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最後の夢  作者: 人生依存
後日談

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後日談『:12月24日』

お久しぶりです。

蛇足にはなりますが、ふと書きたくなったのでチラッと後日談の小話を書きました。


 クリスマスだとか誕生日だとか、そう言ったイベント事がある度に、僕は決まって桜花へ会いに行く。

 岐阜県の端、滋賀県との県境にある僕たちの故郷の中でも際立って山の中の、けれど僕たちが暮らした街並みを見渡すことができる特等席に、君は眠っている。

 その場所は、正確に君の墓石ではない。

 佐伯家の墓はかつて村と呼ばれていた僕たちの街の一角で、その他大勢の墓石にカモフラージュされるように建っている。佐伯桜花と言う一人の特別な少女が眠っているからと言って、特別な扱いはされていない。

 僕と君は特別な関係ではなかった。僕はただ、君になりたかっただけの冴えない弱虫だ。そんな僕が、君の遺灰をどうこうする権利は持っていない。

 かつて彼女の一部であった灰は、彼女の両親と祖母と共に、佐伯家の墓地に眠っている。

 では、僕が決まって会いに行っているのは何なのか。正確な言葉で表現するのは難しいのだけれど、その場所には、彼女の心が眠っているのだと僕は思っている。

 随分と一方的で思想的な考えではあるけれど、神棚だって似たようなものだろう。

 その場所に明確な御神体があるワケでもなければ、何かが眠っているワケでもない。にも拘らず、僕たちは頭より高い位置に取り付けられた神棚へ向けて、毎日一回、あるいは数日に一回、はたまた気まぐれで、二礼二拍手一礼をする。よく分からないままに葬式は浄土真宗の西本願寺の派閥に倣って行うのに。

 僕にとっての神棚が、その場所なのだ。

 木々が生い茂る中、その場所だけはぽつりと空間がある。

 まるで、街を見渡すことを目的として誰かが作ったようなその空間に、今はもうただ大きな石が転がっているだけのように見える石碑が置かれている。

 かつて僕が刻んだ佐伯桜花の名前は、もう掠れて見えなくなっている。

 僕は何かしらのイベントがある度にこの場所を訪れ、桜花と言葉を交わしている。

 もう何度繰り返したのかはわからない。

 誰かに強制されたわけでもないその決まり事は、僕の中での絶対のルールになっていた。

 何年も何年も決まって訪れていたその場所に、僕はクリスマスと言うイベントがある日だというのに、初めて行かなかった。

「光助さん、どこか行くの?」

 同居人が寝静まった頃、起こさない様にと気を張りながらそっと車の鍵を手にとり、ダウンジャケットを身に着けて下駄箱から靴を取り出したところで、背後から声を掛けられた。

「ごめん、起こしちゃった?」

 振り返りながら、謝罪の言葉を紡ぐ。申し訳なさそうな顔ができているかは分からない。

 視線の直ぐ先で、僕よりも顔一つ分くらい背の低い女の子が、不安そうな顔で僕を見てくる。声を掛けられるまで直ぐ後ろにいた事に全く気付かなかった。

 目線が合うなり、少女は僕から目を背ける。右手を持ち上げて、その薄い手のひらで顔の右半分を隠す。その動作が何とも居た堪れなくて、気まずさを感じてしまう。

 僕は今、人を預かっている。目の前にいる少女がその対象だ。

 彼女はかつての親友……友人……腐れ縁の人間の妹で、彼に頼まれて彼女を彼らの両親の虐待から隔離するために匿っている。

 どうして僕がとは思ったけれど、かつての恩師含め、沢山の人にそう望まれたのだから、断りようが無かった。

 そして何より、少女の顔の右半分を覆うような火傷跡に、最低な僕は勝手に同情してしまった。だから、何の見返りもないけれど、僕は彼女を預かる事にした。

 彼女が……江口里咲が僕の日常に転がり込んできて、もうずいぶんと経つ。

 最初、里咲はまだ高校生だった。何年生だったのかは覚えていない。里咲の誕生日も知らなければ、何歳なのかも知らないから、尚のことで推測すらできない。

 里咲とは子供の頃に何度か顔を合わせた事のある程度の関係だったから、久しぶりにあった時、僕は全く記憶の里咲と結びつけることができなくて、少しだけ失礼な対応をしてしまったと思う。けれど、里咲は僕のことをしっかりと覚えていて、佑也の妹にしては随分としっかり者だなと感心した。

 いや、それは佑也に失礼だな。彼も里咲とは方向性が違ったけれど、確かに几帳面でしっかり者だった。最後にその仮面は崩れ去ったけれど、大人を欺くという一点において、僕は未だ、彼以上に才能を持つ人間に出会った事が無い。

 最初、江口里咲と言う少女は明るく活発な少女であると聞かされていた。随分と久しぶりに会うから、どのような子に育っているのだろうかと佑也に尋ねたら、そう教えられたのだ。

