えっ、なんで?
ああ
「ふぁーーー」
深い深い森の奥。どこぞの古びた温泉旅館で、あのトイレで翔太を笑ったおっさんの幽霊が
つまらなそうにあくびをした。
「暇だな~。あやめの奴が居なくなってからと言うもの、肝試しに来る奴らも、あまり来なくなったし。というか、おちょくる奴が居なくなったからって、言うのが正しいか………」
旅館の受付に座りながら言った。あからさまに暇そうなおっさんに、首吊りの美崎ちゃんが、話かけてきた。美崎は、おっさんの横のイスに座ると、にこにこしながら話を始めた。
「どうしたの、あからさまに暇そーな顔して?」
「別に、なんでもなぇーよ」
「何、もしかして…あやめが居なくなって寂しいとか?」
「べっ別に、寂しくなんかねぇーよ。むしろ、静かになっていいじゃねぇか」
恥ずかしがるおっさんをおちょくる美崎。
「それより、お前のほうが寂しいんだろ。この前だって、トイレで寂しそうに泣いてただろ!」
美崎にいじり返すおっさんだった。
「隠す事じゃないじゃん。他の皆だって、あやめが居なくなってから、テンションが低いもん。私だって、寂しいに気まっ………」
「うぁあああああああああああああ」
「何よ! 今良いこと言おうとしてたのに」
突然の叫び声で、美崎の良いこと台詞が台無しになった。
「美崎! もしかして、この声って…翔太じゃねぇーか?」
「あっ確かに。おっさんは、玄さんと皆呼んできて。私は、翔太を迎えに行くから」
「了解」
おっさんは、皆を呼びに行き、美崎は翔太を迎えに行った。
ところで、叫び声の主はと言うと、
「翔太~大丈夫? 相変わらず、運動音痴だねぇー(笑)」
「仕方ないですよ。翔太兄は、昔から料理以外苦手なんですから」
愛美と健は、笑いながら翔太を坂の上で見下ろしていた。
なぜ、健が居るかと言うと、あやめが退院してから三日後に、翔太が愛美と二人で会いに来た。それで、愛美が一緒に来ないかと言って、面白そうだから行くということになった。日向は、健が家に無い間のお留守番として、残る事になった。
「いてて。お前ら、笑ってないで助けに来いよ!」
「はいはーい」
翔太は、軽く腰を摩りながら立ち上がった。愛美と健は、ツル植物を掴みながら翔太の下に降りていく。
「で、旅館は何処にあるの? ここ、ほとんど見渡す限り森なんだけど?」
周りを見渡す愛美。
「正直言うと、何処にあったか忘れた」
「駄目じゃん翔太兄。方向音痴にも磨きが架かってるね」
しゃがみながら言う健。
「いや、だって来たって言っても一週間も前の事だし、ほとんど奇跡的発見だからな~」
二人に、散々な言われようの翔太。それから、しばらく森をさ迷いながら、歩いていると…、
「あっ居た! 翔太~久しぶり~会いたかったよ」
草むらの先から、急に女の人が抱きついてきたのだ。翔太は、その衝撃でまたもしりもちを着いた。それがまた、卑猥な状態になっていた。翔太が仰向けになって、女が翔汰に跨っている状態になってしまっていた。
「翔太、誰その女の人? とても仲良しだね………」
笑顔のまま怒りが漂っている愛美。
「ちっ違う! 愛美。誤解だ」
焦る翔太。
「翔太兄、さすがにお嫁さんの前で、大胆だね~! 翔太兄って、意外と………」
「意外になんだよ! てか、誤解を招く言い方はやめて。ていうか、そろそろ退いて下さい」
「あぁーごめんごめん」
翔太に言われ、服についたホコリを掃いながら立ち上がった。
「久しぶりだね翔汰。元気してた」
「あぁ~思い出した。あの時、首吊りで脅した美崎さん! 久しぶりです。ちょうど、良かった。旅館に行く途中で、道忘れちゃって迷ってたんですよ」
「分かった。お母さんが言ってた温泉旅館の人ね。すいません、勘違いしちゃって」
やっと、誤解の解けた翔汰。そして、あやめの言っていた温泉旅館の人だと理解したようだ。
「お母さん? えっ、もしかしてあやめの子ども………、見つかったんだ!」
「はい、お蔭様で、なんとか見つけることが出来ました。なので、玄さん達に報告に行こうと。愛美も行きたいって言ったので」
「よかったねぇー翔太! あやめはどうしたの」
少し言いにくいが、うやむやに言うのは嫌だった翔太は、はっきりと言った。
「嬉しそうに、笑って行きました。ありがとうって」
「あっそうか、一週間って言ってね玄さん。まぁでも、笑って行けたなら良かった」
残念そうな表情をしながら言った。
「美崎さん、早く行きましょう」
空気を呼んで、軽く流す翔汰。
「そうね!」
そう言って、三人と一霊は温泉旅館に向った。翔太たちが歩いていた道は、以外にもあっていた。しばらくすると、久しぶりの相変わらず古びた玄関が見えてきた。そこにいたのは、懐かしい面々が待っていた。「久しぶりだな!」、「てっ、一週間し方ってねぇーよ」、「元気そうね」と、あやめの仲間達が言っている。その中で、一際目立つ幽霊が居た。
