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最後の夢  作者: 人生依存
斯くして少女は最後の夢を叶える
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第8話『12月10日:月曜日』


 

 寒さに叩き起こされるように私は目を覚ました。

 前日の天気予報で寒くなるとは言われていたけれど、予想以上に寒くなった。掛け布団を二重で使うからと薄手の寝間着で眠った自分を恨んだ。

 もしかしたらそろそろ意地を張らずに寝るときに暖房を使うべきなのかもしれない。

 けれどまぁ、こう言った寒さのようなある種の苦しみを実感すると言うことは自分が生きているのだということをしっかりと教えてくれる。私が現実の人間であることの証明材料を与えてくれる。

 私は確かに寒さを感じている。このまま寒さへの対策をしなければきっと私の体は弱っていく。するとどうなるんだろう……。

 とにかく羽織でも羽織ればいくらか寒さは和らぐだろうと思い、動きたくないと主張する体に鞭を打ってなんとか起き上がった。

 勉強机の椅子にかけてあった羽織を手に取ると、壁にかけてある時計が目に入った。示されている時間を見て私はおもわず笑ってしまった。

「今日はもう休むかなぁ」

 さすがに昼過ぎまで眠りこけていてそこから学校に行こうとは思えない。

 私はおとなしく1日を有意義に使うことにした。

「あなたにとって有意義に時間を使うっていうのがそれなの?」

 本を読んでいると彼女わたしが話しかけてきた。最近、以前にも増して彼女が話しかけてくることが多い。

「私にとってはこれが有意義なの。必要としていない知識を蓄えるよりも必要としている知識を蓄える。これが有意義と言わずしてなんというの?」

「確かにね。そういう観点でみれば本を読む時間っていうのは有意義な時間なのかもしれないわね」

「そうでしょ?だからあなたは黙っていて」

「アハハハハ!ひどいなぁ君は。もっとさ、お友達と接するみたいに私にも優しく接してよ。ほら、優子ちゃんに話すみたいに慈しむと見せかけたその実哀れむような見下した話し方でさ」

「別に、私は彼女を見下してなんかない。ただ、友人として接しているだけ」

 笑いをこらえるのが精一杯といった様子で、彼女は小さく震えた。

「いやいやいやいや。あなたは佐伯桜花なのでしょう?だとしたらさ、考えることはできるはずだよね。誰も考えないところまで深く深く、必要のないところまで追い詰めるように考えることができるはずだよね。だって、あなたは死ぬことに怯える哀れな少女だもの」

 彼女が何を言っているのかはわからなかった。けれど−

「だからほら、考えてみようよ。算数の計算を解くみたいに、一つ一つ順を追って考えていこうよ」

−けれど、わからないなりに彼女の言葉に耳を傾けようとは思った。

 だから、私は彼女に言われるがまま思考の海に沈んでいった。


 実に…実に心地のいい時間だった。

 彼女に言われる通りに考え、どうしても行き詰まったときには彼女に手助けしてもらう。そうして考えることを続けるといつになくスムーズに考えを深めていくことができた。

「ねぇ。あなたにとって優子や伽耶、杏はどう言った存在なの?」

「…友達」

「本当に?」

「……少なくとも私はそう思っている」

「じゃあさ、少しだけ見方を変えてみようか」

「見方を変える?」

「うん。角度を変えるの。あなたはこれまで友達と言えるような人がいなかったよね」

「いなかったわけじゃないよ」

「そうだっけ?でも、胸を張って友達だと主張できる存在はあの3人だけだよね」

「それは……うん」

「じゃあ本当の友達はあの3人だけだ。で、どうしていきなり友達を作ろうだなんて思うようになったの?」

「別に、作ろうと思ったわけじゃあないよ」

「そうなの?」

「うん。彼女たちが歩み寄ってきてくれたから私も歩み寄っただけ」

「ああ違う違う。そういうことじゃないよ。どうして今までは誰かに歩み寄られても自分から歩み寄ろうなんて思わなかったのに急に自分からも歩み寄ろうだなんて思うようになったの?」

