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最後の夢  作者: 人生依存
斯くして少女は最後の夢を叶える
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番外編2『:12月24日』

 仕事終わり、駅へと向かう途中に偶然見つけたケーキ屋へと足を踏み入れた。

 ケーキ屋の店内には電飾やら雪に見立てた綿やらが飾り付けられたクリスマスツリーが置かれていた。

 よく見ると入り口のガラス扉にはサンタのイラストが描かれていて、あれは一体どうやって片付けをするのだろうとつまらないことを考えてしまった。

 多分、この場に桜花がいて「あれってどうやって掃除するんだろう」と聞いたら「ロマンティックの欠片も無いね、光助君は」なんて言われていただろう。

 きっと、桜花も扉のサンタの消し方を気にはなるだろうけれど賛同はしてくれない。佐伯桜花はそういう人間だからだ。

 ショーケースに近づいてケーキを選ぼうとしたのだが、今日はクリスマスイブだ。思いの外仕事が長引いたことも相まってケーキなど選べるほど残ってはいなかった。

 僕は仕方なしに余り物の中でケーキを選んだ。

 本当は苺のショートケーキが良かったのだけれど、余っていたのは桃の乗ったショートケーキと苺のタルトだけで、僕は生クリームを食べたいのか苺を食べたいのかハッキリさせる必要があった。

 どちらにしようかと迷っていると、ショーケースの端の方にあるものを見つけた。

「すいません。アレ、貰ってもいいですか?」

 指を指しながらサンタの衣装に身を包んだ女性店員に話しかけると、「おいくつですか?」と返された。

 少し動揺したが、「おいくつ」という言葉が僕に対して年齢を問いているわけではなく「何個いるのか」聞いているものだとわかって僕は頬が熱くなった。

 何というか、言葉に関わる仕事をするようになり、言葉に触れる機会が増えてからこんな勘違いばかりをする。

 言葉を知れば知るほどどんどんと不自由なものへとなっていく。

 本当、日本語というものは難しい。いや、言葉というもの全般が難しい。

「じゃあ二つ下さい」

「わかりました」

 ハキハキとした声の女性店員に促されて会計を終えると、女性店員はレシートと共に小さなクッキーが3枚入れられた小さなビニール製の袋を渡してきた。

「これは?」

「サンタさんからのクリスマスプレゼントです」

 女性店員は女性にしては少し低い声で作ったようなセリフを言った。最後にはあざといウィンクを添えてだ。

「ありがとう」

 そう言い残し、僕はケーキ屋をあとにした。

 背に向けてかけられた「メリークリスマス」なんて言葉が僕をいくらか鼓舞した。

 生きていて楽しいことは案外ある。僕はまだまだ頑張れそうだ。

 電車に乗って最寄駅に着くと、駐車場に停めてあるライムグリーンの愛車のエンジンをかけた。

 少し車内が温まるのを待つ間、自動販売機で温かいミルクティーを買って飲んだ。

 空を見れば星がやけに大きく見えて、もうすっかり冬なのだと自覚させられる。

 寒さは確かにあるが、生憎と僕は寒さには強い。だから、寒さで季節を実感することは苦手だ。

 日付は12月24日。星が綺麗な真冬日だ。

 携帯電話で時間を確認すると、すでに時刻は22時を回っていた。

 そろそろ向かわなければ間に合わなくなる。

 慌てて車に乗り込み、パーキングを解いてアクセルを踏んだ。

 駅前の堤防と堤防を繋ぐ橋を渡り、そのまましばらく道なり進んだ。

 しばらく進むとT字路に差し掛かり、左折して再び道なりを進んだ。

 そこから1時間ほど車を走らせ、目的地としていた小さな山の山頂にたどり着く頃にはすでに23時も半ばにさしかかろうとしていた。

 この山は地元の人間たちには天狗山と呼ばれる山で、マニアックではあるが天狗伝説も密かに存在している。

 ケーキ屋の袋とコンビニの袋、それから手提げの革カバンとランプを持って車から降り、見晴らしのいい開けた空間の端にある一つの石碑へと歩み寄った。

『佐伯桜花』

 石碑にはそう書かれていた。書かれていたというよりは僕がかつて書いた。

 ここは、佐伯桜花の墓だ。

 別にこの場所に桜花が眠っているわけでは無い。桜花は今も気色の悪い集合墓地の一角で眠っている。

 この場所に眠っているのは桜花の遺産の一つだ。

 石碑の正面に胡座をかき、革カバンから取り出した一冊の本を石碑の前に置いた。

「遅くなってごめんね、桜花。やっと、君の残してくれたものが形になったよ」

 返事など来ないとわかりつつも僕は話し続ける。

「まさか、君がこんなものを残していたなんて思いもしなかったよ」

 本に視線を移す。佐伯桜花が遺していった佐伯桜花の小説だ。

「今日はクリスマスイブだろ?だからこんな物を買ってきたんだ」

 ケーキ屋の袋から小さな紙箱を出し、その中身を取り出して一つを本の隣に置いた。

 プラスティック製フォークと紙コップ、それからシャンパンをコンビニの袋から取り出し、紙コップ二つにシャンパンを注ぐ。

 シャンパンを注いだ紙コップも本の隣に置き、紙コップの上にフォークを置いた。準備は万端だ。

「君は甘いものがあまり好きじゃあなかったからさ、ビターチョコのケーキを買ってきたよ。シャンパンは口に合うかわからないけれど、そこは我慢してほしいな」

 いただきますといい、チョコケーキにフォークを突き立てた。強烈なカカオの匂いが鼻をついた。

 一口食べるとものすごく苦かった。僕は苦いものが得意では無い。

 慌ててシャンパンを口に含むと、それはそれであまり好きでは無い味だった。

 踏んだり蹴ったりで、この状況で本当に桜花がいてくれたのなら、きっと僕を指さして笑ってくれただろう。けれど、この場に桜花はいない

 佐伯桜花はもうこの世にはいない。

「僕たちさ、こうやってお酒を飲むことも一緒にケーキを食べることもクリスマスを楽しむこともできなかったよね」

 懐かしむように言った後で自分の言葉が正しくは無いことに気がついた。

 僕たちは恋人同士の関係ではなかった。友人同士の関係ですらなかった。

 僕と桜花は対極の位置にいて、ある意味では表裏一体の関係だった。

 友達以上友達未満。それが僕らの関係だ。

「もっと僕に勇気があればさ、もっと僕らは人生を楽しむことができたのかな」

 答えは否だとわかっていて、それを指摘してくれる人もいないのだとわかっていて僕は呟いた。

 そこからしばらく、僕は桜花に仕事の愚痴を聞いてもらった。

 桜花のもとに来てから30分が経とうとする頃、事前にセットしてあった携帯電話のアラームが鳴った。

 僕は慌てて携帯電話を操作してアラームを解除し、表示された0時00分の時刻を見て紙コップを持つ手を空へと伸ばした。

「メリークリスマス」

 気まぐれで決めたクリスマスの過ごし方だったが、もう同じことはしないほうがいいなと思った。

 そうで無いと、僕はいつまでも桜花に縋り続けてしまう。

 耳に届いてくる_ピッピッピッ_という不思議な機械音に誘われるように、僕は冬の空の下で眠りについた。


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