「あっ、玄さんだ。お久しぶりです!」
「おう、翔汰! と言っても、一週間ちょいしかたってねぇーけど」
「確かに」
お互いに、にこにこしながら、何気ない会話をしている。会話の中で玄さんは、ふと翔汰の横に居る愛美に目を向けた。一瞬、あやめに見えてしまった。玄関の段差に座っている玄さんは、重たい腰を上げ、恐る恐る愛美のもとに行く。愛美も、少し引きぎめに待つ。
「翔汰、もしかしてこの娘………あやめの」
震える手で、愛美の腕元を強く握る。
「すいません、痛いです」
「あっすまん! つい、驚いてしまってな。それにしても、この娘はあやめの子か?」
「はい、そうですが…貴方は確かこの温泉旅館の玄さんですね! 母が、お世話になりました」
翔汰が言うまでも無く、愛美が玄にきらきらした目で言った。
「そうかそうか! 本当に、あやめにそっくりだな。正直、あやめが帰ってきたかもって思ったぞ。まぁ、よく見たらあやめより賢そうだ」
嬉しそうに言う玄。そこで、一人だけ話に入れていない、男が居た。
「翔汰兄ー、俺も紹介してよ」
さりげなく翔汰に話しかける健。
「あぁーそうだった。玄さん、こいつは俺の弟の健です。俺に似たせいか、こいつも幽霊が見えるんですよ」
「おう、坊主。よく来たな!それにしても、あやめの奴はどうだった」
軽く挨拶をされるが、直ぐに別の話になった。
「あー、あいつらしい最後でした。最後の最後で素直になって、「ありがとう」って」
「そうか、確かにあやめらしいな。まぁ、立ち話もなんだ、中で飲も………」
「私を置いて、皆で楽しそうね!」
何処かで聞きなれた声が、皆の後ろから聞こえて気た。そこで、全員が振り向いて見た瞬間、そこに立っていたのは何を隠そう、あやめだった。そして、一瞬時間が止まった。確かに、あの夜に消えたはずなのに、笑顔で翔汰達の方を見る。しかし、皆の反応は淡白だった。
「寒くなってきたので、そろそろ中に入りましょうか」
翔汰が言った。
「そうだな。早く、酒も飲みたいしな」
玄も他の皆も、あやめの事など、見なかったことにして、中に入ろうとした。
「えっ、ちょっと待って! 無視。ねぇ無視なの? 待ってよ翔汰に皆~」
走りながらあやめはこちらに来た。そこで、ようやく皆があやめの方を見た。皆、なぜここにあやめが居るのか不思議な顔をしていた。
「冗談だよ! じゃなくて、なんでここに居るのあやめ。確かあの時に消えたじゃん」
「そうだよ、夢の中でさようならって言ったじゃんお母さん!」
当たり前のように、突っ込む翔汰と愛美。
「それがねー、話せば長くなるんだけど色々あったのよ」
「なんでぇぃーあやめその理由は?」
玄も、もちろん聞く。
「あのねー」
そういって話をし始めるあやめ。
消えた瞬間一瞬目の前が真っ白になった。しばらくして目を開けると、そこは広い広いお花畑であった。ここが俗に言うあの世だと理解した。どれくらい時間が掛かっただろうか、お花畑を抜けた先に、長い幽霊たちの行列があった。
「あっあそこが三途の川かな。天国に行けるといいけどな~」
列に並んでいると、次々に三途の川を木で出来た古い小船で渡っている。ふと、船の乗り場を見ていると、一霊一霊なにか小銭のようなものを渡してから小船に乗り込んでいる。とうとうあやめの番が来た。何も持っていないあやめは、普通に通り過ぎようとした時、
「あの、お客様! 六文も払ってから、船に乗ってください」
あやめの行動に驚いて急いで止める係員さん。
「えっ、何六文って。そんなの持ってないよ」
「それでしたら、ここを渡る事は出来ません。六文を持っていないのであれば、あちらの奪衣婆のところに行ってください」
定員は、船場の横奥にある古汚い小屋を指差した。あやめは、渋々その小屋に行くと誰も居ない。小屋の直ぐ手前に三途の川が見える。そこで、暇なあやめは川を覗こうとしたその時、あやめの後ろにあった小屋の扉が開いた。その表紙に、扉に当たって三途の川に落ちてしまった。
「えぇぇぇぇぇぇーーーーーー」
あやめが落ちた瞬間に、バシャーンと大きな水しぶきがたった。
外で何やら騒がしかったので、ただ様子を見るために扉を開いただけの奪依婆。周りを見渡すが誰も居なかったので、再び小屋の中にもどった。
「とまーこういう事がありまして、もどって参りました!」
長い長いあやめの話がやっと終わった。
「とまーって、全くあの世でも、やっぱりあやめはあやめだな!」
「さすが、私のお母さん」
翔汰の方の両手をかけながら言う愛美。
「ハハハハハハ」
温泉旅館の皆も含め翔汰、健、愛美、そしてあやめ、全員が大きな声で笑った。
終わり