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01 箱庭ゲームの宿命か

 青い空。白い雲。

 爽やかな風が吹き抜けていく。

 日がさんさんと降り注ぐ昼下がり。



「ぶも〜〜」



 牛の鳴き声が聞こえる長閑な田舎。




「「「「ぶも〜〜〜〜」」」」

「「「「ココココココ!!」」」」

「「「「ブヒブヒブヒブヒ」」」」

「「「「ワンワン」」」」

「「「「ヒヒーン」」」」




 訂正しよう。

 長閑とは程遠かった。




「これが箱庭ゲームの宿命かなぁ……」




 私は隙間なく敷地に詰め込まれた動物と建物をボンヤリと見つめた。



********


 箱庭ゲームというのがある。本当はミニスケープゲームというんだとか。

 農園だったり店だったり町や国だったり形態は色々だが、決まったパネル上だけで育てる育成ゲームだ。

 好きな人も多いだろう。調べてみればびっくりするぐらい種類がある。

 そして、私も箱庭ゲームが大好きな一人だ。

 最初は据え置きから始めたが、ブラウザゲーやスマホになってからは中毒症になっていた。数分単位で行動できるポイントが回復するから、睡眠を細切れにして、仕事のトイレ休憩に操作して、通勤時間ももちろんだし、充電器を複数持ち歩いた。それほどハマってたと言える。

 で、箱庭系の宿命として、パネル上に隙間なく物が置かれるというのがある。

 国や町系は輸送の観点から道路や線路があるからまだマシだ。全ての施設が道路に接していないといけないという縛りはよくある。問題は通路を必要としないゲームだ。

 パネル上にいくつものを置いているかでのポイントがある場合(インテリア値など)や、イベントに対してすぐに対応できるようにあらかじめ配置しておく場合(農作物や動物、合成など)、時間経過での生産施設など、とにかくパネル上に配置しなくてはならないものが多い。

 加えて、ゲームによっては空き場所にゴミが落ちたり害獣が湧いたりする。空き場所がバラバラになるとそれらの回収に面倒が生じるため空き場所を作らない、もしくは一定場所に集めるという措置が取られる。



 私はその空き場所に立っている。

 目の前には動物がずらりと並んでいる。乳牛が十頭、肉牛が十頭、豚が十匹、鶏が十匹、犬が十匹、そして馬が五十頭。

 その後ろには畑が見える。人参とトウモロコシばかりが植わっている。

 さらに後ろには生産施設が隙間なく建っているのだ。日照率なんかは考えられていない。あれ、全部の施設に入れるのか。ドアが開くのか疑問だ。

 今は見えないが建物の奥には装飾系の置物である紫色の植木がずらりと並んでいるだろう。

 これは一番最近ハマっていたアプリの『生産業万歳』だ。

 ちょうどイベント中だったんだ。馬を出荷するとまれに白馬がもらえて、白馬を十頭育てて出荷すると銀馬がもらえるというイベントだった。

 白馬を育てるには人参やトウモロコシからランダムに収穫できる白い人参や白いトウモロコシが必要で、逆に銀馬は普通の人参やトウモロコシでいい。白いのはアルビノで弱いということなんだろうか……



 イベントはいい。ゲームの詳細もいい。

 とにかく目の前をどうにかしなければ。


「よくある転生小説なら、説明する人や本やパネルやスマホが出てきそうなんだけど」


 キョロキョロと周りを見ると。


「……」


 はい、落ちてました。スマホが。


「転生いらなくね!?」


 拾い上げようとして、一瞬躊躇する。何度かつついてみたり様子を窺って、おかしなところは何もないことを確認してから拾い上げてよく見る。普通に自分が使っていたスマホだ。何度か落とした時の傷もある。擦り切れすぎてそろそろ買い替えかと思っていたから結構ボロボロだ。

