【記憶の欠片】
今迄何人のアホが我の前に立ち止まり、自信満々の腐りきった自己満足感情論を我に投げつけてきたのだろうか、所詮人の価値観などただの己を無理矢理正当化した理想でしかない、人は皆ある程度己の欠点に気付いているが故、その下らん理想のシートを被せ、見えないように隠しているだけだ。ただのかくれんぼが得意な、寂しがりやさんだ。
ただ、そのシートを払いのけて立った様はいつ見ても心地よいものだ。
此度も1人米粒程の男が心地よい風を吹かせた。
「腹はくくったようだな。」
「えぇ、決まりました。」
「心は動くか?」
「今直ぐにでも。」
冷寒の言葉で俺の心は動きだした。
「おい、米粒、この心の持ち主と真っ向から向き合うには悲しみの記憶をすべてさらけ出す必要がある。」
「さらけ出すって、どうやって?」
「剥がすんだよ、願望という厚紙を、丸裸にしてやるのさ。」
「剥がすって言っても、どうすればいいか、」
「黙れ米粒!」
「また、燃えカスのお前が何も考えずにあの家のチャイムをならしても帰って不信に思われるだけだ、それにまた我に新婚夫婦の挨拶廻りという拷問に似た茶番をやれというのか。」
「俺は別にそれでもかまないですけど、」
「うるさい!黙れ米粒!自分の立場をわきまえろ、我に妻を演じろなどと、己のその胃液みたいな顔を鏡で見たことはないのか。」
胃液って!それは要するにあれか、吐きそうな時に出てくるやつか、吐きそうな顔という事で宜しいんでしょうか、いや吐きそうな顔という事なのだろう。
「自分は胃液です。」
「わかれば宜しい。話を戻すが、この世界の住人に不信に思われれば、心が願望を強化して、ややこしい事になる。そうなれば願望を剥がし丸裸にするのは極めて困難になる。」
「赤の他人の僕達がここの人達と接触する事事態、持ち主の心は不信に思うのではないんですか?」
「おい、米粒、もう忘れたのか?我は先に言ったではないか、我の高貴な力により、ゴミみたいなお前でも、心の持ち主と対等だと、ただ悪までもこの世界は持ち主の願望だ。あまりにそれた行動を取ると、根本に根付いたものを守ろうとするため、より願望を強化して覆い隠す訳だ。」
「なるほど、ならどうやってチャーターに接触すれば。」
「米粒、良いものがあるぞ、気になるか?」
「は、はいっ!」
「うるさい!黙れ米粒!お前が我にものごいをするなど百年早いわ!が、これは我のできすぎた心故の優しさだ。」
この急なスイッチの入り方はおかしいだろ、ドSを通り越して、SSだろうが、それにもはや俺の名前は黙れ米粒に改名されたようだし。
「これを見てみろ。」
そういって冷寒は、クリスタルのような綺麗な結晶を取り出した。
「ここに来て最初、女の子がチャーターとやらの家から出てきて消滅したのをおぼえておるか?」
「はい、確かその心の持ち主から離れ、この世界での関わりが途絶えた為、消滅したと冷寒様が言ってたやつですよね。」
「あぁ、そうだ。これはその時の消滅した際にできた記憶の欠片だ。まぁ分かりやすくゆうと心の持ち主から見たその者のイメージだ。」
「うぅーん、イメージか、ちょっと難しいなぁ、」
「まぁいい、片方の手を貸せ米粒、」
「あっはい、」
俺は右手を差し出した。冷寒は記憶の欠片を俺の右手に握らせた。
「よしっ。」
そう言うと冷寒はもう片方の俺の左手を握った。チャーターの心の中に入る時、俺の手を握ったように。
その瞬間、光が俺を包んだ。
「よしっ、完成だ!」
「完成って、何がどうなったんだ。あれ、声が、」
「自分の身体を見てみろ。」
冷寒に言われた通り、自分の身体を見下ろした俺は、息が詰まった。体から服、体格まで最初に見た女の子と瓜二つになっていた。
「こ、これは」
「こ、これは、ではない!黙れ米粒!いつまでこの手荒れがひとつも見つからず、金運が猛烈に長い、美しく高貴な我の手を握っておるのじゃ!手が腐りかけてるではないか。」
「あっ!すいません!って、でもこれってあの女の子、僕の外観はあの女の子になったのですか。」
「そうだ、頭から下まで声も全てな。」
俺は確かめずにはいられなかった。あの2つ並んだとても美しい山脈を、それはそれはとても見事だという、あの頂を、そう、ボインとやらを。
「おい、米粒、少しでもふしだらな事を考えたら、地獄に落とすぞ。」
「いや、何もそんな事、ただ山脈がキレイだと、いやいや、違います。」
「何を言っているんだこの燃えカスは、脳ミソが腐ったか。」
「いやいや、すいませんでした。」
「時間の無駄だ、続けるぞ米粒、お前が今身にまとっている外観はあの家族の娘だ。玄関に飾ってあった写真で確認済みだ。お前はその娘になりきってあの家に帰り、不自然な願望を剥がして来い。」
「剥がして来いって言われてもそんな簡単じゃないんじゃ。」
「大丈夫だ、記憶の欠片を身にまとったお前は記憶と願望の一部そんな簡単には不信に思われる事はない。」
「分かりました。やってみます。」
「おい、米粒、何か忘れておらんか?」
「えっ、忘れてる?」
「そう、忘れておるではないか!お礼の言葉はどうした!死んで尚、人の優しさに気付かぬとは、お前はその狭すぎる視野故に車に跳ねられ生の週末を迎えたのだな。何とも哀れよ。もはやお礼は要らん。我のできすぎた哀れむ心故、感謝の気持ちを述べるだけで良いわ。」
お礼も感謝の気持ちも大して変わらんだろうが、もはやこの人のスイッチは壊れてるのだろうか、まぁでもこの姿なら不信に思われる事はない。
「ありがとうございます、冷寒様」
「なぁーに、ただの我のできすぎた心が無意識にしてしまった優しさだ、そろそろ行くぞ!あまり長くはこの世界にいれんからの。」
「わかりました。」
そして俺はチャーターの家の玄関を開けた。




