を滅ぼしたいわけじゃない。むしろその逆だ。資源の奪い合いで生命力が衰えた地球を回復させるための装置が、鍵なんだ。だが、この地球にはもう回復させるだけの力が残されていない。それでも自浄作用は起こる。それが救済だ」

 洲崎の表情が変わった。

 濁った瞳から何かを掴みかけたような、意志のある煌きを取り戻している。

「一度生命をすべて滅ぼして、最初から進化をやり直す。……そうやって地球は何度も繰り返してきた。だけどもうそれは出来ない。いま滅びてしまえば二度と生命は発生しない。鍵はそれがわかっている。いま彼女は必死になって救済を食い止めようとして、理性を保とうとしているんだ」

「おまえは……鍵に人間の感情を与えたのか」

「いや、彼女は自ら学んだんだ。人間を。知性を。そうでもしなければ手遅れになるから。……だがもう、時間がない」

「天王寺……といったか。答えを見つけたといったな。それはなんだ?」

「あなたが作っていた人工来世。あれがヒントになった。人を生かすための装置だけど、それを地球を生かすための装置にしたとしたら?」

「……まさ、……か」

「そう、魔物を生み出すための人間の生命力を、地球に還元するんだ。……それでもわずかな時間しか稼げないだろう。誰も寿命を減らしたいなどと思わないかもしれない。だが人の命を削ってでも星の命を延ばすことができれば、いつか必ず新たな道を見つけ出す」

「天王寺。それは……それは本当に可能なのか」

「詳細なデータを集めて概算したが、全人類が賛同すれば不可能じゃない。そのための汎用化データもすべて揃えた。公開する手順要綱もまとめてある。……ただ、ひとつだけ懸念が」

「……桜だな」

「ああ。加島の動向が掴めない。何か行動を起こそうとしているのは間違いないんだ。鍵が手元にないから必ず奪おうとするはずなのに、その気配すらない。人工来世に加島の子飼いが入りこんでいるのは知っているか?」

「知っている。泳がせていたが、やはり動きが掴めなかった。……天王寺。これを」

 洲崎は奥歯に手を伸ばし、義歯を外すと、その中に埋め込まれていたマイクロチップを取り出した。

「これは?」

「人間の生命力が魔物創世にどれだけの寿命が必要なのか、それを数値化したデータだ。人工来世を生み出すためのシステムデータバックも保存してある。人工来世側の観測者の木に行け。そこから内部データを展開することができる」

「……洲崎さん」

「おそらく桜の狙いはこれだ。人工来世をどう使おうとしているかわからないが、救済の手段に使うのは間違いない。いざとなれば内部のシステムごと破壊してくれ」

「あなたはそれでいいんですか」

「同情ならよしてくれ。これでも私なりに人類の未来を考えていたつもりが……君のような若者に託すことになるとはな」

 頼む、と洲崎は強く両手を握りしめてきた。

「桜をとめてくれ。彼女は救済を起こすつもりだ。そして鍵を守ってくれ。救済が起こればもうとめることができない」

「……必ず。俺の命を賭けて」

 やっと洲崎は満足したように微笑むと、握りしめた瑚太朗の手を自らの首に導いた。

 その意志を汲み取る。

「あなたの命、無駄にはしません」

「……最後に君に会えて、……よかった」

 血のブレードを洲崎の喉に突き刺し、即死させた。

 穏やかな表情のまま逝った彼を少しだけ羨ましく思いながら、……瑚太朗は静かに敬礼した。






 舌を噛み切ったように見せかけ、首元の傷を血液癒着で覆い隠した。

 これで自殺したと思えばいいのだが。

 監視カメラの記録はすでに捏造済みだった。映像には洲崎一人しか映っていない。

 監禁室を出る。

 ちょうど江坂が戻ってきた。手にはケーキの箱。それを瑚太朗に差し出した。

「……はい?」

「貴様だろう、西九条をけしかけたのは。まあ、久しぶりに楽しめたが。ほら、これを持っていってやるといい」

「あ、……ありがとうございます」

「洲崎は?」

「舌を噛み切って死んだようです。……申し訳ありません。発見が遅れました」

「……そうか。まあ有力な情報は洲崎から得られなかったから、それは構わない。それより天王寺。私は明後日から二、三日フィレンツェの支部に出頭することになっている。その間、ここの本部で動かせる手駒をある程度集められるか」

「本部の人員で、ですか」

「森でのガイアとの衝突が激化している。指揮は貴様に任せるから、奴らの数を削って欲しい。士官候補生でも何でも使って構わないから人員をかきあつめて精鋭部隊を作れ。ゲリラ戦は得意だったと思うが」

「はい。ガイアの前線は把握しています。人員の選定はお任せください」

「……気になることがある。何かを焦っているような妙な動きだ。叩きながらでもいい、探ってくれ」

 江坂の鋭い指摘に心の動揺を押し隠した。

 ガイアの陽動作戦に気付いている。やはり誤魔化しがもうきかなくなってきているのか。

(今夜にでも……行きたいけど)

