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最後の夢  作者: 人生依存
最後の夢(不完全版)
14/59

第13話『:8月29日(前)』





『ピッ…ピッ…ピッ…』

 

 不思議な機械音が頭の奥に鳴り響き、その音に引っ張られるようにして僕は目を覚ました。

 枕元で充電してある携帯電話で日付を確認する。

 8月29日。時刻は朝の6時。未だに桜花が死んだ事が信じられない。

 彼女はもう1週間以上も前に死んだというのにだ。

 多分、現実で桜花が死んだ後も、彼女とは夢の中で会っていたからだろう。

 


 ふと、夢の中で眠りにつく直前の出来事を思い出す。

 夕方にも一度寝たが、そちらではない。


________


 それは、夜の12時頃の事だった。

 もう夜中と呼ぶには十分な時間であるのに、遠慮の欠片も配慮の意識も一切感じられる事なく、僕の携帯は音を立てて鳴り出した。

 メールとは違う電子音。それが通話の着信音だと気がつくまでに、時間はそれほど必要なかった。数時間前にも聞いた音だったから。

 

 携帯電話の画面を確認する。

 やっぱりと言うのか、案の定と言うのか、表示される名前は桜花のものだった。僕は迷う事なく通話を開始する。

 数時間前、桜花との会話が終わる際、彼女は「またね」ではなく、「バイバイ」と言った。僕はそれが気になっていた。


「もしもし」

 心臓が少しだけ鼓動を早める。

 桜花から「バイバイ」の真意を聞き出さなければいけないと思っているからだろうか。

 僕の全神経は耳に力を注ぎ始め、微弱な音すら聞き逃すまいと構える。

 電話口からは布ずれの音と荒れた呼吸音が聞こえるだけで誰の声も聞こえない。

 

 1秒1秒がとても長く感じられ、永遠という名の時間の檻に囚われたような錯覚を覚える。

 早く何か話してほしい。早く声を聞かせてほしい。僕はそう思った。

 早く僕に声を聞かせて、桜花が生きているのだと証明してほしいと思った。

 まるで数分は続いているように感じられた無言の時間は、電話の画面を見たことでわずか10秒ほどしか続いていなかったと分かる。

 そして、表示される通話時間が20秒になった頃、急に声が聞こえた。


「光助君かい?」

 その声は、愛おしい桜花の声ではなく、桜花の祖母の悲しみと焦りを含んだ声だった。

 僕は、“桜花の祖母が桜花の電話を使って電話をかけてきた”それだけの事実で話の内容を悟ってしまった。

“多分、桜花は再び自殺をしてしまったのだろう”と。

 僕は電話の内容は聞かず、すぐに「話の内容は分かっています。明日の朝、そちらに伺います」と言って電話を切った。

 これが夢の中で眠りにつく直前の出来事だ。


________


 僕は携帯電話を充電器から外し、電話帳を開く。その中から名前を探し出し、コールする。

 表示される名前は桜花のものではない。“江口佑也”のものだ。

 先日、佑也が謝りに来た時に連絡先を追加していた。

 これから先の僕の決め事を手伝ってもらうため、彼との連絡は欠かせなかったからだ。


 僕が電話をかけてすぐ、佑也は電話に出た。

 佑也は僕からの電話に必ずと言っていいほど素早く反応する。それは、彼が罪悪感を抱いているからなのかもしれない。

 僕はすぐに用件を告げる。

「あのさ。桜花の自殺の件だけど」

 電話の向こうで佑也が緊張するのがわかる。恐らく、彼は桜花の自殺に一生囚われて生きるのだろう。惨めな話だな。


 僕は桜花の自殺の真相を知った。と、言っても、佑也が桜花を強姦した事件が、桜花の自殺の原因となっているのか否なのか、それだけだが。

 だから僕は自分が知った事実を踏まえて佑也に話をすることにした。

「佑也。君は自分が桜花を襲ったことが彼女の自殺の原因だと言ったよね」

「ああ」

「それについて一つ分かったことがある」


 もちろん、事実を踏まえて話をすると言っても、誰も真実を話すとは言っていない。

 僕は事実を踏まえた上で嘘をつく。

「君の言う通りだったよ。桜花は君に襲われたことが原因で心に深い傷を負った。そして、生きることに耐えられなくなって自殺した。全部…全部お前が悪いんだ。いますぐ殺してやりたいぐらいだよ」