 けれど、実際に会ってみたら僕の想像とは少し違う子だった。確かにハキハキと返事をする子ではあったけれど、かなり大人しくて、礼儀正しくて、適切な言葉を当てはめる事は出来ないのだけれど、優等生といった感じの子だった。

 まぁ、それが緊張からくるものだったというのは今となってはちゃんと理解している。

 確かに、江口里咲と言う少女は彼女の兄の言うとおりに明るくて活発な少女だった。時折、彼女に桜花の姿を重ねて見てしまう事がある。だからこそ、僕は理解した。

 江口里咲は佐伯桜花と違うのだと。

 別人なのだから当然の話ではあるのだけれど、そういう事ではない。

 佐伯桜花の向日葵のような性格は、恐らく彼女の天性のものだと思う。

 誰に対しても平等に、分け隔てなく明るく、手を差し伸べ、振り回してくる。いつも沢山の人たちの輪の中心にいて、なのに実は本を読むのが大好きで、聡明で、思想家でもある。

 大人になった今だから言えることだけれど、彼女は正しく魔性の少女だった。彼女があのまま真っ当に大人になったのだとしたら、世界の一つや二つ、簡単に変えてしまっていたのではないかと思う。

 江口里咲はそうではない。明るく活発ではあるけれど、それはまるで、皆の考える明るい女の子、誰にでも好かれる主人公、自分にそんなレッテルが貼られるように、他人の目を気にしながら演じている。本当に演じているのかは分からないけれど、少なくとも僕の目にはそう見えた。

 そんな里咲は佑也の妹と言うだけあって、顔立ちが整っている。けれど、その顔の右半分は痛々しい火傷跡に侵さている。

 佑也に聞いた話だけれど、両親に熱湯をかけられてこうなってしまったそうだ。

 僕は両親との仲が良好だから、実の子に対してそんな酷い事をする親がいるだなんて想像もできないけれど、そう言った暴力に江口里咲が苦しめられていたのは事実だ。だからこそ、江口里咲は僕と生活を共にしている。

「…………寝たふりしてた」

 怒られる事に怯えているのか、里咲は僕と目を合わせようとせずに、消え入りそうな声でそう言った。

「光助さん、去年のクリスマスも夜になったら出かけてたよね」

 怯えるような……とは、少し違った様子で、上目遣いに里咲は僕と視線をぶつける。

「……バレてたんだ」

 去年は里咲が僕と共に生活をするようになって未だ日が浅かったから、一層気を張っていた。本当に深夜になってから、ほとんど物音を立てずに桜花の元へ向かったはずなのに、どうやら里咲は去年も寝たふりをしていたみたいだ。

「帰りは朝方だし、クリスマス以外にも何回かこうやって私に内緒で出ていく事あるよね」

 断っておくけれど、僕と里咲は恋仲と言うワケではない。僕は流石に元親友の妹に手を出すような人間ではないし、何よりも僕は佐伯桜花に囚われている。

 だから、こんな言い方は酷いかもしれないけれど、里咲が僕の動向をそこまで細かく把握し、制限できるような権利はない。僕をマリオネットのように操る事ができるのは、その特権を持つのは、佐伯桜花ただ一人だ。

 何せ僕はまだ、佐伯桜花の手のひらの上で道化を演じているのだから。

「こんな夜中に、どこに行ってるの?」

「桜花に会いに行っているんだ」

 里咲は僕の桜花へ対する感情を知っている。以前、里咲自身の口から、知っていると告白を受けた事がある。別段隠していたつもりは無かったけれど、僕が桜花へ対して抱いている感情に言及したことがあるのは、今のところは江口里咲しかいない。

 その解釈が正しいものであるかの答え合わせはできていないけれど、里咲は恐らく、満点ではないけれど及第点くらいには理解できているハズだ。生活を共にするようになって、里咲の様々な言動に触れて、少なくとも僕はそう感じている。

「…………桜花さんに?」

 里咲はほんの数秒の間に、表情をくるくると切り替える。今まで見た事のある表情も無い表情もまぜこぜに、まるで、適切な感情が取り出せずにいるみたいだ。

 少なくとも、桜花がまだ生きているのかと言った的外れな質問は投げかけられることは無い。

 僕たちは映画や小説の登場人物でもなければ、死者の蘇生が平時のものとして捉えられるような漫画やゲームの登場人物でもない。

 佐伯桜花と言う一人の少女が既に他界し、その葬儀が行われたという事実を知っている人間であれば、僕の言葉を聞いた人は恐らく皆が墓参りまたは準ずる行為になるのだろうと解釈してくれる。

 ころころと表情を変えながらようやく見つけたであろう正解の感情がどのようなモノなのかは分からない。何を考えての事だったかは理解できないけれど、里咲は覚悟を決めたような表情で、僕の目を真っすぐに見て言った。

