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崩壊序曲~finality~  作者: 千月華音
1/11

(1)崩壊への誘い

※前作「天使音階」~「崩壊序曲」をお読みになってからご覧ください。




 マーテル本部の中心から放射状に伸びた通路の先のひとつ――。

 そこにある鉄扉が瑚太朗の目にとまった。

 一見頑丈な閂で施錠されているように見えるが、通路の陰に身を隠してしばらく様子をうかがうと、閂はダミーでオートロックになっており、幹部らしき人物が何人か出入りしているのを見つけた。

 ……間違いない。

(あそこから人工来世へと繋がっているのか)

 以前洲崎に案内されて連れられたときは目隠しされていたし、複雑な経路で辿らされていた。

 てっきりかなり地下深くに出入り口があると思っていたが。

 灯台下暗しとはよく言ったものだ。まさか本部から直接出入りできるとは思わなかった。

「…………」

 瑚太朗はフードを目深に被り、辺りに人の気配がないのを確認すると、鉄扉に近づいた。

 やはり、閂は鍵ではない。巧妙に隠されているが最新式の指紋認証パネルが扉と同色に塗りつぶされカモフラージュされている。

 この認証をパスすると閂が開閉する仕組みになっているらしい。

 セキュリティを破るのは……時間をかければ不可能ではないが。

 今はその時間が惜しい。

(作るしかないか……)

 何としてでももう一度人工来世へと行かなければならない。

 加島の動きがない今しかそのチャンスはないのだ。

(さっき見た幹部の一人……)