 真実は違う。

 僕は夢の中で、佑也が桜花を襲う事を防いだ。

 もしも桜花が佑也に襲われたことが原因となって自殺していたのであれば、夢の中の桜花は自殺をすることなく生き続けたはずだ。

 だが、桜花は再び自殺をした。ならば、桜花の自殺の原因は佑也に襲われたことでは無いということになる。

 そう。佑也は僕や桜花に対して罪悪感など持つ必要はないのだ。



「ああぁああ。やっぱり…やっぱりなのか」

 電話の向こうから佑也がすすり泣く声が聞こえた。

「じゃあ。僕の手伝いをしっかりとお願いするよ」

「わ、分かった…任せてくれ」

 声を震わせ、怒りを演出したからなのか、思っていたよりも簡単に事が進んだ。

 さぁ。これで計画は一つ進んだ。佑也はもう僕に従順な人間となった。

 僕は涙声で謝り続ける佑也を無視し、通話を終了した。

 携帯電話は再び充電器に繋ぐことことはず、勉強机に無造作に置いた。


「さ‥て…っと!」

 伸びをして体をほぐす。

 少しだけラジオ体操の真似事をした後、僕は準備を開始した。

 僕は決め事のためにバイト三昧の日々を送っているが、腐っても学生なのだ。高校生なのだ。


 夏休みなど桜花が死んだ数日後には終わってしまっている。

 だから僕は、筆箱と3枚の書類を鞄に詰め込み、体に合わない大きめの制服を着て準備をした。高校に行く準備をした。

 顔を洗い、寝癖を直す。ミントの匂いがきつい歯磨き粉を使って歯を磨く。よし、準備は完了だ。

 僕は足元に置いていた鞄を背負い、朝食も食べずに家を出た。

 時間はまだ6時半頃だ。学校が8時半に始まる事を考えれば、少し早すぎる出発なのかもしれないが別に問題は無い。


 桜花との思い出の公園を通り過ぎ、役場にあるバス停へ向かう。

 駅へ向かうバスとは逆方向へ向かうバスに乗り、僕は高校に向かった。

 方角的には野村斎場と同じ方角だ。だが、僕の通う学校は野村斎場ほど遠くない。

 何せ斎場に行くときのように山道を通る事など無い、非常に近い距離に高校はあるのだから。



 僕は歩いて10分ほどの距離をバスに揺られて移動する。

 流れ行く見慣れた家々を横目で眺める。

 あの家は同級生の家。あの家は親戚の家。

 あの家は知らない人の家で隣の家は担任の先生の家。

 そんな事を考えていると、バスは学校前のバス停に停車した。

「すいません。降ります」

 僕はそう言いながら精算機に50円玉を一枚入れ、バスを降りた。

 他に降りる客は居ない。まだ7時前なのだから当たり前といえば当たり前だ。



 バス停の傍にまっすぐと伸びる道を足早に歩き、校門をくぐる。

 生徒用玄関から校舎内に入り、迷う事なく目的を果たしに向かう。

 数年前に建て替えられた木造の校舎。ニスでコーティングされたその廊下を僕は歩いた。

“カツン”と上履きのかかとが地面を叩く音が連続して校舎内に鳴り響く。


 太陽の光で淡く輝く朝の校舎を見るのは、もうこれが最後なのだろう。いや、夢の中でもあと数回は見るのか。そう思いながら、僕は目的の部屋にたどり着いた。

 扉の上部にネームプレートが取り付けられており、そこには【職員室】と書かれている。

 僕は、ゆっくりと目の前の扉を開いた。


➖ガラガラガラッ➖


「おはようございます」

「ああ。おはよう」

 僕を迎えたのは担任の教師だ。

 白髪の目立つ初老の男性。顔にはシワが目立ち、メガネをかけている。

 下の名前は覚えていないが、苗字は【森本】と言う。


 僕は持ってきていた3枚の書類を先生に渡す。

「森本先生、今までありがとうございました」

