『プロローグ』
酷く美しく、鮮やかな赤。そのとき僕が最初に見たのはそんな光景だった。
艶やかに僕を魅了する紅。僕を呑み込んでしまうような朱。
美しくも残酷なその光景に、僕はただ見惚れていた。
本来なら恐怖を覚えるであろう光景に、僕は安らぎすら感じていたのだ。
テレビとテーブル、ソファだけが置かれている八畳くらいの平凡なリビングの一角に、悍しく咲き乱れる紅の華。その鮮やかな華は、恐ろしい速さで繁殖していく。その勢いは止まることを知ろうとしない。
部屋の東側である窓際に、一つだけ置かれている大きな白いソファ。そのすぐ脇を拠点とし、悍しい華々は全てを飲み込んでいく。
テレビではアナウンサーが淡々と今日の天気を伝えている。
『皆さんおはようございます。八月二十日、今日の天気です。今日の藺草市はとても暑く、真夏日となるでしょう・・・』
そうしている間にも部屋は悍しい華々で満たされていく。窓の外では、セミが必死になって木にしがみついて、叫び声をあげている。短い命を嘆いている。
部屋の中に人影はなく、誰もその様子に気づくことはない。開け放たれた窓からは夏の朝の爽やかな風が入り込み、真っ白なカーテンを揺らす。部屋の外からは、ラジオ体操のハキハキとした声と、夏休みの小学生たちの騒ぎ声が聞こえて来る。
カーテンの隙間から、太陽の光が部屋に朝を告げる挨拶をする。日の光に照らされて、紅の華たちはてらてらと耀き、自らを主張する。その華々に囲まれて、まだ熱の残ったたんぱく質の塊が一つ転がっている。目からは、涙がこぼれている。
その近くには、持ち主を失ったペティナイフが一本。