 スマホの画面にはゲーム画面が映ってる。


『バージョンTを更新しました』

『放牧場が追加されました』

『家畜のストレス値が追加されました』

『ユーザー能力が追加されました』

『新クエストが追加されました。“放牧場を設置しよう!”』


 バージョンは今まで数字だったのにいきなりアルファベットになってる。

 新たな値や私の能力も気になるけど、目の前の動物たちの方がよほど気になる。

 何かの制限なのか、その場から動けないらしい。が、動物たちは動きたいらしく、段々と興奮状態になっていってるのがわかる。


「とにかく放牧場を設置か」


 スマホを操作する。放牧場を設置すると、新しいパネルが追加された。

 同時に後ろでガコンと音がする。


「わお、出来てるよ放牧場」


 画面でいうと、一番下に今私がいる空き場所があった。その下に放牧場が出来たのだろう。振り向いてみれば、私の後ろに放牧場が出来上がっている。

 木の柵が延々と筍のようにガッコンガッコン地面から生えていってる。どんだけあるんだ、放牧場。

 音が途絶えた。出来上がったらしい。広さはどれぐらいだろうか。地平線まで、なんてことはない。ただ、平たい土地に柵が一辺一キロぐらいありそうな四角形になっている。


『放牧場に移動させる動物を選択してください』


 画面にはあらたな表示が出ていた。

 タップすればずらりと動物がリスト表示される。その一番上にある『全ての動物を選択する』をタップして決定した。


『動物の移動を開始します。ご注意ください』


 ピロリンと音がすると動物たちが淡い黄色の光に包まれた。そして、黙って手前の動物から順に歩きだす。


「わわわわわ!」


 私は慌てて横に寄った。放牧場の柵の入り口が開き、私がもといた場所を通り過ぎて動物たちがどんどんと放牧場に入っていく。


「うわー……すごい。魔法なのかな?」


 全部で百匹の動物が放牧場に入るとひとりでに入り口は閉まり、淡い黄色の光も消えた。


『“放牧場を設置しよう!”クエスト完了しました。クエスト報酬“サンドイッチと牛乳”』


 淡い黄色の光に包まれたサンドイッチと牛乳瓶が宙に現れた。慌ててそれを手に取る。手にとれば光が消えた。


「ご飯か……地味に有り難いわ」


 片手に食事を持ち、再びスマホを見れば画面が変わっていた。


『新クエスト“エクステリアを設置しよう” 机と椅子を設置してみよう』


 画面にいくつかの机や椅子が並ぶ。現在の所持金は五億クロンなので、正直好きなものを選べる。スクロールして『北欧風 ガーデンテーブルセット モザイクタイル』を選び、動物たちがいなくなった空き場所に設置する。

 再び黄色の光に包まれて机と椅子が宙に現れる。ゆっくりと地面に落ちて光が消えた。


「はぁ……やっと座れる」


 テーブルセットはどこかのオサレなカフェのテラス席に置いてありそうなやつだ。丸テーブルがモザイクタイルで出来ていて、椅子の背にもモザイクタイルが中央にあしらわれている。椅子の背もたれ部分がハートのフォルムだ。全体に白っぽくて姫仕様っぽい。

 スマホとご飯をテーブルに放り出し、私はどかりと椅子に座った。姫っぽくないなわたしゃ。


「あー……マジかぁ……」


 空を仰いで呻いたけど、遠くでトンビが鳴く声がしただけだった。




 異世界ものと言えばよく事故なんかで死んでしまうような下りや、寝たら異世界でしたみたいな始まりの小説がある。

 私の場合はゲームをしていると、ある表示が出た。


『長時間プレイありがとうございます。もうあなたの生活の一部に生産業万歳があると言っても過言ではないですね』


 こんな表示を出すのは、プレイ時間がある一定以上になったからだろうなと思った。

 と同時に、リアルで楽しみがないんですねプププと言われている気になって若干凹んだ。

 でも次にアンケートが表示されてからは首をひねった。


『配偶者、もしくは恋人はいますか?』

『大事な家族やかけがえのない友人がいますか?』

『仕事や学校は充実していますか?』


 全てにNOにした。実家を離れて数年だが、仕事を理由に正月すら帰っていない。恋人を作れるほど器用でもなく、仕事は発注書とお友達なつまらない事務だ。四六時中ゲームをしているから、リアルの友人なんているはずもない。


『新しいバージョンの生産業万歳を試してみたいと思いますか?』


 これにはYESを選んだ。王道ながらもゲームバランスもいいし面白かったから、新作が出るならやりたいと思ったからだ。


『では、異世界へ参りましょう』


 その文字が表示されると、スマホがグワリと等身大まで大きくなった。


「ぎゃぁぁああああ!」


 何これ!? ナニコレ!?

 と思ったら、そのまま物凄い力でスマホに引きずり込まれた。

 スマホに飲み込まれたといった方がいいかもしれない。

 細かいことはわからない。ただ、そうとしか考えられないことが起きただけだ。


 で、今にいたる。


「ゲームは好きだけどねえ。現実に農家は無理やろー」


 よく異世界に来たら無気力人間がバリバリ活躍する小説があるけど、正直無理だと思うんだ。

 だって今まで指先しかマトモに使っていなかった人間が、そんなに動き回れるはずがない。補正とかで体が疲れなくても精神的に疲れると思うんだ。受動的な人間が積極的になるなんて無理無理。

 ベロンとテーブルに身を投げ出す。冷たいテーブルが気持ちがいい。


「夢落ち……はないだろーなー」


 スマホの側面を指先でつついてみるが反応はない。テーブルの冷たい感触も、さわさわと感じる風も夢とは思えない。


「……とりあえずご飯食べよ」


 体を起こして紙に包まれたサンドイッチをガサガサあけると、トマトと卵のサンドイッチが入っていた。牛乳の蓋は昔の紙製だ。爪をひっかけてあける。


「あ、おいし」


 サンドイッチのパンは軽くトーストしてあるのかパリっとしていたし、卵はふんわり半熟、トマトは甘酸っぱい新鮮なもの。ソースはマヨネーズベースかな? 粒マスタードがアクセントになっていてトマトに合う。

 牛乳も牧場の土産物屋にあるような濃厚で美味しいやつだ。ソフトクリームにして食べたいね。

 そんなにお腹が減っているつもりはなかったけど、あんまり美味しいのであっという間に食べてしまった。


「ごちそうさま〜」


 さて、ゴミはどうしようかなと周りを見渡したけど、片付けられそうなところはない。うん、後回しにしよう。


「さ、頼みの綱はスマホか。現状把握といきますか」

 


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