第8話『:8月23日(後)』
「ごめん。俺が悪かったんだ。ごめん。ごめん。・・・・」
そして今、他人となっていった佑也は僕の前に跪き、ひたすら懺悔の言葉を吐き出している。
「ごめんだけじゃわからないよ。ちゃんと説明しないと。」
僕はなるべく感情的にならないように気をつけながら、佑也に発言を促した。
「俺が・・まさか、佐伯が自殺するなんて・・・」
「違うよ。そうじゃない。はやく話の内容を聞かせてよ。」
佑也は話をしようとはせず、ただ泣きながら謝り続けていた。
数十分にわたって謝り続けていたため、家の前を通りすがる人たちはこの光景を不審な目で眺めながら去っていた。
ジリジリと鳴く蝉の声はまるで僕の心を削り取っているかのようで、僕は時間が経つにつれて徐々に苛立ちが大きくなっていった。
「おい。話す気がないなら帰れよ。」
僕はいつもの口調とは違い、少し乱暴に話しかけた。
すると、佑也は一瞬だけ分かりやすくビクッとした後、恐る恐る顔を持ち上げながら僕の顔を見据え、その口を開いた。
「俺が佐伯を襲ったから佐伯は自殺をした・・・」
気づけば、僕の拳に痛みが走っていた。
佑也が桜花を襲ったことを告白してから少しの時間が経った。
僕の目の前には血だらけになりながらも跪いて謝り続ける佑也がいた。
こいつは、どれだけ殴っても諦めずに謝り続けている。「ごめん」なんて同じ言葉を意味が薄れるほどに何度も何度も。
いったい僕に何を求めているのだろうか。
僕が「許してあげる」とでも言えばいいのだろうか。
いや、僕には桜花のことを判断する権限があるわけではない。
だから、なぜ佑也が桜花の自殺の原因を僕に告白し、ひたすら僕に謝り続けているのか、その理由がわからない。
「とりあえず家に入れよ。」
僕は佑也を家に連れ込み、部屋に向かった。
あまりにも長い間殴り続けていたため、家の前を通る人々が何事かと興味を持ち、野次馬になっていたからだ。
階段を登る最中うしろを振り返り、佑也が後ろについてきていることを確認し、僕は真実を告白した。
「あのさ・・・・」
佑也が頑張って秘密を告白したのだから、僕も秘密を告白するべきだと思ったからだ。
だから、僕は今まで自分にすら嘯いてひた隠しにしてきた事実を告白する。
「お前のやってたこと。僕は全部知っていた。」
桜花が毎日呼び出され、佑也とあかねを中心とした人物からいじめを受けていたという事実を。そして、それを知っていたという事実を、僕は佑也へと告白した。
僕は知っていながら、佑也の告白を聞いて彼を殴った。
ただ、これは反射的なものに近かったため、どうして殴ったのか自分でも理解できない。
僕と桜花が同じクラスになったのは、小学校5年生の時が初めてだった。
それは、僕と佑也の中が壊れた年だ。
それからはずっと桜花と僕は同じクラスで、毎回近くの席になっていた。
彼女は明るく、誰にでも好かれる性格だった。
しかし、男子から見たら人気者の彼女も、同じ女子から見れば妬みの的だったらしい。
彼女は僕がいじめに遭うよりもずっと前から、クラスメイトの女子たちからいじめられていた。
僕はそれを知っていた。
彼女がいじめられていることはクラスメイトになる前から知っていたんだ。
そして、僕たちは互いに互いを見て見ぬ振りをして中学生になった。
その頃から、彼女は自殺を図ろうとしていた。
僕も同様だった。
そして、僕が自殺を図ろうとしていた日に、彼女は僕のいじめ現場に自殺を図るためにやってきた。
その時彼女が何を思ったのかはわからないが、彼女は佑也たちを騙し、脅迫し、僕へのいじめを止めさせた。
次の日から、佑也のいじめの対象は僕から桜花へと移り、僕はいじめられることがなくなり、桜花は佑也とあかねによって暴行を加えられるようになった。
それは日にちが経つことでどんどんエスカレートしていき、彼女が自殺する5日前に佑也はあかねの指示で桜花を犯した。
以上が僕の知っている桜花の事実だ。
佑也は自分が桜花を犯したことが原因となって、彼女が自殺したと考えているのだ。
だけど、佑也が桜花を犯したことが原因で桜花が自殺したのかどうか、僕が知っているはずがない。
「全部知ってたよ。佑也は8月15日に桜花を犯したんだろ?」
「・・・・・・」
「それが原因で桜花が自殺したと思ってるんだろ?」
「・・・・ああ。」
やっぱりそうだ。
「悪いと思ってるのか?」
「思ってる!後悔してる!ここまでするつもりはなかった!」
佑也は泣きそうになりながらも僕に怒鳴ってくる。
本当に心から後悔しているようにしか僕には見えなかった。
「ただ、あいつのせいで俺は停学になって、そのせいで内申に傷がついた!だから、少しカッとなっちまったんだ・・・」
ヤンキーといえばヤンキーと言える佑也は頭がいい。テストの点なんかもいつも上位だ。
悪い部分は目立つが、なんだかんだ言って優等生なんだ佑也は。
そんな彼が内申を傷つけられたことを理由に人に暴行を加えるのかと考えたが、彼はそういう人間なのだ。
「・・・・・・」
「許してくれよ。お前、あいつの彼氏なんだろ?お前が許してくれないと俺はいつまでたっても罪悪感に潰され続けちまう!」
佑也を無言で睨みつける僕に対して、佑也は焦ったように謝罪を続けた。
見ているだけで分かる。こいつは自分のやったことを許してもらうことで、罪悪感をもみ消し、正当化しようとしているのだ。
だったら簡単な話、彼の望みを叶えつつ利用してやろうと僕は考えた。
「後悔してるならさ。僕のお願いを聞いてくれない?そしたら許してあげる。」
僕は佑也に自分の計画の一部を手伝わせることにした。
話をしている間、佑也はずっと納得していない顔をしていた。
僕が話をしている間、彼の心を映したかのように空は曇ってゆき、次第に雨が降り出した。
僕は佑也がしっかりと帰宅したのを確認すると、引き続き求人情報をあさりだした。
「何をするにも金がいるんだ。」
僕は誰に言うわけでもなく呟き、いつの間にか眠りに落ちていた。