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最後の夢  作者: 人生依存
最後の夢(不完全版)
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第3話『:8月22日』




 朝になると、僕は桜花の残骸を持って家を出た。外は相変わらずの快晴で、太陽は今日も元気に紫外線をばらまき、人々をその光で蹂躙していた。

 

 いつも二人で話をしていた公園を通り過ぎ、三十メートルほど歩いたところにある喫茶店だった建物の突き当りを左に曲がる。そこには瓦屋根の建物がある。

 

 その建物は側面を火で炙った木材で覆われており、いかにも古民家と言った風貌をしている。桜花の家だ。

  


 僕は、ドアの脇にあるインターホンを押し、中からの返答を待つ。この家には、桜花に案内されて何度か来たことがあったが、一度も入ったことはない。僕にはつり合わないことだと思っていたからだ。


 そんな過去を思い出していると、家の奥から一つの足音が近づいてきた。中から鍵を開ける音がして、スライド式の扉がそっと開かれる。そこには、昨日と違って血色の良い顔色をした桜花の祖母が立っていた。


 ふと玄関を見やると、桜花のものと彼女の祖母のもの以外に靴は一足も置かれていなかった。桜花の祖母に招かれて、僕は家に足を踏み入れた。

 

   

 桜花の部屋へと通された僕は言葉を失った。彼女の部屋は僕の部屋と同じほどの広さだった。初めて入ったはずなのに既視感を覚えたのは広さや物の配置が僕の部屋に似ているからだろう。


 部屋に入って最初に目に入ったものは本だ。おびただしい量の本。

 僕は部屋の扉を開けてまず、その膨大な量の本に圧倒された。

 

 扉と窓、机とベッドがある位置を除いた全ての壁に置かれた本棚。その中に隙間無くぎっしりと詰め込まれた様々な本。それだけではなく、本棚に入りきらなかった本が地面に乱雑に積まれている。


 自分はかなり本を読んでいる方だと思っていたが、この光景を見ると自分はまだまだだと思い知らされた。僕はいじめが始まった小学校5年生から本を読むようになったから、およそ6年でこの部屋の3割ほどの量の本しか読めていない。


 それでも僕は、少なくとも300冊以上は本を読んでいる。


 もちろん本を読むことしかしてなかったわけではないのだが、それでも僕は毎日毎日大半の時間を費やした。

 

 彼女はこの部屋にある数えきれない量の本を一体どれだけの時間を費やして読んだのだろうか。僕が本の虜だったのだとしたら、彼女は本に囚われていたのではないだろうか。

 

 だから稀に、彼女は詩的な発言をすることや、他人の思想に導かれたような考え方をするのだ。


 

 僕は導かれるように本棚に近づき、一冊の本に迷わず手を伸ばした。その文庫本を本棚から抜き取る。僕と彼女の思い出の本だ。

 

 彼女がはじめて僕に貸してくれた本。現代社会の優しさを否定するという酷くねじ曲がった話の小説だ。

 彼女がどうして僕にこの本を貸したのかはわからない。ただ、彼女はこの本に少なからず影響を受けていたと思う。



 彼女の祖母が部屋に入ってきて、部屋の真ん中にあるちゃぶ台の左右の傍に、向かい合うように座布団を置いた。


 僕は懐かしい本を再び本棚に戻し、用意された座布団に座って桜花の残骸を彼女の祖母へと渡した。すると、桜花の祖母はゆっくりと立ち上がり、引き出しから一冊の本を取り出して僕に差し出す。


 そして、ゆっくりと口を開いた。

「遺書に、この本を君に返すようにと書いてあった。」

 それだけ述べると、桜花の祖母は再びゆっくりと立ち上がって部屋から出て行ってしまった。

  

 彼女の祖母が再び部屋に戻ってくるのを僕はしばらく待っていたのだが、戻ってくる気配が全く無かったので僕は渡された本を持って立ち上がった。“パサッ”という音をたて、無地の封筒が一つ地面に落ちた。

 

 宛名は書かれていなかったが、状況を見ると僕宛の手紙で本にはさまれていたと考えるのが妥当だった。僕は、その封筒を拾い上げるとドアの前まで行き、再び彼女の部屋を見回した。

 

 やはり、初めて見たはずの桜花の部屋には既視感があった。

 この膨大な本の量にも、本棚の数にも、机にも。本から落ちた無地の封筒にも。

 