 人工来世に行ってデータを外部メディアに保存したいが、いま動けば怪しまれる。

 江坂が発ってからでも遅くはないだろう。

「最近、帰ってないという話だが」

「え?」

「仕事で忙しいのはわかるが、なおざりにするのは感心せんな」

「…っ」

 西九条をたきつけるためとはいえ、……余計なことを言ってしまった。

 江坂が肩に手を軽く置いてきた。

「焦る必要はない。貴様の働きは誰よりも私が認めている。……行ってやれ。明日だけ休暇しても構わん」

「そんなわけには……」

「では命令したほうがいいか?」

「わ、わかりました。……天王寺瑚太朗、特務を明日一日外します」

「うむ。本日十八○○(ヒトハチマルマル)時より一日の休暇任務とする。明後日本部に出頭しろ」

「了解です」

「天王寺。……貴様は本当に強くなった。だから何があっても負けることはないと信じてる」

 江坂の真摯な瞳に、わずかに胸が痛んだ。

 だが振り払う。

 自分で選んで辿りついた道だ。たとえ――この人を裏切ることになっても。






 セーフハウスに帰ると、篝は部屋で眠っていた。

 吐息を確かめる。……呼吸は乱れていない。まだ安定していた。

「……しばらく起きないでくれよ」

 篝を抱き上げ、毛布にくるんだ。

 外にとめてあった車に運び、部屋を引き払う手続きをあちこちに電話をかけて済ませる。

 エンジンをかけた。

 篝を極力刺激しないよう高級車をレンタルした。この車なら振動はそれほどないはずだ。

 そのまま目的地のホテルへと向かった。

 最上階のペントハウス。あらかじめ料金は前払いしてある。篝が万一にも逃げだすのを恐れての移動だった。

 それでも……。

 篝ならば、高層階の防弾ガラスなど、なんの障害にもならない。

 閉じ込めるなら地下深くかシェルターでないと。――とてもそんなこと出来なかった。

 せめて街を見下ろせることができるように。

 一人でも寂しくないように。

 篝が街の灯りから、人々の営みを寂しそうな瞳で見つめているのを、やるせなく思っていたけれど。

 少しでも彼女の孤独が埋まるのであれば、なんでも手助けしてやりたかった。

 ――チンッ。

 エレベーターで最上階へと上がり、貸し切りのフロアを篝を抱きかかえながら歩いた。

 非常口と出入り口を確認し、間取りを頭に叩き込みながら部屋へと入る。

 あらかじめ小鳥を呼んでおいた。戸惑うような顔で座っていたソファから立ち上がってこちらへと走ってきた。

「瑚太朗くん…!」

「圭介さんたちは家に呼び戻しているか?」

「うん。……でも、なんであたしもここに? お父さんたちのところに戻らないと」

「おまえは隣のフロアを使え。部屋にあるもの全部使っていい。しばらく生活するには困らないはずだ」

「しばらく……ここで?」

「一生に一度あるかないかだろ。着替えも何もかも用意してある。俺がいいというまでここにいろ」

「だ、だって、お父さんたちは」

「今からおまえの家に行ってくる。……すぐ戻るから」

「……だめぇっ!!」

 小鳥が腰にしがみついてきた。

 はずみで抱いていた篝を落としそうになったが、慌てて抱え直す。

「お、おい、危ないだろ!」

「お父さんとお母さんを、殺さないで! お願い!」

 泣きながらしがみつく小鳥を。

 瑚太朗はただ静かに見下ろした。

 わかって欲しい。

 あれは魔物で、もう生きてはいない。

 いつかやらなければならないことだった。

「小鳥。……篝を、頼む」

「瑚太朗くん……!」

「すぐ戻るから。俺が戻るまで篝を見ててくれ」

「なんで?! どうして?! あたしが今までどれだけ……!」

「小鳥」

 篝をひとまずソファに寝かせた。

 柔らかな髪を優しく撫でながら、彼女の唇に唇を寄せる。

 その様子を、小鳥は息を呑んで見つめていた。

「瑚太朗、…くん」

「俺の生きる意味は、もう篝だけだ。……篝だけなんだ。彼女の求める『良い記憶』のためなら、なんでもやる」

「だ、って……鍵、なのに……」

「おかしいよな。鍵なのに、好きになるなんて……。とっくにおかしくなっていたんだ、俺は」

「…………」

「小鳥。……人の命は、何かで贖われるものじゃない。俺の命は髪の毛一筋にいたるまで篝のものだ。それは不可侵のもので、決して何かの代わりにはならない。おまえの両親の命もそうなんだ。小鳥のために彼らは犠牲になった。だが、俺がそうであるように、おまえにだって自分の命を賭しても求めるものが、きっとある。それはきっと尊くて手の届かないものかもしれないけれど、おまえになら見つけられる。俺はそう信じている」

「……っ」

「彼らを土に還してあげよう。……おまえのペロも、それを望んでいる」

「ペロ……」

「悪いな。一足先に塵に返した。工房で作っていた他の魔物も、もうない。おまえはもう、ドルイドの使命に縛られる必要なんてないんだ」

「うっ……うぅっ」

「もう少しだけ付き合ってくれ。……全部終わったら、おまえの自由に生きるんだ。小鳥。おまえの生き方、考え方。俺はどれだけ助けられたかわからない。何も返せなくてごめんな。だけどこれ以上は、もう頑張らなくていい。そういう世界をこれから作る。だからもう少しだけ、……頼む」

 小鳥は静かに泣いていた。

 瑚太朗に縋りつくこともなく、声を殺して――静かに。

 こんな泣き方ができる娘だったなんて知らなかった。

 きっと、……これが本当の小鳥の強さ。

 それは自分にはない、確かな礎のような強さだった。






to be continued……


さて。原作とかなり離れた展開になってきました。

これはTerra編ではないんじゃないか、という声がきこえてきそうな。

まあ、ごもっともとしか言えないんですが、どうかオリジナルだと思って頂けると有難いです。

原作では洲崎から有益な情報を得ることになりますが、この作品では瑚太朗にその役目を与えてみました。

それはこれから先の展開で必要なことなので、改変やむなしといいますか。

小鳥に関しては、原作否定のつもりはありません。

ただ、子供の目の前で両親を撃ち殺すという行為。否定はしませんが、余りにも残酷です。

これは作者なりの救済措置のようなものなので、原作否定ではないということです。

でもアニメでやるんでしょうかね、これ……。

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