第6話『:8月23日(前)』
夢から覚めると、僕はとりあえずバイトを増やそうと、バイト検索アプリで求人情報を眺めて1日過ごした。彼女の運命の日の“後”に必要になってくるからだ。
治験や接客、交通整備や街頭調査。仕事の危険度は特に気にしなかった。とにかく高額の稼ぎが欲しかったからだ。
幾つかの求人に目をつけ、面接を応募するころには、すでに日は沈みかけていて、5時を知らせるチャイムが町中になっていた。懐かしい曲だ。聞きなれた心地よい曲。“赤とんぼ”だっただろうか。
しばらくは懐かしいチャイム音を聞いていたが、チャイムの音が遠ざかるにつれて、その中に家のインターホンの音が混ざっていたことに気がついた。僕は重い腰を持ち上げて玄関へと向かった。
誰もいない静かな家に鳴り響くインターホンの音。僕はそのリズムに合わせて階段を下る。
階段を下るほどに何故か体は重くなっていき、まるで今から玄関に行くことを無意識に嫌がっているみたいだった。
玄関についた僕は、妙な嫌悪感に苛まれながらその扉を開いた。
スライド式の玄関のドアを開けると、そこにはよく見慣れた懐かしい人間が立っていた。
かつて僕の親友として、いつでも一緒にいた男。
色恋沙汰に敏感な年になった頃から僕を苛め始めた元親友の男。
高校に入ってからは、同級生ではあったがほとんど関わることのなかった男。
クラスの頼れる存在。僕の苦手な存在。
僕が唯一殺してやりたいと思っている存在。
【江口 佑也】がそこに立っていた。
“ドクン”と心臓が脈打つのを僕は感じた。問答無用で殴りたい衝動に襲われたが、必死に抑える。
僕を見て、佑也が控えめに声をかけてきた。
「久しぶり」
なるべく平然を装いながら、佑也の挨拶を聞き流す。もちろん、心の中は平穏ではなかった。コイツがここに来る理由がわからなかったからだ。いや、理由自体は理解できていたが、納得はできなかった。
ただ、それでも怒りを抑えて僕は挨拶をした。特別取り繕った言葉ではなく、皮肉をこめて佑也と全く同じ言葉で。
「…久しぶり」
思いっきりの殺意を込めて睨みつけながら。