メリーさんと異世界召還
「私、メリーさん。今、あなたの後ろに……ここ、どこなの?」
その日、大久保 一は急に掛かってきた電話に面食らっていた。見に覚えの無い少女の声と「私、メリーさん。今、中学校の前にいるの」という言葉。
(うわぁ、都市伝説きちゃったよ)
一の家には人形も無かったし、人形に悪戯した覚えも無い。だのに、メリーさんという人形が自分に電話をかけてくる。都市伝説のメリーさんは、確か可愛い人形ではなかったか。
(……とりあえず、『貴方の後ろにいるの』って言われないようにすればいいんだ。あと、シュークリーム?)
一は都市伝説などに興味を持つフツウの中学生だった。どこにでもいる平凡な中学生だった。武器は今まで得た噂だけだった。
『メリーさんはシュークリームが好き』という噂をもとに、コンビニでシュークリームを買い、急いで帰宅して自室の前に置く。そして携帯がなるのを待った。
「私、メリーさん。今、駐車場の前にいるの」
(うん、近づいてる)
「私、メリーさん。今、コンビニの前にいるの」
(うわぁ、家の裏だよ)
徐々に近づくメリーさんに戦きつつも、一は自室の障子を閉め、用心棒代わりに部屋を掃除するシートを取り付けるワイパーを使用して携帯を握り締める。
(もうすぐ家だ。もう、電話には出ないぞ)
一は静かにそのときを待つ。と、噂をすれば影というのか、けたたましい音を立てて携帯がなる。一はぐっ、と携帯を握る手に力を込めて、息を飲んだ。
狭い部屋の中、勉強机と押入れに、上着かけだけの部屋。たたみは色あせて淡い茶色になり、くたびれた学生服が風に揺れる。何度も携帯がなっては切れてを繰り返し、一はメリーさんが過ぎ去るのを待った。
やがて、がたがたと障子が揺らされ、小さな人形の影が浮かび上がる。
「開けて、そこにいるんでしょ? ねぇ、あけてよ、あけてってば」
幼い声に小さな影。なのに障子は自分が揺らしたときのように強くガタガタと音を立てる。
(メリーさんって、本当にいたんだな)
一は息を飲みながらも心のどこかは落ち着いていた。そして、何気なく自分が助かるか否かなどはさておき、メリーさんを観察したい、という気持ちが湧き上がっていた。
「ねぇ、開けてよぉ……」
涙声のメリーさんに少し胸がちくちくしていたが、開けてはいけない。障子を開けたらきっと彼女は自分を……。そう思うと障子に手を伸ばすのを躊躇う。
「開けたら君は僕を殺すだろう? できるわけないよ」
「……っ、殺さないっ、から……。ちょっと切り付ける、だけ。だから」
「いや、それも痛いし」
メリーさんがひくひくいいながら出した提案を蹴り、一は注意深く障子の影を見る。確かに、メリーさんは何か持っているように見えた。
(その手にしている刃物で障子を壊すかと思ってたけどさ)
とりあえず、身の安全のために言わず、様子を見る。だが、メリーさんは退散する様子を見せない。シュークリームにも気付いていないようだった。
「そこにさ。シュークリームがあるよ。悪いけど、それ食べて帰ってくれる?」
「シュークリーム……? 私、それよりおせんべいがいいの」
このメリーさんはなかなか渋い趣味をしているな、と一は思ったが、メリーさんはというと、
「しかたないの。もらってあげるの」
とがさがさと音を立ててシュークリームのビニールを取り始めた。
(とりあえず開けなければいいか)
一は安堵の息を漏らしたが……次の瞬間、なぜか立ちくらみを覚える。同時に、足元の支えがふっ、となくなったような気がして、脳裏が真っ暗になった。
「なかなかビニールがあけられないの。開けてから置いておいてほしかったの。ねぇ、あけ……」
メリーさんがそう言って障子を開けてもらおうとしたその時、一の気配はなかった。
* * * *
「うわぁっ!」
一が我に帰ると、そこはいかにもファンタジー! という光景が広がっていた。そして、目の前には神官らしい白いお髭のお爺さんと、痩せた身体に立派な衣装を纏った壮年らしき男性。そして、白いドレスを纏った愛らしい少女が目の前にいた。
自分の足元には柔らかな光を零す複雑な文様。どうみても魔方陣である。一は思わずライトノベルの世界だなぁ、と呟いてしまった。
「ようこそ、勇者、ハジメ様。私は女神アリエスに仕える神官、ノートルダムと申します。ノル爺と及びください」
そう言ったのは白いお髭のお爺さん。少しとがった耳をしたノートルダム。自分から砕けた呼び方を言ってくる辺り、本来は堅苦しいのが苦手なのかもしれない。荘厳な雰囲気の空間で、緊張していた一だが、その言葉で少し心が解された。
「ハジメ様、私はズニト国の王、ルタールと申します。今回、私たちはこの世界を救っていただきたく貴方さまを召還させていただきました」
ルタールと名乗った王様は恭しくそう言った。ノル爺さんの言葉には「は、はぁ」という具合に頷いた一だったが、少し落ち着いた為ここでふと突っ込みたい事が出てきた。
「あのっ、申し上げます。俺は異世界の一市民でしかありません。だから一国の主に頭を下げられるほどの人間じゃ……」
「いいえ!」
一はそういうも、ルタールが笑顔で否定する。
「貴方さまこそ、この国を救ってくれる勇者様にちがいありませんっ!」
(ええ~っ?!)
