【心✖心=傷】
忘れてしまいたい悲しみというのはどうしてこうも心に根深く残ってしまうのだろう。きっと悲しみと言う鋭利なナイフのようなものが心に刺さりそこに開いた傷口に痛みを残し、痛みが消えても尚、その痛みを覚えているが故、忘れることができないんだろう。
なら、他人が触れてはいけないのではないか、触れたらきっと物凄く痛く、その傷口を広げてしまうんではないだろうか。
俺はチャーターのまだ見ぬ悲しみを前に、一歩足を踏み出せずにいた。
「どうした米粒、恐いのか。」
冷寒は顔色ひとつかえず、俺を見下したように見つめそういった。
「あぁ、恐い、恐いですよもちろん、俺なんかが人の悲しみを拭いとれるとは思えない、かえって傷口を広げてしまうような気がする。」
「うぬぼれるな米粒!!」
「勘違いするでないぞ米粒!お前は神にでもなったつもりか、人の悲しみを拭いさるだと!ハッキリ言っておこう。お前にそんな力はない!それ以前にお前にはなんの力もない!ただの燃えカスだ!いいかよく聞け米粒!今迄に経験したことのない集中力でよく聞け燃えカス!人が人と向き合い心と心が交わるということは多少なりともそれだけで傷がつく、人の心が皆同じ形をしてると思うか?違う形の心がぶつかり合ったらそれこそ傷だらけだ。だがな、米粒、そのたくさんの傷から、今迄知り得なかった痛みを知る事ができる、それは決して自分1人では気付かないものだ。そこで知ってしまった痛みは、己だけではなく対面者の心に共鳴し、己の過ちに気付かせてくれる。結局最後は己で気付かなければならん、他人が悲しみを拭うなど愚問だ、お前が人の心に向き合いまっすぐにぶつかり合う過程があってこその当人の答えだ。」
冷寒の言葉に絶句した。
俺の価値観、つまりは人との関わり方を根底からくつがえしてみせたからだ。自分の考えが必ずしも正しいと思った事はないが、決して間違ってるとも思った事はなかった。
今、初めて自分の考えが間違ってると思った。悔しいけど本当にそう、思った。
それはきっと、冷寒が本気で俺に向き合ってくれたから、俺の心に傷をつけてくれたからなんだと思う。
「わかったよ冷寒様。」
そう言った自分の足が無意識に一歩前に進んだ。
「そうか、ゴミみたいなお前でも、心は持ちあせているようだな」
そういい放つと冷寒は笑みを浮かべた。いや、鼻で笑った、いや、多分笑みを浮かべたんだと思う。
「いや、鼻で笑ったな、」
「なんか言ったか米粒、器が小さいのは知っていたが声まで小さいとは、やはりつまらん男よ。」
「声ぐらいでますよっ!ほらっ!出てますよっっ!」
「うるさい!黙れ米粒!」
「下品な声を我に轟かすではない、鼓膜が腐るではないか。まぁともあれ腹はくくったようだな。」
「えぇ、決まりました。」
「心は動くか?」
「今直ぐにでも、」
少し時間がかかったけど、俺は決めた、結果どう転ぶかわかんないけど、俺は決心した。
自分の過ちに気付いたこと、自分の小ささに気付いたこと、冷寒が本気でぶつかってくれたこと、冷寒が笑ってくれたこと。
俺にできることなんてたかが知れてる。だけど知れてることを本気でやってみたくなった。ちょっと遅いが死んで初めて本気になりたいと思った。
つづく