第4話『いつかの思い出』
その時、彼女はなんの前触れもなく僕に言った。
「光助君ってさ、私が死んだら私を追いかけてきそうだよね。」
この時は、“どうして彼女はこんなことを言いだしたのだろう”と思っただけで、僕はあまり深くは考えなかった。
「それって、僕が君を追って自殺でもするってこと?」
「そう。光助君はきっと、私が死んだら自殺をしてでも追いかけてくると思うんだ。」
そう言いながら、彼女はゆっくりとブランコに揺られている。
「なんでそう思ったの?」
「光助君って私以外に友達がいないでしょ?だからきっと私が死んだら“淋しさに耐えられない!”とか言って私のことを追ってくると思うな。」
その時は正直言って馬鹿馬鹿しい話だと思っていた。
「君は僕の中での君自身の存在を、どんなものだと思っているの?」
「絶対に離れたくない唯一の友達?」
「・・・・・」
あまり間違っていなかったので、上手く反論できなかった。
「一つ聞くけど、どうして君は僕の友達が君一人だけだって決めつけるの?」
僕にだって友達ぐらいはいたさ。なのに、どうして彼女は自分だけが僕の友達だと思ったんだろう。本当に失礼な人だ。
僕にも友達がいた。ただ、長く付き合っていく中で、ちょっとしたキッカケがあって、周りから人がいなくなっただけだ。
「私の質問に答えてくれたら答えてあげるね。どうして光助君は私のことを一回も名前で呼んでくれないの?」
これがなかなかの難題だった。難しい問いだったわけじゃない。答えづらい問いだっただけだ。
「わかった。僕は自分の質問の答えを知らなくてもいいから、君の質問には答えない。」
理由なんて簡単だ。僕がシャイで恥ずかしがりやなだけだ。ただ、その事実を桜花に言うのは恥ずかしかった。
あと、呼び捨てで呼んでいいのか、“さん”をつけるべきか、“ちゃん”・・・はさすがに無いだろうが、僕にはわからなかった。理由なんてそれだけだ。
僕の返答を聞いた桜花は、「ちぇーっ」と言いながら口を尖らせている。なんて間抜けな顔だろうか。
だけど、そんな顔を見ていられるだけで幸せだった。
「私が死ぬまでに、一度でいいから名前で呼んでね。」
そういった彼女の顔はとても寂しそうだった。
「気が向いたらね。」
「うん。」
彼女は少し間をあけてから僕の方を向き、小さな口を開いて僕に言葉をぶつけてきた。
「話を戻すけどさ、もし私が死んだら、私を追いかけてくる?」
「・・・その時になってみないとわからないな。」
「その時になっても、絶対に追いかけてこないでね。」
そう言った彼女の顔はとても真剣な顔をしていた。
僕は、なぜ彼女がそんなことを一生懸命に、釘を刺すように僕に言うのか理解できなかったけど、一応「わかった」と答えておいた。
すると彼女は笑みを浮かべた。
「約束しようよ。」
「約束?」
「うん。約束。もし、私か光助君のどちらかが死んだら、残された方は絶対に死んだ方を追いかけない。反対に向かって、ずっと歩き続けるの。」
「反対?」
“僕、さっきから一言ずつしか返してないな”なんてどうでもいいことを考えてると、彼女は具体的な内容を語り始めた。
「そう、反対。死の反対側。何があっても、絶対に諦めずに生き続けるの。死んだ方の分まで。」
彼女はそこで一度黙り込んでしまった。僕の返答を待っているのだろうか。
しかし、そうではなかった。
言いたいことをまとめ終えたのか、彼女は再び語りだした。
「残された方は多くのものを見て、多くの場所に行って、多くのものを食べて、多くの人と出会う。そして最後に天国へたどり着いたら、先に死んだ方に、死ぬまでに自分にため込んだすべてを話すの。」
桜花が一度言葉を区切り、唾を飲む。呼吸を整えて、再び続ける。
「見たもの。行った場所。食べたもの。出会った人。そして、ずっと伝えたかった事それら全てを。そしたらきっと、私たちは天国でも楽しく、仲良く暮らせる。」
僕は素直になかなか良い提案ではないかと思った。
僕は人だけでなく、すべての物事に対してもコミュニケーション能力が疎い。
だから、僕が先に死んだら、彼女が高いコミュニケーション能力を駆使して、僕の何倍も濃い人生を送り、僕が味わうには少し濃すぎる人生を、時間を与えてくれるのだろうと思った。
まぁ、天国というものがあればの話だけれど。
「わかった。約束しよう。どちらかが死んだら、残された方は、先に死んだ方の分まで生きるんだね。」
「天国の事も忘れないようにね。」
そう言いながら、彼女は右手の小指を差し出してきた。
「わかってる。」
僕はそこに、自らの右手の小指を巻き付けた。
今考えてみれば、特別悪い病気にかかったりなどしている訳でない君が、突然こんなことを話題に出すなんて、かなりおかしな話だったんだ。
二人はお互いの小指を自分の小指に抱き寄せ、それぞれ口を開いた。二人の声が重なる。
「「指きりげんまん、嘘ついたら針千本の〜ます(!)。指きった(!)。」」
もちろん、テンションが高い方が彼女だ。
昔よくやった、地方の約束のおまじない?をしている最中。
彼女との約束の事は頭には無かった。
“手から変な汗、出てないかな”そんなことを考えていたと言う覚えがある。
この約束をしたのは、彼女が死者の国へと旅立つ半年前だ。
結局、彼女が死ぬまでに彼女のことを名前で呼んであげることができなかった。
僕が彼女を名前で呼び始めたのは彼女が死んでからだった。
彼女を名前で呼び始めた理由は、自分ではよくわからなかったが、多分、彼女への罪滅ぼしか何かだろう。