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崩壊序曲~finality~  作者: 千月華音
10/11

(11)交錯する別れ



 ――シャッ……!


 紙を切るような音とともにドアが真二つに裂けた。

 感覚としては豆腐を切るような。いや、そもそも切ったかどうかの感触もない。

 瑚太朗は左腕の五本爪をまじまじと見た。

「なんだ、これ……」

 凄まじい威力。

 イメージしたのは篝のリボンのような形状だが、武器として扱うならこの形だろう。

 ――武器。

 これなら人間も魔物も一瞬で両断することも可能だ。

 この三層構造の鋼鉄の扉を苦もなく切り裂くことができるのだから。

 いや、切り裂くというより。

 分子レベルで粉砕したという表現が正しい。扉の両断面から飛散した欠片もなかった。まるで消滅してしまったかのような。

 瑚太朗は虹色に変化するその爪先に指で触れた。

 その途端、霧状になって消滅したが、光の粒は体内へと吸い込まれていく。

 再びイメージする。――出現した。今度は帯状の形態となって。ゆらゆらと揺れるが、自在に形を操れるようだった。

 理解した。……これがデフォルトだ。

 ここからいろんな形へと変化することが出来る。剣でも爪でも、溶解液でもマグマでも、――人の命を繋ぐことすらも可能だ。

 銃のような複雑な構造は無理のようだが、槍や弓など、原始的な構造の武器ならどんな形でも組み上げることが出来る。

 想像、いや、……創造なのか。

 篝が人間の姿を象っているのも、今ならわかる気がする。人間だけなんだ。無数の想像力を働かせることが出来るのは。

 それは無限の可能性を秘めているのと同じこと。

 人が進化することが出来たのも……。

「篝……」

 左手を握り締める。

 この力は必ず君に返す。だからそれまで、……どうか。

「間に合ってくれ……」

 祈るように目を閉じ、そして、全力で部屋から脱出した。






 来た時と同じルートは使えなかった。人工来世から出るには、どうしても結界を抜けなければならない。

 魔物使いがそれを感知できないはずがない。気付かれたら追跡がかかる。極力騒ぎは起こしたくなかった。

 必ずあるはずだった。この――人工来世の中に。

「ここか……?」

 灰色のビル群の中に、一画だけわずかな電力の供給が行われていた。現世側ではここは生化学研究所の高層ビルだったはず。

「なるほどね……」

 研究所の施設をそのまま活用し、魔物を生成しているということか。

 この人工来世を維持するためには、どうしても大量の魔物が必要になる。だが魔物を生み出せる魔物使いは限られる。

 そこで魔物一体から遺伝子操作で複製を編み出す技術をマーテルが開発したという情報を、鳳教授の研究データから知った。

 いわば劣化コピーだが、人工来世を維持するだけならこの魔物だけでも可能だった。

 このビルでそれが行われているのだとしたら。

 供給源である魔物生成を絶てばいい。そうすれば結界など維持できなくなる。脱出の機会はそれしかない。

 上を見上げた。

 現世側では上のほうが企業エリア、では――地下が研究施設か。

 銃弾の残りを数え、十分な数があることを確かめた。ブレードは極力控えることにする。

 裏口から侵入した。

 見張りも、セキュリティも機能していない。電力をすべて地下へと集中するためか。……間違いない、ここだ。

 人の気配を探りながら地下への階段を下りた。

 非常灯すら点いていないが、暗がりなどなんの支障もなかった。五感を澄ませてわずかな電子音がする方角へと向かう。

 地下五階のフロア。――その奥から、聞こえる。

 リロードした。誰かがいる。……殺さないと。

 銃で鍵を壊し、扉を蹴破った先に。

 ――思ってもいなかった人物がいた。

「……おまえ、は……」

 白衣を着た、中年のその男は。

 瑚太朗を信じられない目で見つめていた。

 信じられないのは、――いや、信じたくないのは、瑚太朗のほうだった。