 桜花の家を後にした僕は、足早にとある場所へと向かった。二人の約束の場所。いつもの公園だ。

 二つ並んだブランコの片方に腰を掛け、隣のブランコを見る。そこにはもう、僕に眩しい笑顔を向けてくれる少女はいない。


 いつも二人で並んで座った二つのブランコは今、僕が独りきりで片方に座っている。いっそ君の事を追いかけて自分も死者の国に向かおうかと鬱になってみたが、君と交わした一つの約束が僕を止めた。


 今思えば、彼女があの約束を提示してきたときにはすでに、彼女は自殺を決意していたのだろう。

  

 ブランコに揺られながら僕は渡された本を見た。夏休みに入る直前に僕が彼女に貸した小説だ。なんてことない恋愛小説。叶いそうで叶わない、もどかしい恋の話だ。

 僕はそこに挟まっていた封筒を開けた。


 その時突然激しい頭痛に襲われ、何か忘れていたことを思い出すかのような感覚が胸を燻った。

 割れそうなほどに痛む頭を押さえていると、 『ピッ…ピッ…ピッ…』また夢の中と同じように不思議な機械音が大音量で耳に入ってきて、痛みが徐々に引いていく


 僕は痛みがひくにつれて、今この状況をどこかで体験したことがあるような気がしてきた。ただ、僕にはいつどこで今のような体験をしたか思い出すことはできず、頭痛のことは気にせずに封筒を開いた。

  


 中には、二枚の便箋が入っていた。桜の柄をした便箋。内容はいたって簡単なものだった。

 一枚目の便箋はどこにでもあるようなごく普通の遺書だった。

 今までありがとう楽しかったよ、自殺をしてごめんね、そんな内容が書かれていた。

 

 問題は二枚目の便箋だった。

『光助君、私たちの約束覚えてる?』

 この一文から始まった二枚目の便箋は、僕の表情を曇らせた。

『気付いてたんでしょ。それでいて見逃していたの?』こんなことも書かれていれば、『光助君と旅行とか行きたかったな。』なんてことも書かれていた。

『私、無人駅を回るのが趣味なんだ』とも書かれていた。


 それらは長い文章の中で書かれているわけではなく、まるで箇条書きのように二枚目の便箋に書き留められていた。

 そして最後の一文だ。『借りた本、汚してごめんね。最後のページだから目立たないけど、本当にごめんね。』

 

 僕はこの光景に既視感があった。なんとなくだが、最後のページに書かれていることは予想できた。

 

 僕は先ほど手元に戻ってきた本の最後のページを恐る恐る開いた。そこには、何も書かれておらず必要性を感じない真っ白なページの真ん中に、シンプルにただ一言『助けてほしかった。』そう書かれていた。僕はこの光景を知っていた。書かれている言葉を知っていた。

 

 理由はわからない。ただ、確かに僕は見た覚えのないこの光景や状況を知っている。

 

 僕はさっき読んだ手紙と今まで見てきた桜花の現実から、この言葉の意味はすぐにわかった。そして僕は確信した。彼女の自殺は彼女を助けることで回避できるのだと。

 

 さらに、彼女に関したことで「助ける」と書かれていたことから、彼女の自殺の理由は大体予想できた。もう夢の中で彼女を救うために必要なことが半分は出揃ったと言ってもいいのではないかと思う。


 

 やることを決め、光が見えてきた僕はすぐに帰路に着いた。家に帰り、いつも通りの生活を送った僕は、眠気に襲われてベッドに潜り込む。

 

 彼女は確かに「助けてほしい」と言った。なら僕に考えられることでやるべきことは一つ。

 いつも多くの人と一緒にいる彼女を。いつも多くの人に囲まれている彼女を。そこから救い出すだけだ。

 

 僕は決心した。彼女の遺書と自らの淡い恋心に説得され、僕は決めた。

 すでに終わったことを繰り返す夢の中、桜花を確実に助け出すと。

 そして、彼女と見ることのできなかった未来を見るのだ。

 面倒なことから逃げ出す僕にしては珍しく、何をしてでも桜花を救いたいと思った。

 

 そして、せめて夢の中なら夢の中らしくハッピーエンドで終わりたいと思った。

  

 そしてこの時、夢に行く前に僕は一つの決め事をして胸の奥底にしまい込んだ。しばらくの間、この決め事が僕の生きる原動力となった。そして最後に、桜花を裏切ることになった。

 

 結末によっては、僕は桜花を裏切ることはなかったのだろう。でも、結局僕は彼女を裏切ってしまうのだ。

 

 僕は眠りについた。君を。桜花を救うために。

 

 桜花にこの結末を夢の中で繰り返させないために。

  


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