「藤沢くん…考えを変える気はないのかな?」

 そう言いながら、先生は渋々といった様子で書類を受け取った。

 書類には大きめの文字で“退学届”と書かれている。

 僕は今日でこの学校を去るのだ。


「はい。先生には本当にお世話になりました。ただ、感謝はしていません」

「…ああ。その、なんと言うべきなのかは分からないが、佐伯さんの件は本当に」

「申し訳なかったと?」

「…」

 先生は途端に困った顔になる。

 シワの深い顔をさらにくしゃくしゃに歪める。


「…そうですよね。何も言えないですよね。先生にはそんな事を言う資格がないのだから」

「……君は…君は私を恨んでいるのか?」

 僕は首をかしげ、肩をすくめる。


「ははっ、まさか。先生はおもしろい事を言いますね。別に恨んでなんかいませんよ。たとえあなたが、僕や桜花が受けていた卑劣なイジメを知らんぷりして、見て見ぬ振りを貫き通していたのだとしても」

「それは、本当に申し訳ないと思っている…だから、私は……その」

「後悔しているんんですか?」

「…あ、ああ」

「償いたいんですか?」

「……ああ」


 先生は僕の勢いに飲まれる。

 根が真面目な人間なのだから、罪の側面を刺激すれば彼は容易に揺らぐ。

 そして、僕は先生に言った。「僕のお願いを聞いてくれたら、僕は先生を赦しますよ」と。

 先生の回答はもちろん「Yes」。こうして僕は、自分の決め事のために駒をまた一つ増やした。



「では失礼します。2度目になりますが、今までありがとうございました」

 僕はそう言い、職員室を出る。先生は職員室を去る僕を無言で見つめていた。

 佑也の時と同様、彼は僕の決め事とお願いを聞き、納得できない様子だった。

 職員室の扉は開け放ったまま、僕はその場を後にする。


 時刻はすでに7時を過ぎていて、少しずつ校舎内の生徒の数も増えてきていた。

 生徒用玄関に行き、上履きを脱いで運動靴に変える。

 上履きは下駄箱に戻さず、鞄にしまい込む。

 僕は一度だけ周りをぐるりと見回すと、嫌な思い出の詰まった校舎から出ようとした。

 その時だった。生徒用玄関に入ってきた一人の生徒に声をかけられた。

「あ、光助くん!」と。

 

 声のする方を見る。そもそも、誰に呼ばれたのか確認する必要はないのだが、それでも確認をする。

 だって、この作ったような猫なで声を出す人間を僕は一人しか知らないし、なんならその人をあまり快く思っていないからだ。

 僕の本心としては、この気味の悪い声の主が僕の予想と違う人物であって欲しかった。だが、残念な事に声の主は僕の予想通りの人物だ。


 今、僕を呼び止めてきた声の主は桜花と同じくらいに綺麗な黒髪を持つ少女だ。

 その少女と桜花の髪型で、違う部分は髪の毛の長さだけ。

 目の前にいる少女は綺麗な黒髪を腰のあたりまで伸ばしている。

 前髪は横方向に真っ直ぐと切りそろえていて、日本人形を彷彿とさせる。


 顔はパーツの一つ一つが整っており、配置も完璧だ。目が少しだけツリ目なのだが、それも良いアクセントとなっているのだろう。桜花ほどではないが非常に美しい。

 この少女は、学校内でもずば抜けて綺麗な容姿を有しており、運動神経は壊滅的だが、頭が良く、テストではいつも学年トップの成績を叩き出している。誰もが認めるこの学校のマドンナ的存在だ。


 僕は、目の前に居るそんな美しい少女に対し、ぎこちなく笑顔を作り、「おはよう。山沢さん」と言った。


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