「父さ、ん……」

「瑚太朗……なのか?」

 手が、震える。

 構えた銃が、凍りついたように動かない。

 父親の目の前にある巨大なカプセルのような水槽には、……生成途中の恐竜型魔物が漂っていた。

「おまえ、その……姿は……」

 家を出てから、もう三年。……いや、もうすぐ四年。

 別れたときとまるで変わらない姿に、驚愕の言葉を発する父親を見て、先に我にかえったのは瑚太朗のほうだった。

「魔物の生成を停止しろ」

「……瑚太朗」

「早く! 停止しないなら殺す!」

「それは出来ない」

「……なら、……もう話すことなんかない」

 目を瞑った。

 見なければいい。言い訳なんて聞きたくない。この人は俺の父親なんかじゃない。そう思えば。

 ……なのに。

 銃にかけた指先が、一ミリも動いてくれようとしなかった。

(動け、よ……!)

 この人は魔物を生成して、人工来世の結界を維持しようとしている。それはマーテルの人間だけを鍵の救済から逃れさせるためだ。

 つまり、――人類を見捨てた。

 俺を……息子すらも、切り捨てようとしている。

 なのに……!

「瑚太朗。……私たちはもう、死を受け入れている」

「……っ」

「ここにいるのは救済を望む人々だ。この人工来世ごと世界から切り離してこの世界で朽ちていくだけの人々だ。切り離すためには魔物による結界が必要だ。生成をとめるわけにはいかない」

「……現世はどうなってもいいってことかよ」

「そう思っても構わない。……おまえは戻れ。ここにいても死を待つだけだ」

「まだ救済は起こっちゃいない!」

「手遅れだ。……歌はもう始まった」

「な……っ?!」

「あとは鍵の目覚めを待つだけだ。おそらくは、あと数日――」

「どこで歌ってる?!」

「とめようというのか?」

「当たり前だ! 救済なんて起こさせるものか! 篝を失うわけにはいかないんだっ!」

「…………」

「言え! どこで歌ってるんだ、聖女はどこに!」

「……現世側の、観測者の木の最上層だ。風祭学園の特別棟から直結通路で繋がっている。このカードで扉を解除できる」

 投げ渡したのはマーテル幹部しか持てない最高レベルのセキュリティカードだった。

 それを見て、不審な顔で父親を見上げた。……なんのつもりなのかわからない。

 そんな瑚太朗を一瞬だけ優しい瞳で見つめ、背を向けた。

「変わったな、瑚太朗……。何もかも投げやりだったおまえが」

「……何年経ったと思ってるんだ」

「鍵と交わったのだな。だから……その姿か」

「なにを……言って?」

「瑚太朗。おまえが得たその力は、この先の地球では必要のないものかもしれない。……だが」

 振り向いた父親の表情は、なぜか少し微笑んでいるようだった。

「おまえならきっと、違う生き方が出来るような気がする。……行け。ここの区画だけ結界を解除した。地下放水路から伝っていけば現世側に出られる」

「…………」

 何も言えなかった。

 この人は、もうここで死んでいくだけ。

 だけど、――きっと。

 いまようやくだけど、何かが分かり合えたような気がする。

 理解することなど出来ないと思っていた、父親のことを。

 こうやって……見送ることができる。

「父さん。俺……生きがいを見つけたんだ」

「……そうか」

「彼女を助けるためなら世界だって敵に回しても構わない。……だから行くよ」

 振り返らなかった。

 おそらくは、近くに母親もいる。だけど今は考えない。

 地下へ通じる扉を閉めると、――ただひたすら、前だけを見て走った。






to be continued……


原作では一瞬の別れでしたが、少し会話させてあげたくてこういう別れ方にしました。

短くてすみませんが、この後両親が瑚太朗について語る場面をカットしました。

今後の展開にも関わる部分だったので。

いずれ違う形でのせたいと思ってます。

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