「それは……」

「孤立して虐められることが嫌だったから?」

「違う」

「じゃあ周りの子達が羨ましくなったから?」

「それもちがう」

「じゃあこうだ。貴女あなたはあなたでいることが嫌になったんだ」

「それもちがう……きっと」

「じゃあどうして急に考え方を変えたの?もうここからは消去法だよ」

「……私は…普通の女の子になりたかったから」

「君は最初からずっと普通の女の子だったよ。君がそれを自覚していないだけ」

「そんなことは…」

 そんなことはないのだと否定することはできなかった。なにせ、私は自分が他の女の子とは違うのだと思っているけれど、それはきっとみんながみんな思っていることで、別段特別なことというわけではない。

 自分が周りと違った色に見えて恥ずかしく感じるのは年頃の少年少女からすればおかしいことではないのだろう。

 だからきっと、私は自分が他人とは違うと勝手に思い込んでいるだけの普通の女の子だ。

「なるほどね」

 彼女は言った。不敵に笑いながら

「そうなんだ」

「なにが?」

「なにがって、わかっただけだよ。あなたがどうしていきなり友達が欲しくなったのか」

「どうして?」

「教えないよ」

 彼女は可愛らしく声を作って笑顔で言った。

「だって、これはあなた自身で気づくべきことだもの。それに」

「それに?」

「あなたが貴女に成るのももう少しだもの」

 そう言いながら、彼女は私に右腕を突き出してきた。

 彼女の右腕は肘から先が無かった。

「それ…どうしたの?」

「あら、心配してくれるの?虚像の私を?」

「……」

「でも大丈夫。痛くはないから」

「どうしてそんなことに」

「もう直ぐ私は必要じゃあなくなるからね」

「それってどういう」

「それもあなたが自分で気づくこと。嗚呼、楽しみね」

「楽しみ?」

「ええ、楽しみよ。あなたが自分の願いに気づくのが楽しみ。どうか、あなたらしく醜く生きてね」

「貴女は何を言っているの?」

「えへへ。あなたにはわからなくても大丈夫。だってわかるようになるのだから」

 彼女は左腕をゆっくりと持ち上げ私を指差した。

「欠片はかき集めても元の姿には戻らないわ」

 それだけ言うと彼女は消えた。虚空に解けるように、粒子になって分散するように消えていった。

 ここで私は目を覚ました。

 本を読んでいたら途中で眠ってしまっていたようだった。

 それほどまでにつまらない内容の本だったのかと思い、私は何を読んでいたのだろうとタイトルを確認した。

 この日以降、彼女に遭わないためにも同じ本を読まないようにした。


 寝汗の不快感をぬぐうためにシャワーを浴びた。

 冬場にシャワーだけだとさすがに寒いだろうと思って湯船にでもつかろうと思ったけれど、カビの目立つ檜風呂に湯を張ってまで入ろうという気にはなれなかったのでシャワーだけで我慢することにした。

 再び寝間着に身を包んで別の本でも読もうかと本棚にある積み本を漁るように選別しているとインターホンの音が鳴った。

 時計が示す時刻は4時過ぎだ。きっと同じ登校班の誰かが学校の配布物でも持ってきてくれたのだろう。

「はーい。すぐに行きまーす」

 そう言いながら玄関に向かうと、ガラスの引き戸の向こう側に人影のようなものが3つ見えた。

 やけに大勢で届けに来たものだと思って玄関の戸を開けると、そこには私の大切な人たちがいた。

 連絡なしに休むものだから心配になって様子をみにきたのだという3人を家に上げた。

 私が休むだけで心配してくれるという人間がいることが嬉しかった。

 3人を家に上げて戸を閉める時、突然彼女の声がした。

「あなたは彼女たちを利用しているのね。大切な人だなんて言葉で結びつけて」

 と、私を笑うような彼女の声がした……ような気がする。


桜花が見た本のタイトルは『真宵後』です。

実在する本ではありません。ストーリーにも特に関係ありません。

ただの小話です。

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