「私じゃあ……桜花さんの代わりには成れないの?」

 気づけば、里咲は僕のダウンジャケットの袖口を両手で控えめな力で捕まえている。

「君は……何を言ってい「私は桜花さんには為れないの?」

 僕の言葉を遮って吐き出された言葉に、僕は固まる。

 真剣なまなざしに、僕はついたじろいでしまう。

 今まで、江口里咲を匿う事に協力したのは同情の感情が一番強い動機なのだと思っていた。けれど、僕は僕自身の感情を正しく理解できていなかったみたいだ。

 随分と長い間、同じ流れの時間を共有したものだけれど、今の今になってようやく僕は僕が江口里咲を匿う事に決めた理由を知れたような気がする。

「…………君は桜花には為れないよ」

 本心からの言葉を口にする。

江口里咲と言う少女を表するには天真爛漫という言葉が合うそうだ。親からの虐待がクラスメイトに露呈した後は少しだけ落ち込んだそうだけれど、明るい振る舞いは基本的に変わっていない。

ただ、どれだけ天真爛漫に振る舞おうと、どれだけ他人に平等に手を差し伸べようと、どれだけ沢山の本を読もうと、江口里咲のそれは偽物だ。別人だから違うのではない。

恐らく、江口里咲は佐伯桜花を追随しようとしている。佐伯桜花の挙動を一挙手一投足のレベルにまで真似て、佐伯桜花になろうとしている。

里咲の明るさに対して抱いた、他人の目を気にしながら演じているように思えるという感覚はあながち間違いではないはずだ。

何故そんな事を試みたのかは分からない。

けれど、僕自身も佐伯桜花と言う人間に憧れた質の人間だ。

佐伯桜花に憧れて、桜花と同じ形で桜花の後を追おうとした身だ。

他人の感情に対して偉そうに講釈を垂れる権利など持ち合わせていない。

でも、佐伯桜花と言う一人の少女にどうしようもなく憧れたからこそ、これだけは断言できる。

江口里咲は佐伯桜花には為れない。

そうであろうと試みる人間は、元来そうであった人間には為り得ない。

佐伯桜花と言う少女に表面上は限りなく近い少女という定義であれば、あるいは成れるのかもしれない。けれど、別の人間だからとかそういう話ではなく、佐伯桜花に為る事はできない。

これは僕自身の執着のようなものなのだけれど、僕ですら佐伯桜花を正しく理解できなかったのだ。それを、江口里咲が理解して同調することなどできる筈がないだろう。

 当然、僕だって佐伯桜花に為る事は出来ない。

「じ、じゃあ」

 グイッと強く袖口を引っ張られ、泥沼の思考から強引に引き上げられる。

 目の前にいる少女は、顔の半分を火傷跡に覆われている少女は、その傷跡を隠すことはせずに、真っすぐに僕を見つめてくる。

「わた……わたし…………私が……私が桜花さ……あ」

 覚束ない足取りで丁寧に言葉を紡ごうとして、何かに気が付いたように言葉を止める里咲。

 少しだけ視線が泳ぐ。けれど、すぐにまた綺麗な黒の瞳が僕の両目を真っすぐに射貫く。

「今日は……私と一緒に居て欲しい」

 予想もしていなかった言葉に、正直に言うと困惑した。

 その背景にどのような事情があるのか、何を思ってそんな事を言ったのか、全く以って分からないから。

 僕は昔から、人の表情に対して敏感な方ではあるけれど、だからと言ってそこから相手が何を考えているかだとか、僕にどういった立ち振る舞いが求められているかだとか、そういったものに対しては随分と鈍い人間だ。

 そのことで桜花に何度も揶揄われた事を覚えている。

 佐伯桜花は僕と言う人間を知ったうえで僕に手を差し伸べてくれるような少女だった。

 いや、今は話が脱線してしまうのは避けた方が良いな。

 とにかく、どうして里咲が僕に対して一緒に居て欲しいと言ったのか、その意図が解らなくて混乱した。けれど、僕の袖口を引っ張るその手が小さく震えている事だけは確かに分かった。

 もう随分と日にちが経っているとはいえ、江口里咲が僕と同居している理由は両親の虐待から匿うためで、顔に大きな火傷を負ったり体中に痣ができたりする程の虐待を受けていたのだから、今でもふとした瞬間に嫌な記憶がフラッシュバックして、心細くなることだってあるだろう。

 そんな里咲を一人置いて桜花に会いに行くわけにもいかないし、里咲を連れて桜花へ会いに行くのも少し気まずい。だから、クリスマスと言うイベントの日だと言うのに、僕は今年、初めて桜花へ会いに行かなかった。


そことそこが繋がっていたという答え合わせのようなものです。

里咲も光助もお気に入りなので、二人の物語はどのような形であれ、生きている限りは少しずつ書き続けたいと思っています。

出来たらいいな。

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