表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

交代

作者: 石子

 私だってホントは未だによくわかっていないんですよ。今後理解することなんてないんでしょう。

 そういうものなんだって、思えてきました。

 きっかけ、なんてものもはっきりとは覚えていません。

 確か最初は、あの人よく見かけるな、くらいに思ったのだと思います。

 あの頃の私は毎日仕事に追われて疲れ果て、会社帰りにどこかに立ち寄る気力すらありませんでしたから、職場と自宅を往復するだけの日々を過ごしていました。

 そんなある日、朝の出勤途中に一人の女の人と目が合ったんです。

 思えばそれがきっかけってことになるんでしょうか?

 でもそんなこと改めて思い返すことがなければ記憶の底に埋もれたままになっていたと思います。

 目が合ったと言っても一瞬のことで不自然な印象もありませんでした。通勤時間でたくさんの人がまわりにいるわけですし、私が普段からまわりのことなんてあんまり意識せずに歩いているとは言え、その中の数人と偶然視線が合うことなんて当然あり得ることです。

 その女の人は、マンションの一階の駐車場出入口付近のちょっとしたスペースにたたずんでいました。

 きっと家族とかが駐車場から車を出して来るのを待っているんだろうと思えば、不思議もありません。

 ただ、彼女は毎日そこにいました。




 そのマンションは私がいつも通る横断歩道の近くにありましたが少し距離があり、意識してそちらに目を遣らなければ彼女が視界に入ることはありません。

 そのため彼女がいつからそこにたたずむようになったのか、私にはわかりません。

 私と目が合ったその日からなのか、もうずっと前からなのか。

 とにかく、私がその場所を見遣る時にはいつでもいるのです。

 一度気になり始めると駄目ですね。私は出勤時に横断歩道を渡る時、彼女の姿を確認するのが日課のようになっていました。

 私が寝坊して、いつもより少し遅い時間に足早に横断歩道を渡る時も彼女はそこにいました。

 それでも私は、それがそんなにおかしな事だとは思いませんでした。

 あれ? と思ったのは休日にいつもとは違う時間にそこを通りかかった時です。

 彼女はいつもと全く同じようにそこにいました。




 私は仕事が終わる時間は日によってまちまちで、帰りにその横断歩道に差し掛かる時には夜遅くなることもあります。

 朝とは逆向きに渡るわけですから、彼女のいるマンションの方を見るには渡り終えたくらいに後ろを振り返る必要があるのです。渡る前だと、壁の影になってしまってその場所が見えませんから。

 わざわざ振り向いてまで確認しようなんてそれまでは思い付きもしませんでした。

 しかし、いつからか私は必ず振り返るようになったのです。

 だって、必ず彼女がいるんですから。

 お昼だろうが、真夜中だろうが、時間に関わらず。




 こんな話を聞くと、まるで彼女が幽霊のような、この世の者ではないような印象を受けられる方もおられるでしょうね。

 それとも誰かを待ち伏せているストーカー?

 もしくは、私にだけしか見えない幻なのでは、なんて。

 でもね、雨が降れば濡れないように少し奥の方にいますし、通りかかった人に道を聞かれたようでその人と笑顔で会話していたこともありました。

 それは自然な光景で、なにも違和感などありません。

 ただ、彼女がこの場所にいつもいることに、もう何ヵ月もこの場所におそらく一日中たたずんでいることに、気づいたのが私だけだった。

 それだけのことなのだと思います。




 彼女に話しかけてみよう、と私は思いました。今まで何故そうしなかったのか自分でも不思議なくらいです。

 そういう時期がきた、みたいなことなのかもしれませんね。

 私が話しかけても彼女は特に驚いた様子もなく、ごく普通に接してくれました。

 そして彼女がここにいることになった経緯を話してくれたんです。

 ええ。

 そうです。

 今私があなたにお話ししたこととほぼ同じ内容です。

 彼女ですか?

 気づいたときにはもういませんでした。

 存在自体が消えてしまったのか、はたまた普通の暮らしに戻ったのか全くわかりません。

 今は私が、彼女がいたこの場所にずっとたたずんでいる。私にわかるのはその事実だけです。

 何故彼女はここにいたのか。経緯だけでなく、もちろん理由も尋ねましたよ。

 そして、あなたも最初に私にお聞きになりましたよね。

 彼女が私に言ったことと、私があなたにお伝えできることは全く同じです。


 ここで次の人を待ってなくちゃいけなかったんです。次はあなたですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 拝読しました。 久しぶりにホラーを読んだ感じがしました。語り手が引き込まれていくと思っていたら、という二段落ちにあっとなりました。次は私が佇む番かな、などと妄想してしまいました。 ありが…
[一言] 話が進むにつれて、怖さがこみ上げてくる…。 気が付いた時には金縛り状態! 石子さん、お久しぶりです。 久しぶりなのに少しもブランクを感じさせない出来映えですね。 特に、こういうホラーは最高…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