どうすればいいんだろう、と途方にくれる一だったがここで聞き覚えのある電子音。不思議に思った一が断りを入れてから携帯電話を取り出し、通話に応じる。
「はい……」
「私、メリーさん」
――こんなときに来ていた都市伝説っ娘。
一は冷たい汗が背中に流れるのを感じた。だが、次の瞬間目が丸くなる。
「今、貴方の後ろに……ここ、どこなの?」
「えっ、あ、その……異世界っぽいんだよ」
振り返ると、メリーさんがとっても困惑していた。刃物をもったメリーさんがルタールたちを見て驚き、涙目になっている。だが、次の瞬間には「かわいいっ!」という子どもの声。今まで一言も話さなかった少女がメリーさんに駆け寄りぎゅ、と抱きしめていた。
「かわいい~! 勇者様の妖精さんですか?」
「ちがうの! 私はメリーさん! きょ、恐怖対象なのっ!」
(いや、自分でそう言っていいのか?)
少女の声に対し手をバタバタさせるメリーさん。ただし刃物は捕まった際に落としており、危険ではない。普通のしゃべるお人形である。そんな光景に一は思わず口をあんぐり開けた。
「私と同じ名前なのねっ! 私はメリーベル! メリーって呼ばれているけれどこんどからベルって読んでもらおうっと!」
「ちょっと話を聞くの!」
メリーベルと名乗った少女に頬すりされ、メリーさんはぷんぷん怒る。だがその仕草もかわいい。だが、蚊帳の外に置かれた男性3人はとりあえず話は落ち着いてから、という事になった。
簡単に説明すれば、異世界から魔神が現れて人々に災難を齎していると言う。それを打ち破れるのが異世界の勇者だ、と予言されいろんな国で勇者召還を行っていたらしい。だが、どこも成功しておらず、漸く召還されたのが一だったのだ、と……。
メリーさんはその説明を聞いている間、メリーベルの着せ替え人形にされていた。そのせいで不機嫌になっていたものの、どうにかお菓子を分けてあげる事で彼女は機嫌を直した。
「あ、あの、メリーさん? どうして電話したんだい?」
「反応無かったからなの。ホントは、うしろにやってきて『えいやっ』って斬るはずだったの」
「つまり殺すつもりだったってことだよねっ!」
メリーさんの言葉に突っ込みを入れる一。だが、メリーさんはちょっと困ったように言葉を続ける。その仕草が妙に人間くさいのは何故だろう。
「元々、世界には『都市伝説』の因子が満ち溢れているの。人間は噂が好きなの。噂によって『都市伝説』は生み出され、因子ができるの。私の因子は電話。電話に出続ける事で因縁をつけ、最期に命を刈り取るのが私なの」
抱きしめられたまま真面目に語るメリーさん。一が静かに相槌を打つと、彼女は少しため息混じりに言葉を続ける。
「でも、『メリーさん』の因子はちょっとおかしいの。ネタにされ続けた結果、因縁が絡まってしまう事があるの。自然消滅しちゃう子と、仲良くなる子がそうなの。私の場合は……貴方のパートナーなの」
メリーさんはそう言うと、何処からとなく携帯電話を取り出す。
「私の道具、なの。訳がわからないけれど、異世界に召還された貴方の味方なの」
そういって、シンプルな携帯電話を一に手渡す。
「これは、元々私が人間に因子を与えるために使っていた物なの。でも今は、『都市伝説』の力を『この世界に対し悪影響を及ぼさない程度に発揮させる』程度の能力が付与されてるの。貴方と私にしか使えない、秘密道具なの」
「えっ?!」
一は受け取った途端その手が震えるのを感じた。『都市伝説』には色々な物がある。それも笑えるものからしゃれにならないほど怖い話まで。その力がこの携帯電話の中にあるのだ。
「発生させたい『都市伝説』は、コールすれば起きてくれるの。番号は指が勝手に押してくれるの。全ての『都市伝説』が、貴方の力になってくれるの」
メリーさんの言葉に面食らう一。だが、『都市伝説』に興味を持っていた彼は、その携帯を握り締める。
「勇者さまとかよく解らないけど、この世界の人たちが困っているなら……この力で手助けできないかな?」
一は、ノル爺や王様からこの世界の現状を聞いている。異世界の魔神によってあらされて、沢山の人が困っている。やはり見捨てては置けない。
「多分、危険な事が一杯だろうね。でも、君の力を借りたい。……元の世界に戻ったら『えいやっ』ってしてくれていいからさ」
一は真面目な顔で言う。だが、メリーさんは首を横に振った。
「……メリーさん?」
「甘いの」
そういうと、何処からともなく刃物を取り出し、メリーさんが言う。
「もう、貴方との因縁は斬っても切れないの。異世界から戻っても『私』という『個体』の『メリーさん』は他の『メリーさん』とはちがって貴方を『えいやっ』って出来ないの。死が2人を分かつまでずーっとずーっと一緒なの」
その真剣な、でも愛らしい瞳が、一を見抜く。
「だから『いっしょにいこう』で十分なの、はじめ」
(終)
読んでいただきありがとうございます。
しかし『都市伝説』の定義とか考えねばなりませんね、これ。