 資料で見た顔だった。……確か娘が一人いたはず。

 小鳥と同じ学校だった。あいつはほとんど学校に行かないが、確か同じクラスだ。顔見知りなら……。

「…………」

 罪悪感などない。

 利用できるものならなんでも利用してやる。

 時間がないのだ。

 篝の状態は日に日に切迫していた。

 鍵が審判を下す日が近づいている。そして……。

「……っ」

 考えるな。

 今そのことを考えたらもう立ち上がれなくなる。

 わかっている。

 いつか別れの日が来るのだと、――わかっていた。






「……悪いな。殺すつもりじゃなかった」

 ガタガタと震える少女を見下ろし、血に濡れたナイフを振り払って足元の死体を転がした。

 娘を守ろうと最後まで抵抗した父親を、この少女は誇ってもいい。

 死体から指を切断して必要な処置をすると、怯える少女に顔を向けた。

 涙で濡れているが、きつい眼差しで睨みつけている。……大丈夫だ。憎しみがこの娘に生きる糧を与えてくれる。

「さっさと行けよ」

「……っ。ひと、ごろし……っ!」

「ああ、言い忘れたけど小鳥な、あいつもう用済みだから始末した。おまえもそうなりたくないなら黙ってることだな」

「ひっ……!」

「転校でもなんでもいい、……この街から離れろ。もう一度会ったら今度こそおまえを殺す」

 その場から走り去ると、背後から森の木々のざわめきに混じって少女が父親に縋りついて泣く声が聞こえてきた。

 ……殺すしかなかった。

 彼の顔を借りるしか人工来世へと行く手段がない。顔面を作り変え、手で骨格の形を確認すると、だいたいの容姿を掴んだ。――これなら。

 誰にも察知されず怪しまれないためには、極力不安要素を取り除かないと。

 少女に言った「街を離れろ」という言葉は本心だった。どこへ行ってもきっと意味などないが、風祭はもう戦場になる。

 森の中を疾走していたそのとき。

 携帯のメール着信が鳴った。

 覚えのある着信パターン。……小鳥だ。

「…………」

 何を言ってきたか大体想像がつく。

 あいつは魔物の目で一部始終見ていた。その気配は感じていた。だが躊躇わなかった。

 きっと、……もう軽蔑している。

 そうして欲しい。

 いっそ嫌ってくれ。

 でないともう小鳥ですら……。

「…………」

 着信が電話へと切り替わった。

 メールを無視していたからついに堪忍袋が切れたらしい。

 半ば自棄になりつつも着信ボタンを押した。

「……なんだよ。話すことなんて」

『死体。あのままにしておけないでしょ。あとで魔物に運ばせるから』

 驚いた。

 小鳥の声は、怒りも怯えも何も感じられず、淡々とした落ち着いた口調だったからだ。

「おまえ、……見てたんだろ」

『仕方ないよ。あの人が瑚太朗くんを殺そうとしたから。静香は気にしなくてもいい。私がドルイドの力で記憶を部分消去するから』

「…………」

『なに? 余計なお世話だって言いたいの?』

「……小鳥」

『なに?』

「俺が怖くないのか」

『瑚太朗くんが人殺しだろうと、嘘つきだろうと、もうそんな人だってことはわかってる』

「…………」

『とっくに軽蔑してるから安心して。……あたしには瑚太朗くんしか頼る人、いないから』

 バカなやつだとため息をついた。

 そしてもっとバカなのは自分だった。

 小鳥すら殺そうと考えていた。

「……静香、って言ったっけ。結界で覆っているからしばらくは魔物に見つからないが、血の匂いにひかれて引き寄せるかもしれない。なるべく早めに処置を頼む」

『わかった。後は?』

「篝の様子はどんなだ?」

『瑚太朗くんが結晶を与えてからは安定してるけど……。しきりと瑚太朗くんの名前を言ってる。会いたがってるみたい』

「……。わかった。今夜少し時間を作るって篝に伝えてくれ。報告したいこともあるから」

『瑚太朗くん』

「なんだ?」

『あたし、瑚太朗くんの荷物になんてならない。……だから捨てたら許さない』

 息を呑んだ。

 見抜かれていた。――いや。

 小鳥はずっとそのことを恐れていたのだろう。

 きつい口調のその声は、絞り出すような悲痛な響きが感じられた。

「……小鳥。おまえは十分役に立ってるよ。……昔、な」

『え?』

「おまえのこと、近所の人がこう言っていた。……ギフトって。天恵の才のようなものだ。そのときは生意気な、必要のない余計なものに思えたけど……今はその力がおまえを生かしているんだと思う」

『…………』

「今はありがたくその力を使わせてもらっている。……俺から言えるのはそれだけだ」

『……ありがとう』

「バカ、礼なんて言うな。……じゃあ、後のことは頼んだぞ」

 通話を切って、――込み上げるものを押し殺した。

 小鳥。

 その力は、……諸刃の剣なんだ。

 それをわかるようになるまで、まだ長い年月が必要だろう。

 その年月を、作ってあげるのが自分の役目だ。

 だから。

(もう二度と……見失わない)

 ぎゅっと拳を握りしめる。

 目的のためには何を犠牲にしても構わない。

 だが見失うべきではないものまで犠牲にすることを考えるのは、もう二度とするものかと心に固く誓った。






 ガーディアン本部の地下施設から出てきたところで、薄暗い通路に佇んでいる人影に気付いた。

 その人影を見て息をとめる。……血の匂いが隠しきれていない。

 よりによってこんなときに、と舌打ちしたが、黙っているようなことでもないので無視して通り過ぎようとした。

 その横から、――手を掴まれた。

「……なんだよ」

「顔。もうちょっとなんとかしなさいよ。それじゃまるで殺人鬼みたいよ」

「ほっとけ」

「ああ、もう……! ほっとけないからこうして話してるんじゃない! いいからこっち来い!」

「お、おいっ」

 昔から変わらない強引さで、西九条灯花は瑚太朗を引っ張って近くの空いている作戦室の扉を足で乱暴に蹴り開けた。

 スーツのスリットが捲れ上がって下着が見えているのも気にしない。

 その様子に手を振り払う気も削がれてしまい、引きずられるまま椅子に座らされた。

「ちょっとよく見せなさいよ。……ほら、ここ返り血がついてる」

「い、いいって! あとで洗うつもりで」

「その匂いも、ちゃんと落としてから彼女に会いなさい。そんな顔で恋人に会うつもり?」

 西九条の言葉に、瑚太朗は目を丸くした。

 こいつは何を言ってるんだろう。

 こんな世話好きだっただろうか?

「なによ」

「いや……なんでわかった?」

「そりゃわかるわよ。そんな憔悴しきった顔してたら」

「…………」

「あんたね、仕事なんだからと割り切るのもいいけど、心まで騙しきれないようじゃ彼女だって辛いだけよ」

 思わず、ぷっと吹き出した。

「な、なにがおかしいのよ」

「いや、女ってすげえ勘がいいのな。もう隠すのもバカらしくなってきた」

「詳しくは知らないわよ。……まあ、なんとなく察したってだけ。特殊部隊の仕事、引き受けたんでしょ?」

「ああ。汚れ仕事のほうだけどな。俺の経歴、見ただろ」

「……清水教官からね。正直、信じられなかったけど」

「別にたいしたことじゃないさ。海外むこうじゃ超人なんてそんな使い道しかないから。だから警備保障会社なんて隠れ蓑で選別してる」

「ガーディアンの裏の顔ってやつね」

「どこの世界でも裏はある。ガイアにも、……国家にも」

「変わったのね、天王寺……」

「今さらだろ。……ところでさ」

 この際だ。

 情報はどこからなりとも仕入れねば。

 極力怪しまれないように、瑚太朗は自然を装って尋ねた。

「近々異動命令とか、きいてたりしないか?」

「異動? ……配置換えなんてきいてないけど」

「そうじゃなくて。上層部のほうで動きみたいなものがなかったか?」

「ああ、そういえば……教区から応援を寄越すみたいな話があったけど、延期になったわ。報道されてないけどバチカンでガーディアンの幹部が何人か暗殺されたみたいで。会議側がその情報を探ろうとしてるらしいけど、必死になって隠してるみたいで」

「首謀者が掴めないのか?」

「まあ、教区と会議の連携を阻もうとするガイアの仕業だと思って間違いないでしょうね。上もそう思ってるのか、暗殺を恐れて穴の開いた幹部席を誰が務めるかで揉めてるみたい」

「応援は当分来ないってわけか……」

「こういうとき、日本支部は何の権限も力もないからいくら要請したところで無しのつぶて。鍵より権力闘争とかどうかしてるわ」

 思惑通りだった。

 多少の時間稼ぎは成功した。いずれは鍵探索が本格化するが、今はこれでいい。

 あとは……。

 いま拷問にかけている洲崎。彼からなんとしてでも加島の狙いを訊きだす。

 ガイアを内側から崩すにはもう加島を動かすしか方法がない。

 人工来世に加島が何をしようとしているか。……やはり直接行ってみるしかないだろう。

 問題があるとすれば。

(江坂さんが洲崎を殺してしまう前に、なんとか……)

 江坂からしてみればガイアの中核を成す須崎を捕らえたことでもはや目的は達成されている。

 殺されてはまずい。

 訊きだすために、江坂を封じねばならない。……どうやって。

「西九条。……頼みがある」

 搦め手からいくしかないか。

 余計なおせっかいだと思ったけど、こうなったら利用させてもらおう。

「なに?」

「あのさ。……お察しの通り、これから俺、同棲してる女のところに帰らないといけないんだよ」

 自分でも必死になって言っているつもりだった。

 こんなこと言ったら呆れられるのはわかってる。

 だが信じてもらうためにはこれしかない。

「……はい?」

「だから! おまえの言う通り、彼女に会いに行くんだっての!」

「……あ、そう」

「聞けよ! ……それでな。だいぶご無沙汰してたから、きっと怒ってると思うんだ。何かいい方法、ないかな?」

 耐えろ、耐えるんだ、俺。

 顔を伏せて、唇を震わせながら目を逸らしてそう言うと、西九条は肩にぽん、と手を乗せてきた。

「……苦労してんのね」

「やめろよ、そんな言い方!」

「わかったわよ、ごめん。……そうね、定番ではあるけれど、プレゼントとか」

「プレゼント…」

「女の子なら花とか、お菓子とか、まあ喜ぶんじゃないかな」

「お菓子、か……。江坂さんがそういえば詳しかったよな」

「そうなの?」

「昔、風祭のあちこちのスイーツ屋に付き合わされたことある」

「そういえばそんなこと聞いたような。……まさか江坂室長に」

「選んでもらおうかな。俺より詳しいし」

 そう言った途端、西九条は「あっははは」と大笑いした。

「それ、いい! 絶対いい! 最近なんか機嫌悪そうだったし、スイーツさえ食べれば幸せな人だから」

「俺じゃ警戒されるから西九条に頼んでもいいか?」

「おっけー! 江坂室長、さっき司令室にいたから聞いてみる。ねえ、そのケーキ選び、二、三日続けてもいい? そうすればかなり眉間の皺とれると思うんだけど」

「ぜひお願い」

「…くくっ。あんたのおかげでピリピリした空気が消えそうだわ。じゃあしばらく待ってて」

 こうもあっさりうまくいくとは思わなかった。

 笑いを堪えながら部屋を出て行く西九条を哀れと思いながら見送った。

 立ち上がる。

 せっかく出来た時間だ。無駄には出来ない。

 瑚太朗は洲崎が拷問されて捕らわれている部屋へと向かった。






to be continued……


お待たせしました。(待ってた人が果たしているかどうか)

かなり長いこと放置していたお話ですが、このたびようやくこの話のケリをつけたくこうしてまた投稿することにしました。

二次創作ですが、原作改変となります。そしてエンディングも変える予定です。

一応構想はたててみましたが……。まだどこまで進めるのか、模索しながら書いていきたいと思います。

よろしければお付き合い下さい。

Terra編は大好きなので、出来れば中途半端に終わらせたくなかったというのが本音です。

ちゃんと終わらせることが出来るといいのですが……。まったくもって自信なし。

更新は不定期となりますが、どうぞあたたかい目で見守りください。

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